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2章幕間

 ――セイリオスの中枢といえる学園の、更に中央にある第一校舎。セイリオスが学園都市となった時からあるその校舎は、今は最も生徒数の多い一般教養科の領域だ。

 ただしその最上階にある奥の部屋だけは、昔から変わらず特定個人のものとして存在していた。

 その部屋入り口に掲げられたプレートにはこうある――生徒会長室。

 つまりは、この学園の支配者の部屋だ。昔は学園長室だったこともある。

 その部屋の主としてデスク仕事を行いながら、レティシアは一人、こっそりとぼやいた。


「なんで私、こんなに仕事ばっかりしてるんでしょう……?」


 学園とはすなわち問題の宝庫だ。書類仕事に際限はなく、抱える問題が増えることはあっても減ることはない。処理を部下や他の学科長に任せることもできなくはないが、最終的な裁可は自ら下さねばならない。

 なので、というのも変な話だが。レティシア個人としては“どうでもいい”問題を、仕方なく処理し続けている。何故かと言えば、それが彼女の仕事だからだ。

 深々とため息をつく。今欲しいのは、自由な時間だ――とある新入生と話がしたい。ただそれだけの時間が欲しい。


(それくらい願っても、バチは当たらないでしょうに……ラウルおじ様からも篭絡していいって認めてもらったし。早く動きたいのに……)


 と、ノックの音で、つい息を止めた。時間を確かめると、もう昼も半ば。誰が来たのかそれで察して、どうにか微笑むと入室を許可した。

 入ってきたのは黒髪黒目の、冷たい顔立ちの長身の美人だ。レティシアの従妹でもある、周辺空域警護隊の九番隊隊長。公私混同はしないように、と彼女自身が望んだため、レティシアは校内では従妹ではなく部下として扱っているが。

 今回は定時連絡なので、そこまで不安になることもない。レティシアは素直に口を開いた。


「お帰りなさい、ヤクト。周辺空域の様子は?」

「北東の警戒に当たっていたクロスの隊がメタル三体と遭遇。撃破しましたが……」


 怪しむように半眼で、ヤクトが言ってきたのはこれだった。


「書類仕事、手が止まってますよ。また彼らのことを考えてたんですか?」

「ええ、そうなんです。彼ら、元は傭兵でしょう? 問題を起こしてないか、気が気でなくて……ちょっと、視察に行ってきてもいいかしら?」

「その間、書類仕事は誰がやるんです? 副会長に睨まれたくはないのですが?」

「……あの陰険眼鏡さん、口は出す癖に手は貸してくれないのなんでなんでしょうねー……」


 うんざりとため息をつく。こんな姿も本来なら人に見せてはいけないのだが、従妹くらいならまあ許される範囲だろう。生徒会長室は、こうした内緒話をするのには便利な場所だ。

 が、まだ話は終わりではないらしい。ヤクトの不信はまだ続いているようだった。


「実際、どうなのです? あなたの鶴の一声で、彼らを雇うことになりましたが……わざわざ、傭兵などという身元の怪しい者を召し上げる必要はあったのですか?」

「“必要”の意味が、他で代用可能だったかという意味ではいいえと答えるしかないですけれど。選択肢の中では、最良のものを選んだ自信がありますよ。ヤクト、あなたの不満はどこに?」

「……率直に、実力を疑っています」


 学生としてではなく。この島を守るノーブルとして彼女は言う。

 彼女の立場を思えば、その気持ちもわからなくはない。傭兵とはつまり、故郷を捨てた不義の者たちのことだからだ。そんな者を講師として迎えることも、いざというときの予備戦力とすることも、彼女からすれば不満なのだろう。


(まあ、ラウルおじさまのことを知らなければそうなりますか)


 知っているなら、彼以上に頼りになる人間などそうはいないのだが。レティシアは何も、懸想だけが理由でラウルたちを抱えたわけではない。

 無言のまま、レティシアはデスクのマギコンを操作して、部屋中央にホログラムを投影させた。映し出されたのは――


「……これは?」

「戦闘科の新入生の、オリエンテーションです。ちょうど、さっきまでやってたラウル講師の最初の講義ですね。律義にログを送ってきてくれました」


 戦闘科、錬金科という、ノブリスを使う学科を対象とした講義だ。目的は単純に、ノブリスに慣れようという程度のもの。その中で戦闘科は、一対一でラウルと模擬戦を行ったようだが。

 映し出されたのは、地上戦かつ格闘戦という初心者向けの戦闘で、容赦なく新入生たちを蹴散らしていくラウルの姿だ。相手を打ちのめすのではなく、鉄棒を自在に操って、新入生を転ばせまくっている。


「これが、今年の新入生の様子ですって。どう思うかしら?」


 返答は言葉よりも先に表情に出た。苦い顔だ。ヤクトの嫌いな、無糖のコーヒーを飲ませたところでこうはならないだろうという顔。


「……素人同然、ですね。訓練を受けた形跡のある者ですら、これというのは悲惨極まりない」

「どうもここ数年、ノブリスでの戦闘を“飛べて遠くからガン・ロッド撃ってればいい”って勘違いしてる子が増えたみたいなんですよね……だから、こんな簡単に転ばされてしまう。いの一番に天狗の鼻をへし折ってくれるのはありがたい限りです……どうせなら、今年の二年生にも受けさせたいくらいですし」

「会長のご懸念、納得しました。確かにこれは、戦力に不安を覚えるのも理解できる。ラウル講師の腕も、悪くはないようだ」


 自分の腕に自信があるから、ヤクトは上から目線でラウルを評する。

 確かに、映像を見る限りラウルの腕は悪くない――どころか、いい。実力を欠片も見せていないのすらわかる。だというのに生徒たちはころころ転がされているのだから、実力の高さは察せようというもの。

 ただ、その評価ですら足りないという事実に、ついくすりと笑ってしまった。


「あの方、私より強いですよ?」

「……え?」


 率直な事実を告げれば、ぽかんとしたヤクトがこちらを見てくる。

 可愛らしい従妹のそんなマヌケ顔に、微笑みながらレティシアは告げた。


「本当ですよ? 試したいのなら、あとで機会を作ってあげてもいいですけれど……本来ならあの方、傭兵なんてやらなくていい身分ですもの。三年前に出奔した、浮島グレンデルの元管理者の話、聞いたことない?」

「噂には、聞いたことが……では、この方が?」

「そ。ラウル・グレンデルその人。今は家督もご兄弟に押し付けて、傭兵としてリマーセナリーを名乗ってるみたいですけれど……まあ、ラウルおじさまの気持ちを考えれば、故郷を捨てたくなるのも仕方ないことでしょうね……」

「……ジークフリートの悲劇、ですか?」


 七年前に起きた、とある悲劇のことだ。

 その“事故”のせいで、グレンデルは優秀なノーブルを一人失った。ラウルにとっては親友だったはずの人だ。

 だがそれでも、ただ失っただけであれば、彼はまだグレンデルの当主のままであっただろうが……


「そっちもそうですけれど……出奔のきっかけは、やっぱり三年前のほうでしょうね。その事件は秘匿されたから、ヤクトは知らないでしょうけれど……まあ、あなたは知らなくていいことです。知ったところでどうこうできるものでもないですし」

「はあ……ん?」


 と、不意に映像が切り替わった。模擬戦が一通り終わったようで、映像が最初に戻る。といっても、講義の途中からだ。ラウルはログを送るにあたって、必要な部分だけを厳選したらしい。

 映し出されたのは、またラウルと生徒だった。ただ趣きが違うのは、生徒が<ナイト>ではなく、<サーヴァント>を纏っていたことだ。それはつまり、生徒が戦闘科ではなく錬金科の学生であることを意味する。

 それがなぜ、訓練に参加させられているのか――


「……ほう?」


 目の前で繰り広げられたその戦闘に、初めてヤクトが感嘆の声を上げた。

 そこに映し出されたのは、先ほどまでとは全く違う。ノブリス同士の本気の殺陣だ。

 最初は生徒が果敢に攻め、ラウルが切り抜けて逆襲に転じる。生徒はその猛攻をしのぎ続ける――


「面白いでしょう? その子がムジカさん」

「……では?」

「そう。ラウルおじ様と一緒に傭兵やってた男の子。当人の希望で錬金科に配属されましたけど……本当なら、戦闘科にこそほしい人材でしょう?」


 ラウルは今回のログを、業務報告という形で送り付けてきたわけだが。彼も随分と人が悪いと思う――つまり彼は、レティシアに見せつけてきたというわけだ。自身と、この少年の実力とをだ。

 期待通りの働きはしてみせると、そう豪語している。

 だが、とレティシアは思う。


(……私の小さな騎士様(マイ・リトル・ナイト)


 あの少年の実力など、一度も疑ったことはない――あの六年前の運命の日、彼と出会ったその日から。

 だから、努力してきたのだ。これからも成長していくだろう彼に置いていかれないように。もう二度と会うことはなかったとしても……この想いに恥じない自分であるために。

 それが、今、同じ島にいる。

 その気持ちを心のうちに隠しながら、先を呟く。


「……ひとまずこのまま腐らせるのももったいない人材でしたので、彼はアルマちゃんのところに回させていただきました。あの子も無茶なこと考える子ですから、優秀なテスターをほしがっているでしょうしね」

「……よりにもよって、あのアルマにですか。いきなり、独立して研究班を作るなどと宣いだしたので、何かあったのかと思いましたが……」


 ヤクトはまた苦い顔をしたが、すぐにため息をついて諦めたようだ。


「まあいいでしょう。いろいろと奴には言いたいこともありますが、仕方ない……あとラウル講師との対戦については、セッティングをよろしくお願いします。では」


 やはりノーブル、とでも言えばいいのか。ヤクトも強いと言われる相手には興味があるらしい。

 了承を返してヤクトが去った後、レティシアは小さくため息をついた。

 やることはやはり、際限がない。形のあるものや予定通りの仕事から始まって、ただの懸念や違和感の考察まで。どうでもいいことが後で悲惨な未来を生み出す可能性もあるのだから、考えるのをやめることはできない。


(特に問題だと思うのは、北東での、メタルとの遭遇戦……また。ここ最近、メタルからの襲撃頻度が上がってる……何かある? 何がある?)


 それも、遭遇が確認されているのは北側ばかりだ。普通、メタルとの遭遇分布が偏ることなどまずありえない。

 空域警護隊は特にこの件でレポートなどを上げてきていないが……

 そういえば、ムジカたちがやってきたのもそちらからだったか。

 そんなことをつい思い出して、くすりと笑った。あまりにもどうでもいいことだが、その程度で笑えるのだから、自分はまだまだ余裕があるらしい。

 ひとまず止めていた手を動かしながら、レティシアは思考を再開した。

ここまでが入学初日となる2章の一区切りです。

3章以降から本格的に学園生活が始まり、ちらほらとトラブルに巻き込まれるようになります。


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