6-4 お前のせいで
「なんつーか……最近よく会うな?」
「私もそう思うが、今回ばかりは仕方がない。エフテイル三兄弟が、もうお前とはやりたくないと言うのでな。チーム戦担当は数が少ないのだ。諦めてもらおう」
「……そーかい」
予想以上に真面目な回答に、ムジカは思わず呆れを返した――ともあれそれが、敵チームと顔を合わせた際の第一声だった。
警護隊の入隊テストがどうも好評なようで、熱狂渦巻く第一演習場スタジアム。セシリア班のムジカたちと相対するは、上級生を中心とした入隊テストチーム。どこかそわそわとしたアーシャや少々動きの固いセシリアと違い、場数もあってか相手は堂々としたもの。
まあ、それ自体は別にどうだってよかったのだが……よりにもよって、と言えばいいのか。対戦相手の一人が見知った顔――というか、ガディだった。
と、隣のアーシャからチーム間通信。通話なら別に外に音声が漏れることもないのだが、なぜかアーシャは小声だった。
『知り合い? 強い人?』
「まあ、そんなとこ。強いかどうかは知らんが、警護隊の副長だとさ」
というか、よくよく考えてみればガディの情報をあまり知らないのだが。実家や故郷がやたらと不穏なことは知っているが、そういえばガディ個人のことはほとんど聞いてないことに今更気づいた。
と、チーム間通信だったため聞こえていたらしい。セシリアが割り込んでくる。
『ガディ・ファルケン。スバルトアルヴ出身、戦闘科五年。ランク戦の最高順位は16。スタイルは中・遠距離でのヒットアンドアウェイ主体の後衛……爵位持ちノブリスが増えてくる上位ランカー陣の中では、珍しい<ナイト>級後衛機の使い手ね』
『……凄い人?』
『そうね。純粋な実力だけ見れば、最もナンバーズに近いノーブルとも言われてる。警護隊の副長を任されている通り、性格は実直でひたむき、真面目と悪い評価は聞かないわ。セイリオスの中では、ビッグネームの一人と言っても過言ではないわね』
アーシャの疑問に、セシリアは静かにそう返す。先ほどまで自分の晴れ舞台だなんだとはしゃいでいた彼女も、試合前だからか既に落ち着いていた。
下調べもばっちりしてきたのだろう。ランク戦の順位などの情報はサッパリ知らなかったので素直に感心するが。
少し考えこむような間の後で、彼女はこんなことを訊いてきた。
『……結構偉い人のはずなのだけれど。あなた、いつの間にそんな方とコネができていたの?』
「コネって言うな人聞きの悪い。仕事の手伝いしただけだ。それ以上の付き合いはねえよ」
『ふーん……?』
「……なんだよ」
『いいええ。別に? やる気ないとか言っていた割に、警護隊とお付き合いしてたのねって思っただけよ』
「抜け駆けしやがってって?」
邪推かどうかは怪しいところだが。少し刺々しいセシリアに言い返すと、彼女はつまらなさそうに鼻を鳴らした。どうやら図星だったらしい。
そもそもの話で考えれば、今ムジカがこんなことに付き合っているのは、このセシリアが原因だ。彼女が警護隊の隊員として誘われ、ムジカとアーシャはその同行者として選ばれた――つまり、この入隊テストの対象は彼女だけなのだ。
あるいは、アーシャも入りたがっているのかもしれないが……
「そんなになりたいもんか? 警護隊の隊員って」
今更と言えば今更だが、そんなことをぽつりと訊く。
対するセシリアの回答は、竹を割ったように明瞭だった。
『なりたいわ』
「どうして?」
『あら、わからない? そんなの、答えは“私がノーブルだから”よ』
「……もう少し、詳細に説明を求めたいんだが」
どうもピンとこない。含意が広すぎる。
疑わしげに見つめた先、セシリアはさほど間を置くことなく――つまりは明確に答えを持って――答えてきた。
『今回はどちらかと言えば、経験を積むことが目的だけれど……私はね。与えられたものを返せるようになりたいの』
「……与えられたもの?」
『そうよ――私は故郷では名家のご令嬢として、何不自由なく育てられたわ。豪華な食事に、きれいな衣服、瀟洒な住まいに、貴族としての教育と教養。家族や教師、友人にも恵まれた。裕福で満たされた生活を、故郷のみんなが与えてくれた――たくさんのものを与えられて育ってきたの』
「だから、恩返ししたいって?」
『恩って言うほど重いものとは思ってないわ。当たり前を当たり前に返したいだけだもの』
「……?」
『たぶんだけど、みんなそれが当たり前になってるのよ。ノーブルは裕福で、戦士で、だから守るのが当たり前で。非戦闘員はノーブルに分かち、だから守られるのが当たり前で。当たり前の持ちつ持たれつでしょ――その中で、私は皆に感謝できるものを与えられた。だからその分だけ返せるようになりたいの』
「それが、ノーブルとして戦うことと引き換えに与えられた権利か押し付けだったとしても?」
『与えられたから戦うのか、戦うから与えられたのか? そんなのはどっちでも一緒でしょう? もうもらってるのよ。もらったら、その分は返す。それだけよ――嬉しかったのなら、感謝と一緒にね?』
「…………」
それこそ当たり前のように断言するセシリアに、ムジカは思わず口を閉ざした。
それは本当に当たり前か? セシリアが口にしたそれを、ムジカは理想論だと思ってしまった。現実には、そうではない――それをムジカは知っていた。返すどころか、奪われることもあるのだと。
だが同時に、小さく嘆息もした。
――タダ飯食わせてもらってんだ、戦うくらいはしてやらなきゃな。
もらったら、その分だけ返す。その言葉に父を思い出した。
ほんの少しだけ、気が和らいだ。
『納得していただけたかしら?』
「どうかな……まあ、理解はしたつもりだ」
『あらそう。いつか納得もしてくれたらうれしいのだけれど』
「そのいつかがくればな」
素っ気なく言い返して、話を区切る。
そうしてムジカは意識を切り替えると、視線を相手へと戻した。
ガディたちのノブリスの構成は、きわめてオーソドックスなものだ。ガディは中・遠距離主体、機動性重視の標準的中衛。標準的な<ナイト>の余剰出力を、満遍なく全体的に強化したような万能機だ。
そして僚機を高速戦闘タイプの前衛と火力特化の後衛が務める。そちらの二人の情報はないが、ガディと同じ上級生だろう。佇まいは落ち着いて見える――
対してこちらはほぼ初心者のアーシャに、実力は未知数の大砲持ちセシリア。連携訓練もしていないので出たとこ勝負の行き当たりばったり。チームとしての完成度は今の段階で怪しいものだが……
「ひとまず訊いとくが、作戦とかあるか?」
『ないわ』
「……自信満々に断言すんじゃねえよ」
『仕方ないわよ。とりあえずやれることをやりましょう。あなたは突っ込んで、敵を一機――出来れば前衛機を捕まえてちょうだい。二対二、それも遠距離戦機同士ならやりようはある。アーシャは私とコンビ組んで戦闘ね。即席で合わせるしかないけれど、しっかり――……アーシャ?』
「……? アーシャ?」
その辺りで、ようやくムジカとセシリアはアーシャの異変に気付いた。
呼びかけても反応が返ってこない。きょとんと彼女を見やれば、アーシャが見ていたのは何もないどこかの空だった。
彼女の見ている先を追いかけても、何もない――が。
『……なんだろ、この音。お腹に、響く? どこから――……』
「音?」
ムジカには何も聞こえないが。耳を澄ませても聞こえてくるのは周りの観衆の声ばかり。アーシャは何を聞いているのかと、怪訝に彼女を見やる――
と。ちょうど、その瞬間だった。
――Beep! Beep! Beeeeeeeep!!
「なっ……?」
『エマージェンシーコール……っ!?』
間違いない。浮島全体への緊急事態宣言。観衆のざわめきにどよめきが混じった。いきなりの悲鳴じみたアラートが、観衆に混乱を伝播する。
咄嗟の思い付きでガン・ロッドのリミッターを解除すると、ムジカは事態に一番近いだろう相手に叫んだ。
「ガディ! 何が起こった!?」
『空賊の敵襲だ! 空域警護隊が襲われている――』
『――ムジカ! 上っ!!』
その声より早く、体は勝手に反応していた。
咄嗟に振んだバックステップ。頭上から降り注ぎ大地を叩く――魔弾。リミッターなしの殺意が、眼前で弾けた。
爆風で巻き上がる砂が吹き付ける、その中でムジカは周囲に視線を走らせた。
アーシャとセシリアは反応が間に合った。かろうじて避けて、敵が来たのだろう空を見上げている。ガディも。だがガディの僚機は間に合わなかった。腰部魔導機関を撃ち抜かれて地面に倒れている。
そこまでが一瞬。そうして見上げた先にいたのは――
『よお――ムジカ・リマーセナリーっ!! 別れの挨拶に来てやったぜ!!』
「フリッサだったか……!?」
叫んだのは、見覚えのある<ヴァイカウント>級ノブリスだ。個体名は知らない。だが誰が纏っているかはわかる。名前もうろ覚えだが、ムジカを殺すと宣言したあの傭兵だ。
敵はその一機だけではなかった。僚機として他に三機の<ナイト>。フリッサはガン・ロッドを持っていなかったから、攻撃してきたのはその三機だろう。結果として四対四。数としてはまだ均衡しているが――
<ヴァイカウント>が鷲掴みにする人影に気づいて、ムジカの心臓が軋んだ。
口から洩れたのは悲鳴だった。
「……っ!? リムっ!!」
『リムちゃん!? に――生徒会長も……!?』
試合前に、仕事とか言って出ていった二人が捕まっていた。殺されてはいない――だが、<ヴァイカウント>のガントレットに胴を握りしめられてぐったりとしている。
異変からの復帰が早く、反撃に出ようとしたガディもこれには硬直した。銃口を向けるが撃てない。苦鳴を漏らした。
『――フリッサ、お前は……!! 何をやっているのかわかっているのか!!』
『はっは!! 悪いね兄上!! だけどこれも、仕事だからさあっ!!』
『管理者に手をかける仕事などあるか!? 本島は――スバルトアルヴのノーブルは、いったいなにを――』
『うるっせえんだよ――上から目線で、グダグダとっ!!』
それに答えたのはフリッサではない。僚機である<ナイト>だ。ガディとフリッサの会話に横入りして、ガン・ロッドをぶっ放した。
ガディが舌打ちと共に回避するが……反撃には移れない。銃口を向けたが、人質を前に引き金を引けなかった。
動きはそれだけではない。隙を見て突っ込もうとしていたムジカにも撃つ敵がいた。
機先を制されて突撃を取りやめる。撃ってきたのは、フリッサをかばうように前に出たまた別の<ナイト>だ。他の<ナイト>のような機敏さはなく、超然とこちらを見下ろしているが――
(こいつ……?)
他二機の<ナイト>とは動きが違う――銃口は常にムジカの進もうとする先に向けられている。似たようなものをムジカは知っていた。ラウルだ。常にこちらの手を取るように、先手を撃ち続ける先読み力を持つ。
銃口の向きは牽制だろうが、ムジカは唇を噛みしめた。“クイックステップ”は被弾のできない機体だ。これではリムに届かない――
そして時間切れを悟った。
『悪いなぁ、ムジカ・リマーセナリー。お前の大事な人はいただいていくぜ――返してほしけりゃ、追ってこいよ!』
「兄さん、ダメっ!! 来ちゃ――」
その声も、<ヴァイカウント>のブースターの音に消える。
僚機の<ナイト>一機を引き連れて、<ヴァイカウント>が撤退を始めた。咄嗟に追いかけようとした機先を更に魔弾で制される。
その間に、<ヴァイカウント>はムジカたちから離れていく。残り二機の<ナイト>はこの場に残るらしい――時間稼ぎか、あるいは別の何かか。
そいつらに反撃しながら、頭の中は灼熱で煮える。
甘く見ていた。ムジカを殺すというのなら、被害を受けるのは自分だけだろうと――標的が自分なら大したことにはならないだろうと。浮島のセキュリティを過信した。こんなに大っぴらに仕掛けてくることはないだろうと油断した。
この島の中でなら、リムは無事でいられると思っていた。生徒会長も一緒なのだし、問題は何もないだろうと――
押し寄せる後悔に、血の味が混じる。その鉄の味を怒りに変えて、ムジカは<ヴァイカウント>を――フリッサを睨んだ。
まだ、手は届く――
そのための機動を止めさせたのは、アーシャの悲鳴だった。
『ムジカ、ダメ――もう一機来てるっ!!』
「……っ!?」
咄嗟に、ハッと空を見上げた。
音ではなく、腹で感じる魔力の共振。この駆動音を、ムジカの体は知っている。
空に一つ。漆黒の、異形のシルエット。
左右非対称のガントレットに、あまりにもずさんな背部ブースターレイアウト。加速性能と機動速度にのみ全てを捧げ、それ以外の何もかもをかなぐり捨てた、バカの考えた欠陥ノブリス――
共振器を構え、なりふり構わず空から落ちるように迫る敵。
ムジカもまた共振器を合わせて、つばぜり合いの形に持ち込む。本来イレイス・レイに防御は無意味だ。だが情報崩壊の魔光は同質の魔術でなら無効化できる。体験でムジカはそれを知っていた。
迫る剣をダガーで受け止めた形の中で。ムジカは泡を食って叫ぶ。
「<ダンゼル>……っ!?」
『――ムジカ・リマーセナリー……』
そして。
『僕から。僕から、全部。全部、奪った……全部、全部……』
「お前……?」
『お前のせいで……お前のせいで――――っ!!』
憎悪にまみれたその声で、敵があのダンデスだと悟った。
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