表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍2巻発売中】ノブリス・レプリカ ―元“貴族殺し”の傭兵少年、学園都市に嫌々入学させられる―  作者: アマサカナタ
4章 誰がための責務編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

160/161

2-4 2-4 知りたいのは、アーサーのことだろう?

「ラスター……! あなた、この部屋にどうやって……!」

「今更な忠告になるけど。内緒話をするなら、浮島のセキュリティなんか信用するべきではないよ。特に僕らみたいなのは、ね」

「! あなた……! セイリオスの基幹システムをハッキングしたわね!?」


 闖入者の大胆な犯行告白に、ヴィルヘルミナが目を剥くが――

 ムジカは二人から離れて脇に退くと、改めて部屋に押し入ってきた男を見やった。

 見た目は金髪碧眼の、長身痩躯の貴公子然とした好青年。歳のほどは二十歳ほどか。女が色めきたちそうな、整った顔立ちに薄く笑みを浮かべ、ヴィルヘルミナを見据えている。

 ムジカから見たその男の第一印象は〝なんか太々しいやつ〟だ。許可もなく勝手に他の浮島のノーブルの部屋に押し入って、悪びれもしない。そのままヴィルヘルミナと口論を始める様は、どちらが部屋の主かわからなくなるほどだ。

 ヴィルヘルミナの従者三人は――ヴィルヘルミナと対等に話す様を見るに、相手もまた相応に偉い立場なのか――困ったような顔で彼女たちを見守っていたが。


(というか、セイリオスの基幹システムってそんな簡単にハッキング出来るもんなのか?)


 疑問に思ったが、そういえばリムもそんなことしてたなと思い出す。ムジカにはよくわからない世界の話だが、知識がある人間なら結構簡単にやれることなのかもしれない。

 そんなことを考えている間にも、口論は続く。


「いったいどういうつもりかしら? 人の部屋の会話を盗み聞きして、挙句の果てには押し入ってくるなんて。やっていることは強盗と変わりないわね。それも、システムをハッキングなんて……あなたの品性を疑うわ」

「待った待った、別に、僕はハッキングしたとは言ってないよ。君がそう思ったというだけだ。君が部屋のロックをし忘れただけという可能性もある。僕は悪いことはしてないよ?」

「そんな愚かなミスを、この私がするわけないでしょう!」

「だから、僕のせいだって? でも証拠はないよ――僕がシステムをハッキングしただなんて証拠は、ね」

「……誰だか知らんが、仲悪いのか? あの二人」


 その辺りで、ムジカはこちらと同じように避難してきたセシリアに訊いた。

 彼女の反応は、もはや見慣れた呆れ顔だったが。


「あなた……まさかとは思ってたけど、あの方のことも知らないの?」

「知ってたら訊かねえよ。またお偉いさんか?」

「……これからは戦闘科の有名人くらい、覚えておきなさいな。じゃないと命がいくつあっても足りないわよ」


 などと、セシリアは脅しめいたことを言う。

 そうして彼女はため息を一つ置くと、真面目な顔をして口を開く――

 と。


「――ラスター・グリムテラー」

「……?」


 そのセシリアの言葉にかぶせるように、声。

 見やればまさしく問題のその男が、口論の最中であろうにこちらを見て言ってきた。

 一旦放置された形になったヴィルヘルミナは不満げだが、そちらにはウインクだけして先を続けてくる。


「戦闘科四年、浮島グリムテラー出身。そしてこう見えて、ナンバーズのランクスリーでもある……自分のことを人の口から紹介されるの、好きじゃなくてね。やれ陰険だの腹黒だのと、悪口とセットにされるんだ。だから僕は、自分の名は自分で告げると決めている――僕が何者かはもうわかっただろう?」

「……浮島グリムテラーの御曹司?」

「正解。だけど御曹司はやめてほしいな。まるで、ダメなぼんぼんみたいだ」


 確認に、冗談めかした軽口を返してくる。

 だがムジカはひっそり〝なるほど〟と感心した。どうにも軽薄というか、態度が軽い。わざとそうしているのだろうが、それだけにどうも信用する気になれない。腹黒だのなんだのの評価はそういうところからだろう。

 と、ヴィルヘルミナが勝ち誇るように(あるいは精一杯マウントを取るように)補足してくる。


「ちなみにだけれど、ランクツーはこの私……この人はその下よ」

「すぐに抜かすさ。君がいいのなら今日にでも。どうかな? 受ける気はあるかい?」

「ご生憎様。私はあなたにかまけてるほど暇ではないし、頂点以外に興味はないの。今、あなたはお呼びでないのよ」

「つれないねえ……まあわかった。なら、今度レティシア様に挑む日が来たら教えてくれ。日を跨いで何度も絶望を味わうより、一度でどん底まで落とされたほうが君も楽でいいだろう?」

「……私がレティシア様に負ける、と?」

「今度もね。君、彼女に勝ったことは一度もないし」

「それはあなたもでしょう――いえ、違ったわね。あなたは敵わない相手には、挑みすらもしないんでしたっけ?」

「「…………」」


 ぴしゃりとヴィルヘルミナが告げ――そして急に、訪れる沈黙。

 だが表情まで鎮静化したかというと、そんなこともなく……二人は互いに凶悪な笑みを浮かべて、互いのことを見据えていた。

 しまいには「ふ、ふふ……」と不愉快そうに肩を震わせて笑声を漏らす始末だが。

 そんな二人を横目に、セシリアがこっそり耳打ちしてくる。


「……あのお二方、成績も実力も拮抗していて立場も似てるから、お互いを、その……すごくライバル視してるの」

「まあ、すこぶる仲が悪いってことはわかった」


 セイリオスの生徒の中ではトップクラスの成績を持ち、浮島の次期後継者という立場まで一緒。となれば意識しないのは難しいのだろう。加えてどうやらヴィルヘルミナは性格的に直情径行。対するラスターは人を食ったようなところがあり、二人の相性も良いようには見えない……となれば、衝突も必至だろう。

 他にも何か因縁の類がありそうだが、理由の一端を理解してムジカは呆れ顔を作った。

 なんにしても、そこで咳ばらいを一つ。

 不毛な睨み合いをそれで切り上げると、ラスターとやらはこちらを見てにっこりと笑ってみせた。


「それで、だ。まずは初めましてかな? ムジカ・リマーセナリー君」

「……俺になんか用か?」

「その通り。というより、正直に話すと……今回は、ヴィルヘルミナ嬢はどうでもよくてね」

「は?」


 と、これはヴィルヘルミナの声。明らかに気分を害したようだが、ラスターは無視を決め込んで先を続ける。


「スバルトアルヴの騒動に、ラウル傭兵団が関わってたのは知っていてね。だから、君のことを少々監視させてもらっていたのさ」

「監視? ……まさか、そっちもハッキングでか?」

「さあ? 僕は正解とも、不正解とも言わないよ?」

「……まあいいけどな」


 言葉はともかく、態度としては隠す気はそんなにないらしい。悪びれる様子もないが、要するにそういう手合いのようだ。

 ムジカは彼の印象を〝太々しい〟から〝太々しい上にろくでもない〟に変更した。この分だと陰険だとか腹黒だとかいう評価も間違いなさそうだが。

 釈然としない様子で、ヴィルヘルミナが言い募る。


「……どうして、あなたがそれを知っているの」

「ああ、緘口令のことなら安心していいよ。そっちの方面では情報は一切集まらなかったからね……だから、僕から言えることは一つかな。今敷いてるスバルトアルヴの警備体制、見直したほうがいいよ。まだ一週間前と同じままならね」

「? ……――! まさかあなた、スバルトアルヴに潜入したの? それも、一週間前って……あの騒動からほとんど時間が経ってないじゃない!」

「グリムテラーは商人の島だよ? 情報網はどこにだって、いくらでも……そもそもアールヴヘイムとスバルトアルヴが戦争間近って情報もあったしね。僕らの動きが早いんじゃない。君たちが迂闊だっただけさ」


 出し抜かれた形になってヴィルヘルミナは歯噛みするが、彼は薄く笑んで肩をすくめるだけだ。

 ムジカはラスターには冷ややかな目線を、そしてヴィルヘルミナには生温い目を向けた。


(……まあハッキングだの潜入だの、犯罪まがいのことばっかやってくるのが相手じゃ分が悪いのも仕方ねえけど)


 どうも彼女は貴族としては正統派――つまり小細工とかはあまり思いつかないか、まったくやらないタイプ――らしい。潔白な人間ではあるのだろう。高飛車なところはどうかと思うが、ムジカとしてはそこまで嫌いなタイプでもなかった。付き合い方さえ間違えなければ、敵にならないタイプだからだ。

 なので、ムジカが警戒を強めたのはもう一方――すなわちろくでもないほうだ。

 そのろくでもない男ことラスターだが。

 まなじりを吊り上げるしかできないヴィルヘルミナをやり込めると、今度はムジカのほうに向き直る。

 柔和な――ただし、蛇を彷彿とさせるような――笑顔で、彼が言ってきたのがこれだった。


「どうだろう、ムジカくん。どうせなら、鞍替えしないかい?」

「鞍替え?」

「内緒話をするのなら……彼女ではなく、僕としたらどうかっていう提案さ」

「ちょっと、あなたっ!!」


 まさかの提案に、ヴィルヘルミナが目を剥くが――

 やはりラスターは無視すると、そのままこちらへと向かってきた。

 そしてムジカの目の前までやってくると……耳元で、そっと囁いてくる。


「――知りたいのは、アーサーのことだろう?」

「…………」

「僕なら彼のこと、全て教えてあげられるよ」


 暗に、ヴィルヘルミナでは無理だと彼は言う。

 その彼を間近から、ムジカは半眼で見返した。

 ラスターの言葉、それ自体はこの際どうでもいい。ヴィルヘルミナがアーサーのことを本当に知らないのかも。この男は交渉を有利にするためになら、相手をさりげなく貶めることくらい平気でやりそうだと思ったからだ。

 だからムジカが気にしたのはそんなことではなかった。


「俺がそいつのことを調べてるって、どうして知ってるんだ?」

「答えはさっきと同じだね。やろうと思えば、たくさんのことが簡単にわかるんだよ。管理者相当の立場っていうのはね」

「……あんまり好き勝手やってると、生徒会長に怒られるんじゃないか?」

「まさか。彼女はこんなことで目くじらを立てたりしないよ。それに……バレなければいいのさ」


 そしてバレても、証拠を残さなければいい――しれっと、ラスターはそう言い切った。

 が、まさしくその直後だった。


『――そういうことを言われてしまうと、見逃して差し上げるわけにもいかなくなるんですけれど……』


 突如として部屋内に響き渡る通信音声。部屋の壁上方に設置されたスピーカーから聞こえてきたのは、聞き慣れてきた女性の声だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/5/31
6月17日発売予定の書籍版ノブリス・レプリカ、書影が公開されました。
d54f3fkx4krti3d1c5kghpfpf0q9_a7g_rs_13i_7upq.jpg
書籍版の詳細はこちら▼
https://dengekibunko.jp/product/322410001327.html
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ