1-3 デリカシー
「――やっほームジカー。元気ー?」
「……なように見えるか?」
デジャヴを感じる応酬につい苦笑しながら、ムジカはベッドから体を起こした。
ベッド脇の椅子に座って作業していたリムも顔を上げてそちらを見やる。病室に姿を見せたのはアーシャにサジにクロエと、浮島バリアント出身の見慣れた三人組だ。
どうやら見舞いに来たらしい。三人ともこちらを見て笑みを浮かべたが、その顔には大なり小なり心配と安堵の色が見える。アーシャですら、返答した瞬間にホッとした様子を見せたほどだ――といってその表情を見せたのは一瞬で、後はいつもの気楽さで答えてくる。
「うーん? この前までと比べたら、結構顔色良くなったんじゃない? あ、リムちゃんおっはー。連絡ありがとね?」
「いえ。こちらこそ、お見舞いに来てくださりありがとうございます。皆さんにはご心配をおかけしました」
「本当にね……びっくりしたよ。ムジカ、いつの間にか出かけてたと思ったら入院してるしさ。医療用ポッドに入れられてる間は面会謝絶だったし、出てきて見舞いが許可されてからも、ずっと顔色悪いまま寝っぱなしだったし。無事でよかったよ」
と、これはサジ。「体調はもういいの?」と付け足して訊いてくるが。
「体調はもう問題ないよ。ケガもな。明日には退院の予定だ……けど」
答えつつ、ムジカは小首をかしげて訊いた。
「お前ら、俺が寝てた時まで見舞いに来てたのか?」
「む」
と。
何故かは知らないが、そこでクロエが唇をへの字に曲げた。
むっつりとした顔でムジカの前までやってくると、手厳しく言ってくる。
「無駄なことしてるってニュアンスに聞こえる。その言い方、減点だよ?」
「……何の採点だ?」
「デリカシー」
「…………まーたそれかよ」
なんでか最近、いろんなところでそれについて突っ込まれるのでついげんなりするが。
どうにも逃がしてくれそうにないと気づいたのは、クロエの目が思いのほか真剣だったからだ。
「見舞いくらい、するよ。当然でしょ? 友達だもの。ムジカさん、みんなに心配かけたってこと、あんまり自覚してないでしょう?」
「そうよーそうそう。見舞いくらいいくらでもするわよ、リムちゃんを一人にもしておけなかったしさ。何して入院したのかは知らないけど、一週間寝たきりってよっぽどなんだからね? というかあんた、入院しすぎ。セイリオスに入学して何回目よ?」
「もっと言ってやってください。アニキ、無理はしないでって言っても全然聞いてくれないんです。心配するこっちの身にもなってって言っても反省してくれないし……」
「あー、そういうの良くないと思うよ、ムジカさん。やっぱり減点だね」
「……勘弁してくれ」
アーシャにリムまで非難に加わってやいのやいのとし始めたので、ムジカは思わず本音で呻いた。
助けを求めるつもりでサジを見やるが、彼は女性陣の後ろに一歩引いていた。こちらの視線に気づいても苦笑するだけで、サジが援護してくれる気配は欠片もない。
この野郎……と薄情者を睨んでから、ため息をついた。
(心配なんか、されても困るんだがな)
そんなことをされるほど上等な人間ではないし、せいぜい自分がケガをしたという程度のことだ。それで人の心に波風を立てるというのは少々気まずい思いがある。
大したことではないのだ――そう思うのだが、だから心配なんかしなくていいと言うのも自意識過剰な気がして、ムジカは複雑な顔をした。
「んで、結局ムジカは何してケガなんかしたの?」
と、アーシャが話を戻して訊いてくる。
一度だけリムと目配せしてから、ムジカはため息交じりに返答した。
「仕事だ。中身については訊くなよ、守秘義務がある」
「えー? なによそれー。人に心配かけさせておいてだんまりなのー?」
「あのなあ……仕方ねえだろ、そういう仕事なんだから。守秘義務破れば違約金だぞ? お前が代わりに払うか? バカ高いんだぞこういうのは」
冗談めかしたアーシャの文句に、ひとまず噛みつくようにそう言い返す――
が、実際には嘘もいいところだった。そもそもムジカは仕事としてスバルトアルヴに行ったわけではないので、守秘義務も違約金も存在しない。
だがラウルの手回しによってムジカはスバルトアルヴにはいなかったことになっているし、そもそもスバルトアルヴが滅亡するというような大事だ。それにこの三人の様子からして、スバルトアルヴが滅んだことはまだ伝わっていないようだ。
あるいは、緘口令でも敷かれたかだが……となれば迂闊に関係者であることを明かすのは危険だと見たほうがいいだろう。
と。
「あんまり危険なこと、してほしくないなあ……」
クロエがぽつりとこぼすようにそんなことを言うので、ムジカは思わず苦笑した。
「今回は俺がしくじったってだけだ。次はうまくやるさ」
「…………」
「……んだよ?」
いきなり女子三人が黙り込んだので、ついたじろぎながらそう訊くが。
「そういうことを言ってるんじゃ、ないんだけどなあ」
「わかってて言ってるならビンタものだけど、あれ絶対わかってないってわかるからため息出るわよね」
「そういうところ、もうアニキには期待してないです」
「……何なんだよいきなり。言いたいことあるならハッキリ言えよ」
三人は顔を見合わせると、同時に頷いた後で一斉にジトっとこちらを見つめて、こう言ってきた。
「「「デリカシー」」」
「…………」
もはや何も言うまい。
サジまで肩をすくめる始末だが、ムジカは唇をへの字に曲げた。というより、それ以上の反抗はより大きな反撃を食らう予感がしたのでやめておいたが。
それでも言い足りない者はいるもので、アーシャが唇を尖らせて言ってきた。
「次なんかあってほしくないの、そもそも心配かけるようなことはしないでほしいんだから。たまにはこっちの立場で考えてもみなさいよ。そういうとこ考えてないから毎回デリカシーがないって怒られるのよ? わかってる?」
「……へいへい」
「む、生返事。反省してないわねこれ……そういえばリムちゃん、さっきから何やってるの?」
と――唐突と言えば唐突に、話題を変えてくる。
今までずっと椅子に座っていたリムだが、彼女はこれまで展開していたホロスクリーンをずっと操作していた。ムジカがお願いしていた作業だ。
今も会話の途中に操作を続けているが、そちらを見ながらアーシャに返答する。
「アニキにお願いされて、モンタージュ画像を作ってます」
「モンタージュ画像?」
「まあ簡単に言うと、似顔絵ですね。アニキが、なんだか気になる夢を見たらしくて」
「夢ぇ?」
何言ってんの? という目でアーシャがこちらを見てくるが。
一旦無視すると、そのタイミングでリムが操作を終えたようだ。顔を上げて、ムジカに言ってくる。
「アニキ、できたっすよ。こんな感じでどうっすか?」
「どれどれ……? ああ、こいつだこいつ。よく証言だけでここまで描けるな」
「あーしからすると、それが正解かどうかもよくわかってないんすけどね」
リムは釈然としていない様子だが、ムジカは携帯端末を起動した。
受け取った画像データ――金髪碧眼の青年の似顔絵――を、セイリオスの学習・教育用データベースに投げ込んで検索を仕掛ける。
知りたいのは、この男……つまりはムジカが夢で見た男、〝アーサー〟が何者なのかということだったのだが。
「……あん? ヒットなし?」
似顔絵の男に近い顔立ちをした歴史上の人物を探したのだが、結果は該当者なしだった。
唖然としている隣で、リムが平然と言ってくる。
「それはそうっすよ。夢に出てきた人っすよね? そんなの検索でヒットするわけないじゃないっすか」
「それはそのとおりだけど。でも違うんだよ、そういう感じの夢とは、何か違ったっていうか……」
「それ、さっきも聞いたっすけど。ケガのせいで変な夢見ただけだと思うっすよ?」
ばっさり切り捨てられて、ムジカは思わず微妙な表情を浮かべた。
実際、言っていることとしてはリムのほうが正しいのだ。夢で見た人間を歴史上の誰かだと思い込むなんて、普通に考えたらどうかしている。
だがだとしても、あの時見た〝夢〟は夢の一言で片づける気にはなれないものがあった。
と、アーシャがきょとんと言ってくる。
「それで、結局何の話なの?」
「変な夢見たんだよ」
「それはさっきも聞いたけど。どんな夢?」
「人類がまだ地上にいた頃の光景と、俺が会ったことのない男が何か語り掛けてくる夢だよ。管理者がどうの、使命がどうのってさ……って、そうだ。確かクロエって、一般教養科だったよな? 歴史とか詳しいか?」
「え、私? うーん……まあ、多少はって感じ。私、芸能専攻志望だし。文化学とか、考古学とかやるところだから、歴史のお勉強も少しはしてるよ?」
「んじゃ、アーサーって名前の男を知らないか? こんな顔のやつなんだが」
告げてから、ムジカはモンタージュ画像をホロスクリーンに展開した。
クロエのみならず、サジとアーシャもその画像を覗き込むが。
「……うーん? 金髪に青の瞳で、この顔立ち……? 古代王国の王族の肖像画に、こんな感じの人いた気もするけど……いつの時代の人かって、わかる?」
「たぶん空歴が始まる直前だ。メタルが生まれて、古代文明が滅びる頃の人間のはず」
「その頃の人で、名前がアーサー? そんな人、いなかったと思うけど……」
「ボクも聞いたことないかな……その頃ってノブリスの黎明期でもあるから、一時期がっつり調べたことあるんだけど」
これはサジの呟き。携帯端末をいじって自分でも調べながら、そんなことを言ってくる。
ただ、と付け足して先を続けた。
「その頃って不思議と人の名前が残ってないんだよね。活躍したノーブルとかがたくさんいたはずなんだけど、そういうのも残ってないんだ。あの〝三銃士〟のノーブルでさえ名前がわかってないくらいだから、相当に混乱してたってことなんだろうけど……」
「〝三銃士〟……」
伝説に謳われる三機のノブリスのことだ。浮島が――人類が空に逃げるために挑んだ、最後の戦いの中で活躍した三機のカスタムノブリス。機体はその戦いの中で失われたとされているが……
ムジカはその最期を知っていた。それもあの〝夢〟の中で見たのだ。
皆、遺す人々に未来を託して散っていった。
(……あの男が誰か分かれば、あいつが言っていた〝使命〟だのなんだのの意味もわかると思ったんだがな……)
どうしてそれを知りたいと思うのかはわからない。それが大切なことなのかも。そもそもムジカは管理者でもなければ調律者でもなく、あの〝夢〟で語られた〝適格者〟でもない。となれば、ムジカがそれを知る必要はないのかもしれない。
だがムジカはなんとなく、それでも知るべきだと感じていた。
あるいはそれは、単なる好奇心なのかもしれないが……
どちらにしても、自分より歴史に詳しそうなサジもクロエも知らないとなれば、この方面ではお手上げだ。セイリオスのデータベースにも引っかからないとなれば、調べ方を変えなければなるまい。どうするかを考えて、ムジカはひっそりとため息をついた。
「……あ。あたしこの人知ってる。動画俳優でしょ?」
「違え。断じて言うが、絶対違え」
そしてアーシャに至っては、もはや論外なのだった。
1-3章更新です。
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