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エピローグ

(〝スバルトアルヴ〟が……完全に起動した……?)


 その光景を、ラウルは呆然と見ていた。

 たった一瞬――たった一瞬だ。それは起動と呼ぶのもおこがましいほどの刹那。あまりにも短く、本来なら何の意味もなさない空回り。

 だが最後に放たれたのは、間違いなく〝魔術師〟の一撃だった。

 そして、空に脅威はもはやない。メタル、〝ヴィルベルヴィント〟の姿は消えていた。

 跡形もなく――その身その砂その一粒。全て許さず消し去った。後には何も残さない……それは〝情報崩壊〟ですらない。〝在る〟という情報そのものを無に書き換える、魔術の深奥。

 現代においては<デューク>級しか再現のできないその力を前に、ラウルは驚愕に狼狽える。


(<デューク>の起動認証を、どうやって掻い潜った? レギュレーターを使った、〝ただのノブリス〟としての起動とはわけが違う――どうやってあいつはそれをやった?)


 ムジカは〝適格者〟などではない。それをラウルは誰よりもよく知っている。予言者が伝えた〝適格者〟は女だ。ムジカであるはずがない。

 だが、ならこれは何なのか。理解のできない事態を前に、ラウルは内心で叫ぶ。


(だから、イヤになるんだ――ジークフリートのバカ共は!!)


 わけのわからない事態を平然と、当たり前のように呼び寄せる。運が悪いでは済まされない。この一族にはそういうところがある――なんでそうなる? ということを、当然のようにやらかしてみせる。

 運命に好かれているのか、それとも嫌われているのか。あるいは捻じ伏せているのか……それとも弄ばれているのか。そんなことはラウルにはわからない。わからないが――

 一つだけわかっているのは、そんなこと考えている余裕はないということだった。


 ラウルは忘我から復帰すると、全速力で<ナイト>を機動させた。

 浮島の地表に落下した〝スバルトアルヴ〟を追いかけて、隣に降りる。そうして傍にしゃがみ込むと、ラウルは<ナイト>を纏ったままその機体を観察した。

 ノブリス“スバルトアルヴ”は悲惨な有様だった。一言で言えば、無事なところが何一つない。

 一見の時点で酷かった。ガントレットもフライトグリーヴも、途中でへし折れ奇妙な方向にねじ曲がっている。おそらくは、中にいる人間ごと。

 バイタルガード――胴体部の装甲は、ほとんど融解していた。感応装甲に魔力を供給し、防御性能を底上げする余力などなかったのだろう。それはただの溶けた金属になり果てていた。

 そして何より、ひどいのは背中だ。ブーストスタビライザーが跡形もない。戦闘後半の時点で機動はM・I・B・S頼りで、ムジカは使用していなかった――あるいはできなくなっていた――ようだったが、メタルに撃たれた背中からの一撃が、それそのものを消し飛ばしていた。


 それが、それらが、意味するものは何か。

 必死に考えないようにしながら、ラウルは〝スバルトアルヴ〟に触れた。

 外部から、バイタルガードの強制開放を命じる……が、開かない。命令自体は受け取っているが、装甲の開放機構が動かない。響くのはギギギぃ……と、壊れたものが動こうとする時特有の、金属のこすれる音だった。

 ラウルは舌打ちすると、<ナイト>のガントレットでバイタルガードをこじ開けた。


「……っ!!」


 そして、絶句した。

 ()()()()()()()()()()()()

 ムジカはそこにいた。血塗れの状態で。顔にある穴という穴から血を流している。更に不完全に起動させたM・I・B・Sのせいで機体内部で振り回されたのだろう。体中に青あざや擦り傷を作り、ところによっては服から露出した肌から皮膚がはがれていた。

 何より酷いのは……背中側だ。

 最後に撃ち込まれた一発が、装甲内部にまで及んだのだろう。消し飛んだブーストスタビライザーが結果的に威力を減衰させたのだろうが、装甲の亀裂から内部に衝撃と熱波が浸透したのだろう。着ていた服が大きく破け、そこに赤い花を咲かせていた。


(どうしてだ……?)


 その光景を見て、ラウルは()()()()()()()()()()

 顔に浮かんだのは、どうしようもない苦笑だった。


「これほどまでの傷を負って……なんでこいつは、()()()()()()()?」


 見た目こそ無惨だが、その全てが致命傷ではない。あの状況でなお、致命傷だけは避けきっていたらしい。

 このままほっとけば死ぬのは間違いない。だが……


(だから、イヤになるんだ……このバカどもは。後先考えずに飛び出して……やると決めたことだけは、やりきるから)


 後は野となれ山となれ、だ。このバカどもは平気でそういうことをする。自分の命を平然と懸け、それを何とも思わない。人の気など欠片も知ろうとしない――

 だが今回は、それでも生きている。だからラウルは笑うしかない……

 と。


『父さん――兄さん! 兄さんはっ!?』


 不意の悲鳴じみた声に、ラウルは顔を上げた。

 リムの声だ。上げた視線の先、はるか向こうには退避を始めたアールヴヘイムのフライトシップの姿。その中にぽつんと一隻、こちらに向かってくる船がある――バルムンクだ。

 おそらくこの戦闘も見ていたに違いない。今にも泣きだしそうなリムに、努めて冷静にラウルは告げた。


「ああ、バカならまだ生きてるよ。ただ、重体だ。医療用の施設も……消し飛んじまってるな。バルムンクには一応、医療用のポッドが積んであったよな? なければ周辺空域警護隊の詰め所からパクって、急いでこっち来い。ほっときゃ死ぬぞこいつ」

『――っ!! ――……』

「……何にも言わずに通信切りやがった。まあいいか」


 よほど焦っているらしい。それに苦笑してから、ラウルは改めて周囲を見やった。

 ムジカと同様に、というのも奇妙な話だが。浮島スバルトアルヴもまた、ひどい状態ではある。何しろ都市部がまるまる消えていた。

 目立つのは、まず怪物級ノブリス二機が暴れまわったことによる、地表の破壊痕。クレーターがいくつも浮島の大地に刻まれていた。

 そしてもう一つ、都市部を残骸化させてまでして作られた砲台の群れだ。移動した戦場を追いかけるように、点々と生み出されている。元々存在しなかった物だが、材料には都市を構築していた建材が丸ごと――形を変えて――使われていた。

 浮島の元々の機能であり、〝メタル〟としての一機能の応用だ。対メタル用戦闘要塞としての本領発揮。建材そのものの状態を再構築し、今回は砲台に作り替えた。

 その際にアルマは随分と無茶をしたらしい。遅滞がないようにあらかじめ、全ての建築物を崩壊させて、いつでも使える状態に変えていた――つまり、都市部そのものを全て破壊した。周囲に医療用の施設がないのはそのせいでもある。

 破壊と変質、その二つが都市としてのスバルトアルヴを終わらせていた。

 後にあるのは残骸だけだ。人が生きていた痕跡など、何一つ残ってはいなかった。

 と――


『どういう、こと――』

「…………」


 聞こえてきた声に、ラウルは頭上を見上げた。そこには自分の他に、この場に残った唯一のノブリス“シルフ”の姿がある。

 覚悟していたわけではなかったが、聞かれるだろうとは思っていた。なにしろ、自分が感じたのと同じ疑問だ。

 愕然と響いた声が引き絞られ、ラウルに照準を合わせた。そんな風に感じたのと同じタイミングで、〝シルフ〟のノーブル――ヴィルヘルミナが訊いてくる。強張った声で。


『ラウル講師。これは……どういうことなの。どうして、彼が<デューク>を――』

「答えることなど何もないよ」


 言葉を遮って、たじろがせて。

 それから苦笑するように、ラウルは告げる。


「というか、俺が聞きたいくらいだよ。何をしたら、こいつが<デューク>を起動できたのか。普通じゃないことが起きたのは間違いない。現に、最初は起動していなかった。こいつが〝適格者〟ではない証拠だ。わかるのはそれだけだよ。だから、後にしてくれ――」

()()()()()()()()!!』


 だがヴィルヘルミナはそこで引き下がらなかった。


『〝適格者〟の条件は、<デューク>を起動できる者――それが〝予言者〟の望んだ〝誰か〟であるかは今はどうでもいい! そして、彼が今起動させた!』

「…………」

『我々は知りたい――知りたいだけなのです! 彼は伝言を受け取ったはずです。〝予言者〟が、〝適格者〟に何を託したのかを!! 〝彼〟は私たちに、私たちの役割しか明かさなかった! 我々は、ただ――』

「――君がこいつに、わずかにでも救われたと思ってくれるなら!」


 その言葉を、また遮って。

 言葉を絞り出すように、呟いた。


「悪いが、後にしてくれ」

『…………』


 正直に言えば――

 正直に言えば、ラウルにも余裕のある状況ではなかった。

 部下が、〝親友〟の遺児がこの惨状だ。唯一の救いは生きているということ、ただそれだけ。この島に起きたこと、彼が引き起こしたこと。この後どうしなければならないか。その全てがまだ整理できていない。この事態に狼狽えている――

 ()()()()()()()()()()()()

 ズルい大人として姑息なことをして、回答までの時間を稼いだ。

 やがて、ぽつりと。ヴィルヘルミナが訊いてくる。


『……この後は、どうされるおつもりですか』

「……ひとまず、〝スバルトアルヴ〟の起動ログを改竄する。こいつが<デューク>を起動させたと知れれば空が――いや、管理者たちが混乱する。無意味な混乱は避けるべきだ。こいつの存在は隠す――その後はスバルトアルヴが滅んだことを全島に伝達。追って、全島連盟会議が開かれることになるだろう」

『…………』


 なにしろ、浮島一つが滅んでしまった緊急事態だ。この空を揺るがす大事件と言っていい。それも、メタルを利用しようとしたなどと言うのは……

 だがヴィルヘルミナが気にしたのはそんなことではなかった。

 ラウルの言葉尻を捉えて、こう言ってきた。


『あなたは……〝無意味〟と断言するのですね。彼が<デューク>を起動させたことを』

「ああ。こいつは〝適格者〟じゃない」


 それを自分は知っている。既に未来(それ)は見通した。ムジカは〝適格者〟などではない――ムジカは〝予言者〟に託されていない。ムジカはこの空を救わない。

 ムジカはただ、この場とこの状況を救っただけだ。

 あるいは今日死ぬはずだった、たった一人の少女を。

 それだけでしかない。


『……後日、お話を伺わせていただきます。必ず』


 それだけ言い置くと、ヴィルヘルミナは撤収した。

 彼女も彼女でこれから大変な立場だ。アールヴヘイムのノーブルたちの状況を取りまとめる、その立場にいる。損害を受けた者もいるだろう。亡くなった者も。彼らの手当てをせねばならない。それが上位者の立場だ。


(彼女らがここに来た理由と、その後片付けもありそうだが……)


 まあ、それは自分たちには関係ない。嘆息すると、ラウルは意識を切り替えた。

 リムたちは――バルムンクは、まだ遠い。その間にやっておかねばならないことがある。

 戦闘中、通信を繋げておいたアルマに声をかけた。これまでの話は聞いていたはずだ。その上で告げる。


「アルマ嬢。聞こえているかね? 協力をお願いしたい。スバルトアルヴのシステムから、今日の日のログを全て――」

『――ゃだ』

「…………?」


 その時、初めてラウルは気づいた。

 異変に気付くのが、だ。フォローの順番を間違えた。致命的なレベルで。

 最初は、聞き取れないほどに消え入りそうな声で――だがその声も次第にひび割れて、声量が増していく。


『ちがう。やだ。いやだ。なんで――ちがう、ちがう――違う! わ、わたし――違う! こんなの、違う……っ!!』

「アルマ嬢? どうしたっ? アルマ嬢!?」

『わた、わたし、のせいで……これ。こん、こんなの。わたし、のぞんでない。そんな、つもりじゃなかった。なんで。どうして? こんな、のっ、やだ――やだぁっ!?』


 その言葉に、ハッとムジカを見やった。

 血塗れで、ズタボロの少年――傍目には、死んだようにしか見えないほどの。近場で見て、ようやく生きていることに気づけるくらいの――

 それをアルマは、浮島の監視システムから見た。見てしまったはずだ。

 ようやくその事実に気付いて、ラウルが叫ぶ。


「アルマ嬢!! ムジカはまだ生きてる!! よく見てくれ――こいつはケガしてるだけだっ!! それは君のせいじゃない!!」


 だが遅かった。

 もう間に合わなかった。


『やだ!! やだぁっ!? うそ。うそ。こん、なの――こんなの、やだよ!! あ、ああっ――……ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。許して。ぜんぶ、ぜんぶ、わたしの。わたし、が――……あ、う。あ、ああああっ――』


 アルマは錯乱していた。そうとわかるほどに取り乱し、泣いていた。声は悲鳴のようで、後悔と嘆きしか呟いてなくて――


(しくじった――()()()()


 何を? アルマをだ。

 彼女の才覚と、普段の振舞いに目がくらんでいた。優れた能力の持ち主は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。バカげた思い違いをしていた。気付く余地ならあったのにだ。

 アルマはここに死にに来た――だがそれは、覚悟を決めて来たわけではない。彼女はここに、()()()来たのだ。

 どれだけ優れた頭脳を持とうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


『――ああああああああああっ!!』


 魂が砕けるような少女の悲鳴が、滅びたスバルトアルヴに響いた。

3章スバルトアルヴ滅亡編、今回でひと段落です。だいたいラノベ3巻目相当。

小タイトルの時点でネタバレかましてた章でしたが、いかがだったでしょうか。

中盤のアルマのヘイト管理など、見せ方をしくじったなあと反省しきり。一度中規模に修正したりと、皆さんにもご迷惑おかけしました。

終盤の内容自体は当初の予定通りに書けたかなと思う一方、やっぱりアルマの行動部分は見せ方直したいなあとおもったり。

毎章そんなところが出てる気もします(


次の章についてですが、現状どうなるかは未定です。

ひとまず冒頭で病院送りのムジカと、ムジカが死んだと思って錯乱→ごめんなさいbot化→悄然とするアルマ周りのフォローしつつ、アーサーって誰?とかこの空のある意味って?みたいな部分深掘りしてく形になるんではないかと思ってます。今回出てきたヴィルヘルミナとか、他の浮島の管理者候補たちとかも交えて?

まだ影も形もないところになるので、しばらく更新期間開く見込みですが、ご承知おき願えたらと思います。


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25/5/31
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― 新着の感想 ―
これムジカ、マジで大丈夫なん? メタ的に見れば戦える形で再起するんだろうけど、 スバルトアルヴの完全起動時に何か削っちゃいけないものまでいってた感じなんで、 数章眠ったままとかない?
言えない事情もあるとはいえせめて一族には信じて貰えないかもしれないとは言えある程度緊急事態だと伝えとけよと思わなくもなかったしムジカ無理矢理巻き込んだ以上自業自得の側面の方が強いからアルマには同情出来…
アルマが病んじゃう…
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