3-5 甘く見るなよ、素人どもが
「今回の講義は空戦だ。実際にノブリスで空を飛ぶこと、そして空で戦うということがどんなもんかを体験してもらう。やってもらうことは簡単だ。生徒たち二人でペアを組み、ガン・ロッドで撃ち合ってもらう……つっても、ガン・ロッドはリミッター付きだ。実際にはただの空気砲みたいなもんだから、安心して撃ち合ってくれ」
まあ、お遊びみたいなもんだな、などというのが、開幕のラウルの説明だった。
生徒たちは全員<ナイト>級を纏い、渡されたガン・ロッドを手に空へと上がる。無駄に広い演習場の空を贅沢に使って、ノブリス同士のガンファイトというわけだ。
リミッター付きとラウルが言った通り、このガン・ロッドは訓練用だ。本来のガン・ロッドは敵を破壊するために熱量と質量、速度情報を捏造された魔力体を撃ち出すが、このガン・ロッドは魔弾の威力が極限まで制限されている。衝撃力だけは本物だが、当たったところで装甲が爆散するわけでもなければ、貫いて人体を破壊するわけでもない。
とにもかくにもそれを使って、演習が始まったのだが。
『むっ……くっ! この――きゃああっ!?』
「なんだかなあ……」
開始五分。魔弾に吹き飛ばされた相手の通信を聞きながら、ムジカはぼんやりとそんな声を上げた。
相手はきりもみ回転しながら、どうにか姿勢の制御を取り戻す。といっても体をバタバタ動かして、大きく飛び回ってようやくといった感じだ。傍から見ていて、とっても危なっかしい。
『ま、まだよ――流石我がライバル! でも見てなさい! 次はあたしが――きゃああっ!』
「ライバル言うな。あと叫ぶのは結構だが、舌噛むぞ」
呆れ気味に告げながら、ムジカはこっそりため息をついた。
通信相手というか、今回の演習のペアはアーシャだ。今回は講義のアシスタントということで、あぶれた者を相手にするつもりだったのだが。あぶれる以前にいの一番にアーシャに捕まった。
その時の言葉がこれだ――積年の恨みよ! 覚悟しなさい!!
そして今、ムジカはアーシャを積年の恨みとばかりに狙い撃ちしているのだが。
(反撃はできてるから、マジモンの初心者ってわけでもないんだろうけどなあ……)
多少は訓練を積んだ形跡もあり、撃たれても姿勢の制御を完全には失っていない。また反撃の意欲も高い。これが素人なら避けるのに精いっぱいになるので、完全な素人というわけではなさそうだが……
あまり反撃や交戦の訓練を積めていないのか、狙いが全く安定しない。
今回も、アーシャの射撃はムジカの左をそのまま通り過ぎていった。
「撃つなら狙って撃てよー。適当に撃ったって当たらねえぞー」
『狙ってるわよ!? なんで当たんないの!!』
(そりゃ、無駄に飛び回ってりゃあな)
大きく動き回って攻撃を避けようとするアーシャに対して、ムジカはほとんど微動だにしない。主導権をこちらが握ってしまったから、というのもその理由だが、大きな理由はアーシャの狙いがほとんど外れているからだ。
通常、ノブリスの戦闘は機動戦だ。誘導と牽制を挟みながら、相手より優位な位置を取り続ける。闇雲に飛び回ってればいいというものではなく、無駄な機動は自分の首を絞めることになるわけだ。
そして初心者ほど何故か勘違いするのだが、飛び回って攻撃するというのは本来難度が高い――本当に何故か、初心者ほど“華麗に”戦いたがるのだが。
(まあ、誰だってそうか。どうせ戦うなら、カッコよく戦いてえもんな)
現実はもっと、みっともない。例えば目の前のアーシャのように。
そんなことを考えながら、ムジカはゆっくりとガン・ロッドを構えた。
遠目から見ても、アーシャがぎくりと緊張したのがわかる。今度は当たるまいと気負っているようだが。
ガン・ロッドへの供給を絞って、ムジカは引き金を三度引く。
一発目は、今いるアーシャの場所へ。直撃コースだが、アーシャはブースターを目いっぱい吹かしてその場から離れた。
そして二発目は、その機動上を先回りして、置くように。先回りする一撃に、アーシャが慌てて機動を変更。これも避け切るが、そこまでが牽制射だ。
本命の三発目は、その誘導先を狙う。二発目から間髪入れずに放たれた弾丸は――誘導されたアーシャに、容赦なく直撃した。
また悲鳴。ついでバランスを崩して、大きくもがいて取り戻して――予想はしていたが、最後にアーシャの癇癪が聞こえてくる。
『あーもー!? なんでー!?』
「……機動を全力で飛び回ることと勘違いしてねえか?」
流石にそろそろいじめてるような気分になってきたので、ムジカはアドバイスを飛ばした。
「いくら素早く飛び回れても、工夫もなく飛んでりゃ狙い撃たれるぞ? 直線的に飛びすぎなんだよ。緩急つけろ緩急」
『緩急ってなによー!?』
「毎度全力で飛び回んなっつってんだ」
『全力で避けなきゃ当たるでしょ!?』
「全力で避けても当たってんだろが。まず前提が間違ってんだよ。工夫しろっつってんだろうが」
『どうしろってのよー!?』
「……人に教えるのって難しいんだなー」
『あ、ちょっと!? 何諦めようとしてるの!? ちょっと!?』
わーきゃーうるさいアーシャの声を耳から締め出して、ひっそりとムジカはため息をつく。
そしてガン・ロッドを連射し始めると、アーシャは悲鳴を上げながら飛び回った。
一応、教える立場として工夫はした。ああまで言ったのに全力かつ直線的に飛び回るようなら、直撃する位置に魔弾を置く。飛び方を変えれば、当たらなくなるような撃ち方だ。工夫もせずに飛び続けるだけなら、もうしばらく泣いてもらう。
とはいえ、とムジカは辺りを探った。講義をしている生徒たちの中で、アーシャほど飛び回っている――というより飛び回されている――者はいない。皆おとなしく、おっかなびっくり撃ち合ってばかりだ。
その撃ち合いもほとんど当たらないし、避けようともしないしで、これが本当にノブリスの演習かと疑いたくもなる。
そんな生徒たちにラウルが檄と一緒にガン・ロッドをぶっ放すのだが、慌ててそれを避ける機動も鈍い。全力で避けてないのがまるわかりだ。まだ速度に怯えているらしい。
(そういう意味じゃ、こいつ結構優秀だよな)
アーシャのことだ。ムジカが滅多打ちにしているが、全力で避けまわるし、その中で攻撃を仕掛けてくるほど意欲的だ。速度の恐怖にも負けていない。
負けん気が強いのだろう。そういう者ほどよく伸びる、と言ったのは誰だったか……
『ねえちょっと! ストップ! タンマ!!』
と、不意にアーシャが声を荒らげたので、ムジカはガン・ロッドを下ろした。
降参宣言か、と胡乱な目で見やると、アーシャが言ってきたのはこんなことだった。
『コツ! コツとかないの!? あたし、さっきからずっと滅多打ちにされてるだけなんですけど!?』
「コツだあ? さっきも言っただろが――」
『それがわかんないから聞いてんのー!!』
叫びながら、アーシャが発砲。癇癪ついでの一撃だが、今回の狙いはそう悪くない。
当たる。それを悟った時点で、ムジカは瞬間的にブースターとフライトグリーヴを全力励起。わずかな距離を亜音速で駆け抜け、即座に静止した。
今のがアーシャの全力だったようで、追撃はない。駆ける風が隣を吹き抜けていくのを感じていると、やはりアーシャが叫んでくる。
といっても、今度は癇癪ではなく質問だった。通信なので、叫ぶ必要はないのだが。
『どうやって避けたの今ー?』
「あーあーわかった。わかったから叫ぶな。教えりゃいいんだろ」
『やっぱりコツあるの!?』
今度は喜色満面の声。だがムジカはこっそりとため息をつく。
コツ――というべきか。はるか昔に、教わったことなら確かにある。それを真っ先に教える気にならなかったのは、究極的にはそれが駄法螺の類にしか聞こえないからだ。反応も容易く予想できる――“あんた何言ってんの?”だ。
観念して、ムジカはそれを教わった通りに告げた。
「――よく見ろ。そんで、感じ取れ」
『……………………え? それだけ?』
「ああ、それだけ。まあ前半と後半は似てるが別の教えだけどな」
呆然とするアーシャに、付け加えて補足する。
「敵の動きをよく見ろ。お前のいる空間を把握しろ。敵が何をしようとしてるのか。敵が何を今したのか。敵の意図は。何を狙って、どう動こうとしてるのか。全部見ろ。そんで即応しろ。それが一つ目」
『……それができたら苦労しなくない?』
「そうだな。できるようになれば苦労はないな」
『……二つ目は?』
「一つ目とほぼ一緒だよ。ただ……いわく、空間を支配しろ、とさ」
『はい?』
これは本気で理解できなかったのだろう。ぽかんとした声が聞こえたが。
これはムジカ自身、出来ているとは思っていない。それでも告げたのは、まあ概念としてはわからなくもない話だったからだ。
「感覚の範囲を広げるんだ。自分の神経を、体の内から外へと伸ばす。体の外、ノブリスの外、空――敵のいる場所まで。取り込んで、支配する……っていうと、理想論ですらないナニカだけど。見るだけじゃなくて、肌で感じろってさ」
『……それ、ホントにコツ?』
「さあな。俺もわけわかんねえって言い返したよ。そしたら、んじゃ魔力でも放出しとけって言われたけど」
『……できなくない?』
「そうだな。だから俺も、わけわかんねえってもう一回言ったよ」
困惑しっぱなしのアーシャに、ムジカは肩をすくめてみせた。
そう、できない。ノーブルの祖が魔術師なのは誰もが知る話だが、ノーブルがいつ本当の意味で魔術師でなくなったのかは、歴史の謎の一つだ。
かつてはガン・ロッドなどなくとも破壊の力を導いた、魔術師たち。彼らは人類が空へと逃れる中で姿を消した。末裔たるノーブルも魔力こそ受け継いだものの、その力を魔術として制御する方法は失っている。今となっては魔道具という形でしか再現できない。ノブリスもその一つだ。
そんな現代で、魔力の操作などできるはずもない――ということなのだが。
「まあ、四の五の言わずに周囲をよく見て把握しとけってこった。相手の動きを感知できてるなら、その後の動きだって自然と決まる――」
と。
視界の外にあるはずの動きに、それこそ体が反応した。
『えっ? なっ――ムジカっ!!』
アーシャの悲鳴。それも、切羽づまった――それを聞く前から、ムジカはすでに動き出している。
下方から放たれた敵意に、身を翻した。
その場で舞うように、弧を描くサマーサルト。すり抜けるように敵弾をかわし、回避のさなかに見えた下方に敵を捉えた。
二機の<ナイト>。ガン・ロッドをこちらに向けている――
「――甘く見るなよ、素人どもが」
冷たく吐き捨てて、容赦なく撃ち返した。
全力の二発。奇襲で必殺を確信していた馬鹿どもに炸裂し、容赦なく浮島の大地へ叩き落とす。
「人の背中撃っといて、何ボケっとしてんだバカどもが! なまっちょろいんだよ――撃ち返すに決まってんだろうが! ガキの遊びのつもりならよそでやれ!!」
『…………』
悲鳴を遠くに聞きながら、ムジカは傭兵の作法でがなり立てた。
空から落ちた二機は無様に地を這っている。あれでも纏っているのは戦闘用ノブリスだ。中の人間にケガはないだろうが……
と、先ほどまでの勢いはどこへやら、呆然としたアーシャが訊いてくる。
『ねえ。今の、どうやって避けたの?』
「よく見て、感じ取った」
『……ええ?』
「できれば苦労はねえっつったが、やってりゃそれっぽいことはできるようになるんだよ。勘みたいなもんだがな……まあ、それよりも、だ」
にやりと頬を吊り上げて、敵を見下ろしてムジカは告げた。
「人を背中から撃つバカどもの、ツラでも拝みに行こうじゃねえか」
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