2-1 あの高飛車な<カウント>のやつか?
2025/11/13
前回これとは別に2-1章を公開していましたが、次回以降の話の展開が難しかったため、別のものに差し替えます。
古いほうの2-1章はこの後別で使う予定です。
混乱させてしまい申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
「――意外に早いお戻りでしたね?」
「まあな。ホントは説教ついでに色々話し込むつもりだったんだが……話の途中で寝ちまって、起きそうになかったもんでな」
というのが、律義に出迎えてくれたレティシアに返した言葉だった。
レティシアが避難場所にしているという、住宅街の外れにある一軒家。アルマが寝てしまった後、ムジカはレティシアに一報を入れて、そのままセイリオスへ帰還した。
ノブリス〝クイックステップ〟に乗ったまま、ムジカは抱きかかえていたアルマをレティシアに渡す。体が揺れてもアルマが起きる様子はない。熟睡だ。これまで本当にしっかり眠れていなかったのだろうと、それで察せるが。
アルマの顔を覗き込むように観察してから、レティシアが言ってきた。
「顔色はやっぱり悪いままですが、それでも表情は安らかそうですね。しっかり眠ってるみたいですし……よかったとは思いますが、どんな話をされたのか、訊いても?」
「別に、大したことは話しちゃいねえよ。お前は落ち込みすぎだって、日の出見ながら話して終わりだ」
「むう。その中身を詳しくお聞かせ願えたらなーとは思いますが……」
流石に気が咎めるものがあったのだろう。レティシアは深く追及はしてこなかった。
そうして彼女は眠るアルマの顔を一瞥して微笑んでから、顔を上げてこちらを見つめてくる。
「改めて、ムジカさん。ありがとうございました。壊れそうだったこの子が安らかにしているところを、久しぶりに見た気がします」
「大げさ……とも言えねえか。こいつ、最初は俺に殺されると勘違いしてたみたいだったしな。空に捨てるために連れ出されたと思ってたみたいだけど。こいつ、落ち込むととことん変な方向に落ち込むのな」
「基本的にマイナス思考で冷笑的ですからね、アルマちゃん。普段は天才自称してたりおちゃらけて唯我独尊的なこと言ったり、変なものばっかり作ったりしてますけど……それがカモフラージュになってるというか。前面に見えてる強さというかワガママさというかの割には、脆いところがあるわけでして」
「難しい性格してることは、今回の件でよーくわかったよ」
「仕方ないところもあるんですよ?」
一応フォローらしいことをレティシアは言う。だがそれでフォローしきれるかというと怪しいところもあり、ムジカはアルマを困ったやつを見る目で見やった。
ケープにくるまったアルマは、こんな話をされていても全く起きる様子がない。安らかな寝息の音を響かせるだけだ。
レティシアも眉根を寄せて、困ったような苦笑を浮かべているが。
「ま、何にしても後のことは一旦任せるよ。俺は帰って寝る」
「ええ、引き受けました。後のことはお任せを」
そこでムジカの役割は終了だ。
〝クイックステップ〟のM・G・B・Sを再起動すると、ムジカは極力騒音を立てないように空へ浮上した。
手を振って見送るレティシアに一度だけ手を振り返して、飛翔する。
(さて……この後どうすっかな?)
レティシアには帰って寝ると言ったものの、時刻は既に朝だ。これで〝クイックステップ〟を格納庫に戻して家に帰ったとしても、リムに叩き起こされる時間は過ぎている。一応今日は休日なのだが、帰っても一眠りは難しいだろう。
なら、研究室で一眠りするのもいいかもしれないが……無断でそんなことをしたら、それはそれでリムに小言を言われそうだ。この前うっかり死にかけたせいもあって、最近のリムの目は少し厳しめだ。今日は一応断りを入れて出てきているとはいえ、勝手は控えたほうがいいだろう――……
などと、そんなことを考えていた時だった。
「……ん?」
腕時計型携帯端末が鳴動。何か、メッセージを受信したらしい。
ノブリスのシステムに接続して、ムジカはバイザーにメッセージを表示した。
送信者は――
「……セシリア?」
珍しい相手からの連絡に、ムジカはきょとんとまばたきした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――来たわね、ムジカ・リマーセナリー」
合流場所として指定された学園の校門前。彼女はそこに、腕を組んで凛と立っていた。
セシリア・フラウ・マグノリア。所属冠詞の付与された浮島の名を苗字とせず、固有の苗字を持つ――つまりはノーブルの出自の少女だ。
そしてムジカからすれば、少々会うのに気合のいる相手でもある。
それは彼女がノーブルだから、というわけではなく……
(相変わらず、なんだよなあ……)
ノーブルである彼女の服装が、他の生徒たちと比較してやたらと貴族貴族しているからである。
やたらとボリューミーな縦巻きロールの髪形に、ドレスめいた改造制服。パッと見ただけで「ああ、こいつノーブルか(しかも残念な)」とわかる見た目にげんなりするが、彼女はその格好に一家言持っているほどの〝猛者〟だ。
ついでにこの見た目でバカみたいな――本人が言うには高貴さあふれる――高笑いを上げることもあるので――
正直言って、どうにも苦手意識の強い相手である。
(何がイヤって、これでこのセンス以外はまともなところがなあ……)
当人のことが嫌いなわけではないし、ムジカの中では比較的いいやつ寄りの評価であるのがまた悩ましい。が、苦手意識というものは正直どうしようもない。
そんな相手から呼び出しということでムジカは本気で悩んだのだが、素直に呼び出しに応じたのには理由がある。
普段なら高笑いか因縁をつけてくるかのどちらかから始まりがちなセシリアとの会話も、今日だけは殊勝にこんな言葉から始まった。
「悪いわね、休日だというのに呼び出してしまって……でも、来てくれて助かったわ」
「正直、断ろうか迷ったけどな」
つい憎まれ口を返すが、相手は気にした様子はない。こちらがそういう人間だとはわかっているようで、彼女は苦笑をその応答とした。
その苦笑に、眉根を寄せながら訊く。
「それで? あんたんとこのお偉方が、ラウル傭兵団に用があるって?」
用件がそれでなければ、ムジカは断りを入れていたかもしれない。それがセシリアからの呼び出しに応えた理由だった。
ラウル傭兵団への用。ならばラウルに話を通すべきだと思うのだが、ここ最近の彼は裏で何かやっているようで、日中はムジカですらラウルとはほとんど連絡がつかない――し、そもそもセシリアがラウルへの連絡手段を持っているかというと、少し微妙なところだ。それ故ムジカを呼び出したのだろう。
問題は、セシリアの上役がラウル傭兵団に何の用があるのかというところだが。
それを言う気はないのか、はたまたセシリアも知らないのか。彼女はムジカの問いかけに、こんな答え方をした。
「ええ。私たちの〝お姉さま〟が、あなたに会いたいって言っているの」
「〝お姉さま〟?」
「実姉じゃないわよ。私たちが敬愛しているお方のこと。みんな、そう呼んでるの」
「みんな?」
きょとんと繰り返す。誰のことを指しているのかさっぱりだ――が、彼女はそれには答えずに歩き出す。ついて来い、ということだろう。
素直に後ろに続くが、彼女は答える気がなかったわけではなかったようだ。目的地へ向かうその道中で、ムジカの疑問に答えてくる。
「みんなというのはアールヴヘイムのノーブルたち――とりわけその中の、〝お姉さま〟より年下の女の子たちね。〝お姉さま〟と呼ぶのは、敬意と憧憬と思慕が理由。皆の憧れのノーブルなのよ」
もちろん私にとってもね、と。セシリアは何かを誇るように胸に手を添える。その顔はかすかに上気し、薄く微笑みを湛えている。その誰かを〝姉〟と慕えることに、喜びを感じているかのようだ。
その笑みのまま、彼女はこう訊いてくる。
「もちろん、他の浮島出身のノーブルの中にも〝お姉さま〟は慕う者はいるわ――あなたはお偉方と一言に言うけれど、多くのノーブルから慕われる存在なんて、そう多くないと思わない? 特にこの、たくさんの島から生徒たちが集まっているセイリオスにおいては」
「まあ、ろくでもない相手だろうなって想像はつく」
「そういう露悪的な言い方をするのはやめなさい。無意味に敵を作るわよ」
流石に聞き咎めたようで、セシリアは笑みを引っ込めた。とはいえやはりこちらがそういう性格だとはわかっているようで、それ以上口酸っぱく言ってもこない。
ただ、セシリアの言う通りではある。お偉方なんて言うのはムジカ――というか傭兵からすれば、殿上人であることが多い。それ故極力関わりたくないという意味で〝ろくでもない相手〟と言ったが、少々悪意のニュアンスが強めな言葉だ。
どうにも斜に構えてしまうが、これが悪癖だと理解しているのでムジカは何も反論しなかった。
そんなことを話している間にも、セシリアは校内を突っ切って目的地へ向かう。
ムジカはその後を追うだけだが、少し歩けばすぐに行先の察しはついた。
このセイリオスにおいて、ノーブルだけが集うことを許されている場所――すなわち、戦闘科棟である。
目的地はその棟の一室らしい。なんでも錬金科の研究班と同じで、戦闘科も申請すれば班やグループで部屋を借りることができるらしい。アールヴヘイムのノーブルたちもそれを利用して、同郷の者を集めて一室を確保しているようだ。
とある一室の扉の前でセシリアが立ち止まった。
そこが目的地のようで、彼女は扉をノックしようとしたようだが――
ふと、何かが気になったらしい。彼女は急に動きを止めた。
「? どうした?」
「…………小言になるから、言わないでおこうか迷ったのだけれど」
入室の直前、セシリアは振り返ると眉間にしわを寄せ、ムジカを見つめて――というか睨んで、言ってくる。
「念のため、言っておくけれど。いつもみたいに、誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けるような真似は控えてちょうだいね」
「ああ? んだよいきなり、人聞きの悪い。誰がいつもケンカ吹っ掛けてるって?」
「あなたよ、あなた! 私と初めて会ったとき、あなたが何をしたのかもうお忘れなの?」
(アレは悪いの、俺じゃねえだろよ)
つい胸中で毒づく。
知り合いでもないのに開幕いきなり高笑いをかまして、偉そうなことを宣い始めたやつがどう考えても悪いと思うのだが。反論はその気配を察知したセシリアが目を吊り上げたので、肩をすくめて取りやめた。こんなところで言い合いなどしてもしょうもない――し、勝っても負けても面白くない結果になるのは目に見えている。
態度で降参を示したつもりだが、セシリアはどこか不満げだ。難しい顔をして「嫌な予感がするのはどうしてかしら……」とぼやいていた。
なんにしても彼女はため息をつくと、扉をノックしてその先へ告げた。
「お姉さま――セシリアです。ムジカ・リマーセナリーをお連れいたしました」
「――入りなさい」
聞こえてきた声は凛と響く。強く、硬質な声音だ。人を従えることを当然と思っているかのような、そんな声音。
見えているはずもないのにセシリアは頷くと、ドアマンのように扉を開いてムジカに先に入るよう促した。
素直にムジカはその部屋に入って――すぐに顔をしかめた。
(なんか……なんというかー……)
すごく、げんなりする。
赤い絨毯。赤いカーテン。どちらも金の刺繍入り。頭上には少々光量の強い、瀟洒なシャンデリアがキラキラと光る。壁のほうを見やれば何やら得体の知れない絵画やら、棚に飾られた何かのトロフィーやらメダルやら。
部屋の中央には来客用だろうテーブルが並べられてはいるのだが……不思議と座る気になれないのはどうしてか。いかにも貴族の応接間というような光景だ。
そして部屋の奥。ムジカからすれば真正面のデスクに、その女たちはいた。
一応、この部屋にふさわしい――というか、馴染んでいるようには見える。デスクから穏やかに、だが不敵な笑みを浮かべてこちらを見つめる一人の女と、その傍に侍る三人の女。
雰囲気からしてデスクの女が三人の主人なのだろうが、その三人がムジカを見る表情はマチマチだ。観察するような無表情に、玩具でも眺めるように楽しげな顔に、明らかに敵意めいたものを向けてくる瞳。
全員、ムジカより年上だろう。そしてセシリアの上役……というか先輩たちというだけあって、彼女たちも制服を改造していた。
といってもデスクに座る女は少々ドレスっぽくしてあるという程度。目立つのは彼女より他の三人だった。
その三人が履いているのは、セシリアや他の女生徒たちのようなスカートではなくスラックスだ。それ自体は今時珍しいことでもなんでもないのだが……上着がサーコートめいている、とでも言えばいいのか。マントこそないが、全体的になんとなく騎士っぽい意匠をしていた。
(つまり……アールヴヘイムってそういうところってことか?)
貴族らしさや立場にこだわりが強い、とでも言えばいいのか、あるいは単に見栄っ張りなだけか。ムジカは努めて表情を殺しながら頭痛を堪えた。
と、背後で静かに扉の閉まる音。肩越しに見やれば、セシリアが丁寧に扉を閉めているところが見えた。
ムジカの隣までやってくると、セシリアは目の前の女たちに行儀よく一礼した。
「お待たせいたしました、お姉さまがた。彼が、ムジカ・リマーセナリーです」
「ありがとう、セシリア……あなたが彼のお友達で助かったわ。休みなのに手間を取らせて、悪かったわね」
「いいえ。お姉さまのお役に立てるなら。この身、いつでもいかようにお使いください」
本気でそう思っているらしい。労わる女――ヴィルヘルミナとか言ったか?――の言葉に、セシリアは満足げな笑みで返答していた。女やその背後に侍る者たちも満足そうにしているので、彼女らの仲は悪くないらしい。
そしてまた一礼すると、セシリアは控えるように一歩後ろへと下がった。
自然、その場に取り残されるような形で、視線がこちらに集中する――
デスクの女はこちらと視線を合わせると、ニコリ、と形容するには少々圧の強い笑みを浮かべてみせた。
「さて……お久しぶりね、ムジカ・リマーセナリー」
「久しぶり?」
「ええ。初めまして、ではないわ。こうして顔を合わせるのは初めてだけれど。私が誰か、あなたはわかるかしら?」
(……知り合いにこんなやついたか?)
首を傾げるような真似はしなかったが、内心ではそんな気分で訝しむ。
改めて、ムジカはその女を観察した。
といって、わかるようなことはそう多くない。パッと見にはツンと澄ました表情が似合うだろう、気の強そうな顔立ちの美人というだけだ。ただ、少し耳に目が引かれる。
というのも耳が長く、尖っているように見えるからだ。よく見ればそれが耳飾りの類のせいだと気づけるが、なんにしても目立つのは間違いない。普通であれば耳にそんなものを付けていれば気になりそうなものだが、彼女が耳を気にする様子はまったくなかった。
つまり、よほどに付け慣れているものなのだろう。そんな特徴的な相手であれば、ムジカも忘れるはずはないのだが……その顔に見覚えはない。
しかしふと、顔以外の部分で引っかかった。
気になったのは声だった。彼女の声は確かに、どこかで聞いた覚えがあるような――……
『――抵抗はおやめなさい、下男。その機体で――武器も持たない<ナイト>級ごときで、この私に逆らうつもり?』
「あっ」
ふと脳裏に閃いた声に、ムジカはそんな声を上げた。
「――あの高飛車な<カウント>のやつか?」
素直な呟きに空気が凍った。
というわけで、2-1章差し替えになります。
また11月17日発売予定の書籍版ノブリス・レプリカ2巻ですが、試し読みとして冒頭30Pほどが公開されています。
結構がっつり修正加えたんで、Web版とどれくらい変わっているか見比べてみるのも面白いかも?
▽書籍版2巻試し読み
https://viewer-trial.bookwalker.jp/03/20/viewer.html?cid=7732e682-ed59-4bbe-bead-75a6d0a91c0c&cty=0
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