1-2 さっきは、怒鳴ってごめんなさい
「……嘘つき。アニキの嘘つき。もう死んじゃうかもしれない無茶はしないって言ったのに。言ったのに」
「…………」
「嘘つき。約束破った。約束したのに。もうしないって言ったのに。嘘つき」
「……………………」
「……嘘つき」
「……悪かったって」
怒りと悲しみと非難と涙、そしてそれ以上に大きい心配と。それぞれをごちゃ混ぜにしたリムの瞳に睨まれて、ムジカはげっそりとそう返した――
ところ変わらず、セイリオスの病室。ベッドの上から気まずい思いで向き直れば、リムは傍の椅子からこちらを見ている。先ほどまでは怒涛の勢いで説教が続いていたのだが、そろそろ言うこともなくなってきたのだろう。今はじとっと、湿った瞳でこちらを見つめてくるだけだ。
その目に向き直るのには、少々力がいる。というのも、原因はリムに対する負い目のせいだ。
リムが言った〝嘘つき〟やら〝もう死んじゃうかもしれない無茶はしない〟というのは、二月ほど前に起きたセイリオスへのメタル襲撃事件が関係している。襲撃してきたメタルの分隊撃墜をムジカが請け負い、結果として死にかけたのだ。その無茶をリムに咎められ、もう無茶はしないと(説教の最中になし崩し的に)約束させられた。
今回、それを思いっきり破った。心配をかけてしまったというのもある。今回の無茶は故あってのことだが、ムジカの見通しが甘かったのは事実である。治療が間に合わなければ死んでいたとなれば、リムが怒るのも当然と言えた。
その怒りの原動力も、こちらへの心配や憂心なわけで……となればムジカに言えることなど何もなく、ついでにラウルは説教開始と同時に逃げたので孤立無援。そんなわけもあって、ムジカはひたすらリムの言葉を甘んじて受け止めるしかないのだが。
そんなムジカを見上げて、ぽつりと。
瞳を暗く陰らせて、リムが言った。
「……もし次も同じようなことやって、アニキが死んじゃったら。その時は後を追いかけてでも、説教しに行くっすから」
「バ――お前っ!」
それがどういう意味かわからないほどムジカも馬鹿ではない。
冗談でもそんなこと言うなと、慌てて身を起こして――だがこちらを見据える顔の予想以上の真剣さに、ムジカは言葉を詰まらせた。
リムは突っ伏すように行儀悪くベッドに上半身を預けると、顔だけでこちらを見上げてくる。その瞳に宿る強さに、しばしの間呼吸を忘れた。その目はどこまでも本気の目だった。もし仮にムジカが死んだら、本当にそうしかねない危うさがある。
その目の強さに気圧されて……観念してため息をつくと、力尽きたような心地でムジカはリムの頭を撫でた。
振り払われるかとも思ったが、リムはそのままムジカの手のひらを受け入れた。
思えば、久しぶりに彼女の頭を撫でたような気がする。リムとはスバルトアルヴの騒動が始まってからずっと別行動だったが、これまでの旅の中でこうまで彼女と離れていたことはほとんどなかった。そのせいもあってか、リムは大人しく、嫌がる素振りも見せない。
そんな彼女に少しだけ苦笑しながら、ムジカはふと訊いた。
「今回の騒動、お前、どこまで聞いてる?」
「……正直、全容はさっぱり把握してないっす。父さんも知らなくていいって、全然教えてくれないし……というかあの人、また裏でなんかやってるっすよ」
「らしいな。俺たちは無関係ってことになったらしいし」
その辺りの事情に深入りしようとは思わない。ラウルが裏で何かをしているのはいつものことだ。その辺りに関わろうとすると、こちらが火傷することになる。面倒事の気配には近づかないのが吉だと、ムジカは経験則で知っていた。
そもそも、政治はラウルの分野だ。任せておけば問題ない――
と、リムがおずおずと訊いてくる。
「……最後に戦ってたアレ、アールヴヘイムのノブリスっすよね? メタルみたいだったっすけど……今回の事件、なんだか全体的に変だったっすよ。他のメタルも、なんだかノブリスっぽい見た目してたっすし。アニキは詳しく知ってるっすか?」
「まあな。その辺の事情はアルマが詳しかったんでな」
「……アルマ先輩が?」
きょとんと不思議そうに――というよりは、訝しむようにリムが首を傾げる。
どうやらリムは本当に何も知らないようだと踏んで、ムジカは簡単に知っていることを説明した。
スバルトアルヴがメタルを利用できないかと、メタルの研究に手を出したこと。結果として暴走し、メタルハザードを引き起こしたこと。アールヴヘイムとスバルトアルヴの関係。メタル化したノブリス〝ヴィルベルヴィント〟のこと。
そして……アルマのこと。調律者としての力で騒動を察知したこと――そしてムジカが無茶をしなければならなくなった、その原因を伝えた。
「あのメタルを消し飛ばすために、スバルトアルヴを自爆させようとしてた。自分が死ぬこと前提で組まれた計画だ。自分以外には、もう誰にもどうしようもなくなるからってさ。確かにそれでうまくいったのかもしれないけど、んなもん納得できるわけもなし。ふざけんなってブチギレたよ」
「……だから、アニキは無茶したんすね」
「まあな……とはいえ、アレは俺が気に食わなかったからやったことだ。死にかけたのは俺の力量不足が原因だ。この件でアルマを責めるなよ」
リムの性格は知っているからそんなことはしないだろうが、一応釘は刺しておく。
対するリムの反応だが、彼女は落ち込んだように表情を陰らせた。
視線をムジカからどこかへ――ここにいない誰かへと向けて、小さく呟いてくる。
「……アルマ先輩、ずっとアニキに謝ってたっす」
「謝ってた?」
「医療用ポッドに入れられたアニキに、全部自分のせいだ、ごめんなさいって。セイリオスに戻る間中、ずっとっすよ? 落ち込んでいるとか、そういうのを通り越して……なんというか、憔悴してたっす。声もかけられないくらい、追い詰められてるみたいな顔で……」
でも、そういう事情だったんすね、と。リムが暗い顔で納得する。
そのリムの言葉に、思い出す光景がある――得体の知れない液体の中にいるムジカに、謝り続けていた少女の姿だ。おそらく医療用ポッドの中から、アルマを見ていたのだろう。夢かと思うほどに曖昧な記憶だが……どうやら、アレは本当にあったことらしい。
記憶の中のアルマは、相当追い込まれていたように見えた。ムジカの目から見ても、その様子は尋常ではなかったと言える。心が壊れる一歩手前か――あるいは完全に壊れてしまったか。そんな風に見えたのだ。
「今、アルマのやつがどこで何してるかわかるか?」
訊ねると、リムの答えは少々不可解なものだった。
「……アルマ先輩、今行方不明っす」
「あん? 行方不明? またか?」
「です。アルマ先輩の居場所、ご家族の方も知らないみたいで……」
「……それ、大問題じゃねえか?」
「そうっすね。ただ、レティシア様は事情を知ってるっぽくて……今はそっとしておいてあげて欲しいって言われたっす。たぶん、ご家族にも内緒でレティシア様が匿ってるんじゃないかなって思ってるんすけど……」
「……ふむ?」
言われて思い出すのは、アルマに連れられてスバルトアルヴへ向かう直前のことだ。確か、アルマは実家と揉めているとかなんとか言っていた気がする。その実家との関わりを避けるためにレティシアが匿っているというのは、なくはない話のように思えた。
どちらにしても、退院したらアルマに会わねばなるまい。レティシアが居場所を知っていそうならそれで問題ない。
(あんたにゃ、言いたいことが山ほどあるんだ……説教するって約束したしな)
まあ今説教されたばかりの自分がどの口で、とは思うのだが。それはそれとして、ムジカにも言い分はある。リムには悪いと思うが、それとアルマへの思いはまた別というやつで――
と。
「……さっきは、怒鳴ってごめんなさい」
唐突と言えば唐突に、リムがぽつりと呟いてくる。
あまりにも急な謝罪だったので、ムジカはきょとんと首を傾げた。視線の先、リムは少し落ち込んだような様子だが。
「どうした、いきなり」
「アニキの無茶は嫌いっす。もう二度とやってほしくないっす。それは変わらないっすけど……事情を聞いたら、怒るべきじゃなかったなって」
しおらしく、そんなことを言ってくる。本当に反省しているらしく、リムは視線を合わせてこない。
そんな彼女に苦笑してから――ムジカは今度はわしゃわしゃと、強くリムの頭を撫でまわした。
「な? わっ!? アニキ、いきなり何するっすか!?」
「んー、別に? 心配かけちまったのは事実だからな。謝られても困るなって思って」
「だからって、なんでこんな――……ああ、もう。髪崩れちゃったじゃないっすか」
撫でる手を離すと、崩れた髪を手櫛で梳かしながらリムが唇を尖らせる。そうして恨めしそうに見てくるリムに、ムジカは肩をすくめてみせた。
暗い顔をしたリムを見たくない。湿っぽい空気は面白くないというのもある。だから、この話はここで終わりにしたほうがいいだろう――
と、ふと思い出してムジカは訊いた。
「そういやリム。お前、絵とか描けたよな?」
「絵っすか? 急っすね。まあこれまでノブリスのスケッチとかしてたっすし。そこそこは描けるほうだと思うっすけど」
「そうか、よしよし。んじゃちと記憶に残ってるうちに、人の顔を一つ描いてもらいたいんだが」
「人の顔……? ホントに急っすね?」
なんで? と訝しんでくるリムに、ムジカは「まあまあ」とゴリ押した。
そうしてリムに描かせたのは――金髪に碧眼の、とある過去の男の顔だった。
1-2章更新です。
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