5-1 エスコートを、よろしく頼むよ?
――サリア内燃魔導機関、イグニション。M・G・B・S始動。各種システム並びに駆動系チェック実行。バイタルガード、感応装甲ウェイクアップ。ライフサポートシステム、レディ――
お定まりのノブリスの起動シークエンス。聞き慣れたフレーズがバイザー上で瞬いては消えていくのを、ムジカは静かに見つめていた。
早朝の、ドヴェルグ傭兵団のガレージ。昨夜アルマが準備していたガントレットと魔道機関を<ダンゼル>に組みつけ終え、起動テスト中のことである。
と。
「――助手よ。調子はどうかね?」
まだ起動シークエンスの途中のため、バイザーには外界の情報が表示されていない。そのため周囲の情報は何も見えないのだが、誰の声かは考えずともわかる。
すぐ傍から聞こえてきたアルマの声に、ムジカは素直に返答した。
「各モジュールのコンディション自体は良好だ。ガントレットと魔道機関が正規品じゃないだけで、機体の調子は悪くない……けど、機動系モジュールが警告飛ばしてきてやがる。やっぱり出力足りてねえぞ、これ」
「そこは仕方ないよ。機体がそもそも高速戦闘機動に偏重したコンセプトなのだから。<バロン>級の魔道機関でようやく快適に動かせるような設計のものを、<ナイト>で動かしてるんだ。ガントレットの性能を落として節約してるから多少はマシになっているけど、警告出るのは仕方ないよ」
「どんだけ魔力ドカ食いしてんだよ、このフライトグリーヴ……」
半ば愚痴、半ば呆れのため息をつく。
その頃になって、ようやく起動シークエンスが完了した。一度暗転したバイザーに、光学センサが捉えた外界の景色が投影される――
声の主はすぐ傍にいた。見慣れた馴染みのちんまいマッドだ。ただし、服装は昨日と同じドレスのまま。それも見慣れないと思うが……
なんと言うべきか。それ以上に見慣れないのは、彼女の表情だった。
「最高速度と加速性能以外は求めていない設計だったからね。魔力の節約なんて考える意味も分からんし、そのための<バロン>級魔道機関だ。というかそもそも、仕様外のことをしようとしてること自体がおかしいとは思わんか――……うん? 助手よ。どうかしたかね? どうもぼんやりしているようだが」
「……いや、なんでも。ちと眠かっただけだ」
「徹夜は大丈夫なんじゃなかったのかね? 悪いが、キミだけが頼りなんだ。しゃっきりしてくれないと困るぞ?」
「わーってるよ」
つい唇を尖らせて言い返す。
だがムジカは内心で、ひっそりとため息をついた。
(口調や声音は、目ぇ閉じてりゃいつも通りに聞こえるけど……)
仮眠レベルとはいえ一度は眠ったはずなのに、アルマの目の下には隈があった。更にその顔は精気に欠け、表情は硬く強張っている。目元にわずかではあるが、涙の痕跡があった。
一見してそうとわかるほどに、憔悴している。それもだが何より気になるのは、アルマ自身が自分の状態に気づいていなさそうだということだった。
泣いていたのかと、うっかり昨夜聞いてしまったことを思い出して微妙な表情を作る。もし傍にリム辺りがいたら、デリカシーがあーだこーだと怒られただろう。アレが聞くべきではない質問だったのは間違いない。
それを分かった上で、ムジカはもう一度愚行を繰り返した。
「なあ……あんた、なんか無理してないか?」
アルマの顔を見ていると、ムジカが感じるのは不安だった。何か、悪い意味で吹っ切れてしまったような、そんな気がする。
うなじの辺りをざらざらと何かがこすれるような。これまでのものと比べれば大人しいが、それでも明確な嫌な予感。彼女を見ていると、その感覚にさいなまれる。
そして問いかけに対するアルマの返答はというと、ふっと自嘲するように鼻で笑って、
「そうだね、少しくらいは無理をしてるさ。必要とはいえ、つまらない理由でこんなところまで来てるんだから。とっとと帰って、ノブリスの研究でもしたいもんだよ」
「…………」
そのこえはやはりいつも通りの声音のように聞こえるが……どうしてか、ムジカにはそれが不思議と投げやりに言っているように思えた。
そんな彼女をバイザー越しに見ているせいで、こちらの不安は伝わらない。
そんなことより、とアルマはあっさり話を流してこちらから目を離した。
ガレージのクラウドプリンタの傍に置かれている〝それ〟を指さして言う。
「少し、時間が余ったのでね。キミのノブリス用の装備を一つ作っておいた。逃げるのには有効だろう。装備してくれ」
「……なんだこれ?」
というのが、ムジカの率直な感想だった。
見た目で言えば、それはただの布だった。カーテンめいて見えるのは、その布が明らかに大きかったからだ。ノブリスをぐるりと包み込めそうな、そんなサイズの灰色の布。
ただし本当に布というわけでもなさそうだ、と思ったのは、その布の光沢が布にはない奇妙な光沢を放っていたからだ。
「ジャミングクローク。機能的には雲海――ジャミングクラウドに近似のものだ。纏っているだけでメタルの認識を阻害する……ただ、ノブリス用の外套に機能を定着させたせいで、流動性を失っていてね。ジャミングクラウドほどの攪乱性能はないが、まあそれでもというやつだよ」
「へえ? 案外、便利そうなもんだが。聞いたことのない装備だな」
「そりゃそうだよ、ノブリスはメタルと戦うための兵器なんだから。隠れて戦うのが〝貴族〟の戦い方だと思うかね?」
だからこれまで使われてこなかったらしい。言われてみれば、それはまあそうかということをアルマは言う。
そしてムジカは貴族ではないので、素直にその布を<ダンゼル>の上に外套のように纏った。
その間に、ぽつりとアルマが言ってくる。
「古い知識の中には、こういう技術が多いよ。使い方さえ間違えなければ、有効に活用できそうなものが山ほどね。時代や流儀に合わなくなって、使われなくなったものも多いんだが……まあ、今は誇りだなんだは関係ないからね」
「目的を達成できりゃ、何だっていいと思うんだがなあ……これ以外にもなんかあったのか? 便利そうな装備とかは」
「そりゃあまあね。だが短時間で作れて、かつ<ナイト>級が使える装備となるとそのクロークが関の山だ。<バロン>級の魔道機関でもあれば、禁忌のイレイスレイ式ガン・ロッドだのなんだのも作れたがね」
「……それはやめとけ、マジで捕まるぞ」
たしなめるが、アルマはどこ吹く風だ。つまらなそうに肩をすくめて、それっきり。
と――
どぉんと、はるか遠くから一際強く響く爆音。
戦闘は夜通し続いてたが、不意にその気配が激化した。
窓辺に寄れば昨夜の戦いから遥かに増えたきらめきの数。ノブリスとメタルの装甲と、魔弾の光だ。それらが昨日以上に激しく明滅する――
「始まったか?」
「らしいな。突撃機動を取ってるのもいる。早々にこの島を制圧する気みたいだな」
「……なら、私たちものんびりとはしてられんか」
囁くようにそう言うと、アルマは窓辺から離れて傍に置かれていた<サーヴァント>を起動した。
その姿を見ながら考える――ムジカは<ナイト>級ノブリスとはいえ武器なしの<ダンゼル>。アルマはただの<サーヴァント>。たったこの二人だけで、メタルのいるだろう島中央に乗り込まねばならない。
それは戦力を思えば自殺行為にも等しいのだが……アルマに引く様子はない。やるべきことをやらねばならないと、ただそれだけだ。どれだけ不合理に思えても、彼女はそれだけは譲らなかった。
そうして<サーヴァント>を纏ったアルマはムジカを見上げると――
こう言って、不敵に笑った。
「では、助手よ――エスコートを、よろしく頼むよ?」
それがムジカにはどうしてか、自暴自棄からくる微笑みに見えた。
5-1章開始です。この騒動の謎解きとラストまでの話になるかと思ってます。
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