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5-2 血というのはね……薄れるんだ

 遥か頭上を轟音が行く。ノブリスを模倣したメタルが、背部のブーストスタビライザーらしきものから炎を出して飛んでいく音だ。

 風を切る音が前方から迫り――そしてこちらに気づかず頭上を通り過ぎていく。いつこちらに向かってくるかと肝を冷やさせるが、メタルは下方の様子など一切気にしていない様子だった。

 数体のメタルが一目散に飛んでいくが、メタルが向かう先は戦場だ。エアフロントの側からじわじわと、戦闘が浮島の中央へと近づいていく。それはまるでこちらを追いかけているようでもあるが、進行方向が同じなのだからそれは当然のことだった。

 迫る戦場の気配を背中で感じながら――

 ムジカはぽつりと、呻くようにぼやいた。


「なんか、すっげえ綱渡りしてる気がする」


 そう思うのも、仕方のない状況ではあった。

 周囲を見回しても何もなく、見えるのは農業区特有の開けた大地と畑の景色。遮蔽物など何もない農道を、ムジカは<ダンゼル>を機動させていた。

 浮島はその構造上、中央へ向かうほど都会化していく。逆に郊外は食料プラントや工場類、農業区に自然エリアと比較的開けたエリアが多い。スバルトアルヴでは更にその先に貧民街めいたエリアがあったが、そこを出てしまえば街までムジカは野ざらしというわけだ。

 普通なら、上空を行くメタルがこちらを捕捉するなどわけもない――のだが、不思議とメタルはこちらを見つけた様子もなく、遥か頭上を飛び超えていく。初めて見る装備ということもあり怪しんでいたが、ジャミングクロークはしっかりと有効なようだった。

 そんなわけで現状、いつメタルに気づかれるかとひやひやしながらムジカは島中央へと移動中。それも、比較的ゆっくりと静かに、慎重にだ。それは音で敵にバレたくないからというのもあるが……抱えているものがあったからである。

 その抱えているもの――お姫様抱っこされた<サーヴァント>が、同意するように言ってくる。


「気というか、実際綱渡りだと思うよこれは。しかも、その頼みの〝綱〟もジャミングクローク一枚だ。普通に考えたら正気じゃないよ、これは」


 つまりはアルマだ。戦闘機動の取れない<サーヴァント>では遅すぎるのでムジカが抱きかかえている形だが、アルマは窮屈そうだ。だがこれが一番安定する姿勢なので仕方がない。

 そのアルマへと、ムジカは微妙な表情でつぶやいた。


「一応、これが普通じゃないって認識はあったんだな。あんたが考えた作戦だけど」

「……助手よ。その言い方には棘があるぞ」

「刺さってくれるとこれから楽になりそうで助かるんだがね」


 唇を尖らせるアルマにそう言い返して、ムジカは空を見上げた。

 戦闘が激化したからか、あるいは戦場が近づいてきているからか。やはりメタルがこちらに気づく様子はない。既に何十と頭上を通り過ぎて行ったはずだが……今のところは、安全な旅路だ。

 だからだろうか。気を抜いたわけではないだろうが、アルマがこんなことを言いだしたのは。


「ふむ……今なら、時間に余裕はありそうか。どうせなら、そろそろ謎解きの時間といこうか?」

「謎解き?」


 彼女が妙なことを言いだすのはいつものことだが、それにしたって今回のは奇異だ。

 いきなり何を言いだすのかとアルマを見やると、彼女はひけらかすように、


「このスバルトアルヴが何故滅んだのか、だよ。何故航路を外れたのかも見当がついた。事情が少々入り組んでいて、説明が難しいんだがね……って、何だね助手よ。きょとんとしたような反応して」

「いや……話す気あったんだなって」


 てっきり、なんのかんのとのらくら言い逃れするものだとばかり思っていた。だからというのも変な話だが、どうせ聞いても答えないだろうとムジカは割り切っていた。

 だが、一応話す気はあったらしい。素直に感心していると、帰ってきたのは胡乱げな瞳だった。


「助手よ。キミはいったい、私のことを何だと――いやいい。やっぱり何も言わんでいい」

「賢明なようで何より」

「……むう」


 どうせ悪口しか出てこないと察したらしい。苦笑を投げ返すとアルマは少し悔しそうな顔をしたが、言い返しては来なかった。

 そうして、アルマが最初に言ってきたのは――

 なんと言うべきか、予想の外にあったことだった。


「まずは……そうだな。わかりやすいところから行こう。このスバルトアルヴは、アールヴヘイムと戦争じみたことを始めるまでに険悪だった。何故だと思う?」

「あん? 最初がそれなのか?」


 一番最初がアールヴヘイムの話とは思わず、つい面食らう。

 そもそもアールヴヘイムは、このスバルトアルヴが航路を外れた騒動自体には関わっていないという認識だ。メタルに占拠されたのも、まさかアールヴヘイムのせいではあるまい。だからこそ、一番初めにアールヴヘイムの話が出てきて驚いたのだが。


「スバルトアルヴが滅んだ理由が、アールヴヘイムにあるってことか?」

「ああ、違う違う……違うんだが、滅んだ理由を説明するにあたって、アールヴヘイムの話をするのが一番都合がよくてね」

「……?」


 さっぱり意味がわからない。訝しむように見やった先で、アルマが諭すように言う。


「そもそも助手よ。何故アールヴヘイムは、スバルトアルヴと仲が悪いんだったかな?」

「それは……ドヴェルグ傭兵団とかがやらかしたりしてきたからだろ? 人殺しがどうとか、誘拐がどうとか。散々迷惑かけられて、だからブチギレたって認識だけど」

「そう、それだ。実際にそれが本当かは、私たちには確かめようのないことだが……助手は妙な話だと思わないかね?」


 ――なんでスバルトアルヴは、アールヴヘイムの人間を誘拐なんてしたのだろうか?

 農道に沿って機動する音の中に、アルマが問いかけをこぼす。

 戦場も騒音も不思議と遠く、今は彼女の声だけが聞こえる。


「殺すだけならわかるのさ。それはつまり、怨恨だからね。あるいは何か、モノを奪うためにでも。だが人をさらうのは何のためにだ?」

「何のために?」

「平民なんかさらったって仕方がないね。彼らは何も持っていない。さらう価値がある者となると、挙がるのはノーブルくらいのものだ。だがもちろん、彼らをさらえば大事になるのは避けられない……現に今、この二つの島は戦争間近の状態にあったわけだしね。そんなことさえわからないほど、彼らは愚かだったと思うかね?」

「……でも、実際にこいつらはそれをやったんだろ?」

「そうだよ。彼らにとっては、やる必要があったことだろうから」


 アルマは断言した。

 そしてムジカがそれに何も言えないでいるうちに、こう訊いてきた。


「ところで助手よ。誘拐というと、一つ思い出すことがないかね?」

「……生徒会長とリムの件か?」

「そうだ。あれこそ、妙な話だったはずなんだよ」


 誘拐という単語が出た時から考えていたことだ。先日の空賊騒ぎの件。ドヴェルグ傭兵団――フリッサ・リドヴェルグが、レティシアとリムをさらい人質にした。

 その時のフリッサの口ぶりでは、ムジカ殺害後も二人は解放せず、スバルトアルヴで〝歓待〟する予定だったそうだが――


「あのレティシアを〝留学〟させるんだったか? そんなカバーストーリー、誰が聞いたって嘘だってわかるだろう。それこそ戦争モノだよ。セイリオスは学園都市なんだ、周囲の浮島が黙っちゃいない――というのに、彼らはそれをやった。相手がバカじゃないと信じるのなら、彼らはリスクよりリターンを取ったわけだ……では、そのリターンとは? 彼らは、レティシアを何のためにさらったんだ?」

「何のためにって……」


 何をしようとしていたのかはわかる。フリッサが暗に仄めかした。管理者の血統、つまりは強力なノーブルを確保するためだ。

 この空で最大の魔力適正を持つ一族。それはすなわちこの空で最強の力と言い換えてもいい。それを手に入れる。簡単な理屈だった。

 それを言いよどんだのは、その手に入れる手法そのものが()()()()であり、相手が――アルマとはいえ――女だったからだが。

 アルマは、その辺の事情など一切気にしなかった。


「変な話だと思わないかね? 管理者は自前でいるだろう? 強いノーブルが必要なら、自分の胤をばらまけば済むじゃないか」

「ちょ、ま――」

「わざわざ外から連れてくる必要がどこにある? 浮島の管理者だぞ? ましてやこのアホみたいな浮島のだ。やろうと思えば――」

「まて。ちょい待て、待ってくれ」


 無理やり話を遮って、ムジカはため息をついた。アルマはきょとんとしているが、この少女からまさかそんな類の話を聞かされるとは思わなかった。

 一度だけ深呼吸して間を開けると、ムジカは話を修正した。


「つまり、なんだ? あいつらは管理者の血統を欲しがってたみたいだったけど、そんなことはなかったってことか?」

「ならよかったんだがね……問題は、彼らが本当に管理者の血筋を欲しがってた場合だよ」

「……本当に?」


 繰り返して、不意に寒気で体が震えた。

 感じたのは、明確に嫌な肌触りだ。気づいてはならないことに気づいてしまったかのような、致命的な感触。

 見つめた視線の先で、アルマがニヤリと――何かを蔑むかのように、仄暗く笑った。


「知ってるかね、助手よ。血というのはね……薄れるんだ。薄れるんだよ」

5-2章更新です。


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25/5/31
6月17日発売予定の書籍版ノブリス・レプリカ、書影が公開されました。
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