5-3 キミにはどうか、そのまま素直であってほしいよ
「気取った連中は〝蒼き血〟などと呼んでいるがね。そんな大したものではないんだよ、これは」
自分の胸に片手を添えて。突き放すように、アルマはそんなことを言った。
蒼き血――それはノーブルが自らに流れる血と誇りを指して使う言葉だ。平民にはない高い魔力適正を、かつての貴族の渾名であった〝ブルーブラッド〟になぞらえてそう呼んだ。
魔力適正は基本的に遺伝する。親が<カウント>級を動かせるほどの魔力適正を持つのなら、子もまた<カウント>級相当の適性を持つのが普通だ。だからこそ〝爵位持ち〟と呼ばれる古代魔術師たちの遺産は、親から子へと、貴族の家督と共に継承されてきた。
アルマが嗤ったのはそれだ。
「人類が地上を捨てこの空にやってきて、数百年。既に十代以上の世代交代が行われてきた――となれば、その〝蒼き血〟に異物が混じり込むのも不自然ではない。特に致命的なのは管理者の血統だ。彼らは彼ら以外に同等の力を持つ者がいない……となると、どうなると思う?」
「血は薄れるって言ったな。なら……弱まっていくのか?」
「禁忌を侵すのでなければ。どれだけ緩やかであろうと、確実にね」
腕の中からこちらを見上げ、陰りのある微笑みでささやく。
そして視線を近づいてくる都市のほうへと向けると、
「例えばなんだがね、助手よ。この島のことを調べてたら見つけたんだが……この島の中央区、貴族街にはノブリスの〝展示場〟なる施設があるみたいなんだ。そこには代々この浮島を守ってきた、高位貴族のノブリスが飾られているそうだよ――権力を誇示するために、そんなことをしているようだがね」
「権力を誇示って……ノブリスを見せびらかすことでか? 普段はわざわざ飾っておいて、用事があったらそこから持ち出すのってかなり不便じゃ――」
「用事などないよ」
「……は?」
「飾られてるのは<マーカス>級や<カウント>級。いわゆる上位等級機だ。それも、使われた形跡などない――何十年単位で飾られっぱなしになっている」
すぐには――何の反応もできなかった。
というより、ムジカの常識では理解のできない内容だ。<マーカス>級や<カウント>級は、ノブリスの中でも最上位と呼んでいいほどの上位等級。この空を守る上での要となる重要な戦力だ。
それを見世物にしたまま使っていない……?
意味がわからず見つめた先で、アルマはムジカを肯定した。
「助手、キミの言う通りだよ。わざわざ使う予定があるなら、そんな風に飾っておくのは不便だ。展示場はあくまで展示場だ――整備用の環境ではない。彼らはね、飾ったノブリスを使う気なんてさらさらなかったんだ。浮島の最高戦力とも呼べるそれらを、彼らは完全に死蔵させていた」
「まさか……使えるやつが、いなくなったから?」
「その通り。受け継いできた者たちはいるが、その血は使命を果たせないほどに薄れ、弱体化していた……浮島を統治する貴族たちとしては、隠すしかない事態だね。管理者はこの島の統治に随分と気を揉んだのではないかな。普通、高位等級機をお飾り扱いなんてあり得ない。普通なら廃嫡やお家取り潰しが妥当なんだが……」
何かが起きて、ノブリスを展示場送りにすることでノーブルの威信の保持に成功した。
当主のノブリスはノーブルの権威を誇示することのためだけに使用され、当のノーブルの能力が疑われることはない。ノーブルがノブリスを使って力を示す必要もない――それを良しとする体制が生まれてしまった。それがこの島の〝傭兵〟なのだろう。
ふと思い出したのはこの島の出身者であり、でありながら健全な価値観を持っていたノーブル、ガディ・ファルケンだ。この空を守るべきは〝傭兵〟ではなく貴族であるべきだと、彼は信念を持ってムジカに言った。
その彼は、スバルトアルヴのノーブルの弱体化を知っていたのだろうか?
(……あの性格で弱体化の事実を知ってたなら、あの時言ってそうなもんだが……)
そんな記憶はない。これまで話してきた中で、彼の口からはノーブルが〝堕落〟したことを聞かされたことがあるが、彼がしたのは信念についての話だけだ。
ついでに思い出したのが、ムジカが知る中でもう一人のスバルトアルヴのノーブル、ダンデス・フォルクローレだ。自らがノーブルであることを誇り、増長していた。その自らの血が薄れているという事実を知っていたら、あそこまで傲慢になれるだろうか?
(となると、次代の後継者には教えてないって考えたほうが自然か?)
スバルトアルヴのノーブルは、弱体化の事実を隠す道を選んだ。
そして、そのままであることもよしとはしなかった――それが〝貴族〟としての責務ゆえかは知らないが。力を取り戻す方法を模索した。
「つまるところ、スバルトアルヴがアールヴヘイムのノーブルやレティシアを誘拐しようとしてた理由がそれなんだ。この島のノーブルは〝ノーブル〟として終わり始めていた……まずいだろう? この空の守護者としての力と正統性を失いつつあったわけだから」
「だから他の島のノーブルの血を入れて、力を取り戻そうとした? ……でもそれ、不自然じゃないか?」
「何がだね」
「なんでこの島だけそんな事態になってるんだ? 俺は他の浮島も見てきたが、受け継いできたノブリスが使えなくなるほど弱体化した浮島なんか見たこともないぞ?」
個人レベルでならそういうことが起こることはままあり、その場合には別の後継が用意される。だがスバルトアルヴはそのレベルではない。
血が薄れるというのなら――そしてスバルトアルヴのノーブルが何十年も前から機能不全に陥っていたというのなら、他の浮島でも同じことが起こっていないとおかしいはずだ。
もしかしたら、各島はその事実を隠ぺいしていたのかもしれないが……だとしても、一度もその事例に遭遇したことがないのは不自然だろう。
だがアルマはその質問も想定していたらしい。よどみなく返答してきた。
「それはその通りなんだがね。問題は、この島を守っていたのがノーブルではなく〝傭兵〟だったことにあるんだ。彼ら御自慢の〝蒼き血〟が衰えた、もう一つの理由だよ」
「……どういうことだ?」
「なに。極めて単純な話でね……使わなかったらサビるんだよ、アレ」
「……は?」
呆然とするムジカの前で、「まあそもそもその話をすると、魔力とは何かってところから話をしなければならんのだがね……」などと。
ため息をついた挙句、アルマは「まあそれは今はどうでもいい」とうっちゃって話を戻した。
「つまるところ、魔力適正だのなんだのは、使わなければ衰えるのさ。それがそのまま子供に受け継がれていく。大方この腐った島のことだ。〝傭兵〟のほうの子孫など、いないかノーブル扱いしてこなかったのではないかね? で、ぬくぬく後ろで肥え太っていく豚の血だけが――」
「いや待て。マジで待て。聞いたこともないようなことをさらりと言った挙句、放りっぱなしにしないでくれ」
流石に静止して、説明を求める。
「〝蒼き血〟が、使わなかったらサビるってなんだ?」
「なんだも何も、そのまんまの意味だよ……まあサビるって表現が正しいかは置いておくとしても。退化だよ退化。使われない力は衰えていくのが当たり前ではないかね?」
「……そんなこと、聞いたこともないんだが?」
「それはそうだろうね。これは〝調律者〟として本来受け継ぐべき知識の中にあることだから。他の者が知るはずもない。この空は何のためにあるのか、その知識の一端だよ」
「この空は何のためにあるのか……?」
また得体の知れないことをさらりと言う。
だが声の調子で気づいて、ムジカはアルマに半眼を向けた。
「なあ。あんたもしかして、こっちに謎放り込みまくって遊んでないか?」
「なんだ、今気づいたのか。キミはからかいがいがあっていいね……キミにはどうか、そのまま素直であってほしいよ」
「……あんたなあ……」
くすくすと――今日聞いた限りでは、その声にだけは快の感情が見えた。
からかわれるのは面白くないが、まあ目くじらを立てるほどでもない。ため息をつくと、アルマもそこで笑うのをやめた。
「まあつまり、これがアールヴヘイムとスバルトアルヴの仲が悪かった理由であり、ひいてはスバルトアルヴが滅んだ理由だね。単純にノーブルが弱体化していた。貴族としての責務を放り出してたから、余計にね。だから迫った危機に対応できなかった」
「……そこはまあ、わかったが……」
スバルトアルヴのノーブルが弱体化した理由。その説明のためにアールヴヘイムの話をまず持ってきたらしい。それが正しいのかはムジカの知識ではわからないが、納得するしかない。
となると、次の問題は、だ。
「こいつらが、航路を外れて古代王国を目指した理由は?」
「…………」
「おい?」
この質問には、アルマはすぐには答えてこなかった――
そして、回答できるぎりぎりの言葉を選んだのだろう。先ほどまでとは打って変わって、彼女の声音は硬かった。
「宝探し、とだけ言っておく」
「宝探しだあ?」
流石に突拍子がなさ過ぎて、素っ頓狂な声を上げるが。
先ほどの話も考えれば、かろうじて思いつくものはあった。
「……古代王国に、ノブリスに変わる強力な魔道具でも探しに?」
元々ノブリスは古代魔術師たちが遺した遺産だ。浮島も――そして、メタルも。この空を構成する何もかもがそうだ。
であれば、〝蒼き血〟が薄れてもメタルと戦える力を求めて〝宝探し〟というのは、そこまで不自然な話ではないと思えるが。
アルマはそれには答えなかった。何の反応も見せなかった。
代わりのように、こう呟いた。
「……ここらが謎解きの潮時だな」
――二人はこれから、都市部に入る。
5-3章更新です。
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