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4章幕間

 既に夜も更け、月が天頂から降り始めた頃――


(違う。ここも。ここも違う――)


 アルマは未だに、一心不乱でマギコンを叩き続けていた。

 既に<ダンゼル>用のガントレットの設計は終え、クラフトプリンタに入力済み。旧式のクラフトプリンタは全力で稼働中だが、<ナイト>級魔道機関も完成済みとなれば、後はただ待つだけだ。もはやマギコンが必要な状況ではない――

 それでもアルマがマギコンの操作を続けるのは、〝知る〟ためだった。このスバルトアルヴに何が起き、何故滅んだのか。その理由。

 あるいは、これを探していたとも言える。〝敵〟を、と。


(どこかにいるはずなんだ。どこかに……)


 広域通信網をハッキングし、スバルトアルヴ島内でまだ生きているカメラに片っ端からアクセスしていく。

 どこぞとも知れぬ何かのショップの店外監視カメラ、どこぞのノーブルの邸宅の正門前。街に乗り捨てられたバスの光学センサ。路上に打ち捨てられた携帯端末――なんだっていい。接続可能なものには片っ端からアクセスし、見えた光景を一瞬で咀嚼し次の視界を探す。

 無意味な行為だとは思わなかった。既にこの島が滅び、人間など誰一人残っていなかったとしても。そんなことはもはや関係なく、アルマは知るべきだと思ったからこそ〝それ〟を探した。

 思い出していたのは、今日遭遇したメタルだった。出来損ないの人型をした、明らかにノブリスを〝模倣〟した敵。


(メタルがノブリスを学習することはあり得る……だがメタルが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。メタルは地上からやってくる――地上からやってくるんだ。メタルが生まれてから最初に〝人型〟を真似ることなど、本来あり得るはずがないんだ……)


 学習の末に、人型の一要素を取り入れる場合はある。だがメタルが地上にいないはずの人類を――そしてノブリスを最初に模倣するのは本来不自然なことなのだ。メタルが最初に模倣するのは〝獣〟か〝虫〟か……どちらにしたところで、人型などありえない。

 そもそも〝人を殺す〟というその一点において、人類の構造は〝獣〟や〝虫〟に対しての優位を持たない。瞬発力に欠け、非力で、自前の武器――爪や牙といった――を持たない人の形を、メタルが模倣するのは理屈が通らない。

 なのにあのメタルは〝獣〟や〝虫〟の要素を持たず、ただの人型を保った状態でノブリスだけを模倣していた。

 それが意味するところは一つしかなくて。


(……あのメタルは、メタルたちはこの空で生まれた)


 ざらにあることではある。メタルの本質は学習の果てに得たその姿にはない。破壊されてなお残る銀の砂――そちらこそがメタルの本体だ。破壊して無力化しても、あの砂を完全に消し飛ばさなければメタルは消えない。

 そしてそれだけの攻撃性能を、今の人類は持っていない。

 現代における人類の攻撃性能は、せいぜいメタルを〝初期化〟させるのが関の山だ。古代魔術師はそれほどまでに頑強に、メタルという魔道具を作り上げた。

 万能を望まれ古代魔術師の英知を結集して生み出されたそれは、完成の直前まで至高の魔道具と呼ぶにふさわしい性能を持っていた。決して滅ぼせず、何にでもなり得る万能の――


(してみると、古代魔術師の連中は〝神〟でも作ってたつもりだったのかね?)


 あながち間違いとも思わない。全能の、全ての願いを叶えうる存在となればふさわしいのはそれくらいしかない。

 おそらくは、〝それ〟を自らの手で生み出せると思った傲慢こそが彼らを滅ぼしたのだ。


(まあ、この空に神などいないのだろうがね)


 いるのなら、この世界はここまでクソッタレではないだろう――皮肉に囁く。独り言をつぶやく趣味などなかったが、舌の上で飴玉でも転がすような心地で、アルマはその皮肉の味を噛みしめた。

 そしてすぐに、逸れた思考を修正した。


(……殺したメタルの銀砂から、メタルが新しく生まれ直すことはままある。細胞が分裂して生物が成長するように。たった一粒の砂から〝再誕〟しうる。メタルには元々その機能がある――)


 だから、それ自体は別にいい。

 浮島の環境制御機能は島内への銀砂の残留を許さないよう設計されているが、例外が生じる可能性は常にゼロではない。浮島内に突如としてメタルが現れることは、確率が極めて低くともあり得る。だから、それも別にいい。

 問題なのは――アルマが気にしたのは、それにしたって敵の数が多いことだった。

 うっかりやちゃっかりでメタルが生まれ直すことはある。だがそれにしたって、今日見たメタルの数は異常で……だからこそ探していたのは〝それ〟であり、あるいは、〝それ〟を否定するための根拠だった。

 例えば、メタルの〝巣〟のような。

 そして。


「……うん?」


 切り替え続けたモニターの先に、不意に蠢いた何かを捉えて。

 アルマはマギコンを操作する手を止めた。無意識に操作したせいで、見たかった光景は通り過ぎている。カメラを一つ前のものへ切り替えて……訝しむように、アルマは目を細めた。

 モニターに映るのは……おそらくは島の中央だろう豪奢なエリアの一角だ。貴族街だろうそこの、中央に建てられた時計塔。その最上部の展望台に設置されたセンサが、その光景を捉えていた。

 この島の外に布陣する、アールヴヘイムのノーブルたち。彼らを迎撃すべく浮島の大地から飛び立つ、ノブリスを模倣した出来損ないのメタル。

 そのメタルが出てきた、ノブリスやフライトシップ用だろう大型の魔道具工場――


「……は?」


 意味のない奇跡だった。息が詰まり、肺が動きを止め、全身から血の気が引き――だというのに、そんな声が出せたというのは。

 全身が震え目の前が暗くなる。喉ではなく体でアルマは悲鳴を上げた。心臓が軋み、肺がひきつる。頭が怒りで沸騰し、だと言うのにアルマは震えていた。スバルトアルヴの人間が何をしたのか――想定しうる中であり得ないと信じていた〝最悪〟が、そこにはあった。

 その瞬間に、アルマは全てを理解した。


「バカ――野郎、が!! バカ野郎、どもがぁっ!!」


 マギコンのコンパネに拳を叩きつけて、半狂乱に叫ぶ。


「ふざけるな、ふざけるなぁ!! 裏切り者――〝調律者〟の、裏切り者!! お前のせいか!! 全部――お前のせいじゃないか!! やるなということやるだけやって、その結果がこれか!? ふざけるな――どうせ死ぬなら!! せめて役目を果たしてから……っ!!」


 覚悟はしていた。なんなら、その可能性すら想定していた。下の下、最悪の中の最悪として――あり得るはずなどないと、そんなことなど起こりうるはずがないと祈るように思いながら。

 だが現実はあっけなく、あまりにも簡単にアルマを裏切った。


 ――スバルトアルヴは、滅ぶべくして滅んだのだ。

 自らの手で自らを絞め殺した。これはその光景だった。


 それ以上は声にならず、アルマは何度もコンパネを叩く。そんなことをしても何の意味もないと、理性が理解させようとしてくる。だが心は泣き叫び、怒り狂い、現実から逃げ出したがった。何もかも――使命や役割など放り捨ててうずくまり、目を背けて逃げ出したいと――


「……っ」


 自分一人なら、そうしてもよかった。惨めに泣き叫び、落ち着いたら諦めて、後は知らんぷり。自業自得だと愚か者たちを嘲笑って、

 だがアルマは不意に思い出すと、ハッと背後を振り向いた。今の言葉は聞かれてはならない。誰にも。

 背後の遠く。ガレージの入り口にはアルマが巻き込んだ、一人の少年が――

 いない。


「……助手……?」


 いるはずの彼の姿が見えないことに気づいて、アルマは不安と共にそう呟いた。

 ぽつんと一人、ガレージに残されて。何の音もない世界に、か細い自分の息の音を聞く。夜の冷えた空気が、不意に露出した喉を撫でていった。その寒さが生んだのは……心細さだ。

 と、気づいてアルマは自身の携帯端末を見やった。作業に没頭していて気づいていなかったが、メールの受信を示す明かりが明滅している。

 少し前に送られたもののようだ。展開すると、いつもの彼の素っ気ない口調で、こう書かれていた。


『食えそうなもん探してくる。すぐ戻るから勝手にどっか行くなよ』

「……そういう自分は、勝手にどこかに行くのだから……」


 苦笑と共にそう呟いてから、アルマは傍の椅子に倒れるように座り込む。

 そうして椅子の背もたれに体を預けると、全身を脱力させた。

 気持ちは未だに泣きたがったが、落ち着いたせいで理性が勝った。おかげで泣かなくて済んだが、なんだか損をしたような気分だった。

 椅子の上に三角座りをすると、体を抱きかかえるように縮こまって、考える。


(状況は、最悪だ……本当に、最悪だった。まだ間に合う。まだ、間に合うが……せめてその一歩前であったなら……)


 スバルトアルヴが航路を外れ、かつての古代王国を目指していた。これはまぎれもない事実だ。

 人為的な操作で、スバルトアルヴは航路を外れた。何のために? それ自体は別にどうだっていい。もうそんなものには何の価値もない。それを行おうとした人間は全滅したのだから。この空の危機も何もない。もう知る価値も方法もない。

 ここに来る前は、まだ時間に余裕があると思っていた。

 ここに来て――メタルに殺されかけた時には、予想以上に時間がないと《《間違えた》》。

 そして浮き島に上陸して……自分は間違っているのではないかと、恐怖に怯えた

 その答えが、まさに今見た光景だ。アルマが想像した、最悪の中の最悪。

 《《人類に高潔さなど期待してはならない》》。その浅ましさを思い知らされて――

 だからアルマは、独りで覚悟を決めなければならなかった。


「……せめて」


 ぽつりと呟きが漏れたが、それは独り言というよりも、自分に言い聞かせるための言葉だった。


「せめて……助手だけは、無事に帰してやらんと、な」


 必要だったとはいえ、勝手に巻き込んだ。彼のおかげで最悪であろうと、まだどうにかなる余地がある。

 問題があるとすれば、約束が守れないということくらいか。

 それを悟られてはならない。おそらくだが、助手はこちらの決断を支持しないだろう。だからこそ、全てを独りでやりきらねばならない。

 体を抱きかかえてうなだれたまま、アルマは自嘲した。


(……なに、いつもどおりというだけのことさ。簡単だろう?)


 いつだって自分は独りぼっちだ。人は自分とは違うということはレティシアから学んだ。どうせ、誰も自分を理解できない。だから、自分は一人ぼっち。所詮いつものことだ。何も変わらない――……

 と、気づくとアルマは顔を上げ、背後を振り向いた。

 聞こえてきたのは足音だ。メタルほどには重くない、人一人分ほどの足音。見やれば、そちらからやってきていたのは一人の少年で――


「今帰った――作業はもう終わったのか?」

「ふ、ふふっ……ああ、まあね」


 状況を思えばあまりにものんきないつもの声に、つい笑ってしまった。それを彼が不思議に思う様子はない――


(つまり、私はそういうやつだと思われてるわけだ)


 彼と同様、あるいはそれ以上に、窮地を窮地とも思っていないような。こんな状況でも笑うようなやつだと。

 ならばそのように振る舞おう。誤魔化し方なら心得ている。嘘をつくなど慣れたものだ。

 だから、少年の言葉に返答しようとして――その彼に、先を越された。

 きょとんとまばたきした彼は、その表情と同じくらいにきょとんとした声で訊いてきた。


「……? ()()()()()()()?」

「――――」


 アルマはつい、息を止めた。

 泣いてなどいなかった。涙など流さなかったのだから。なのに――何故、彼はそんなことを言ってくるのか。

 動揺が声を震わせたが、咄嗟に出てきた言い訳はそこそこ形になっていた。


「あ、ああ、うん……少し、眠くてね。ついさっき、欠伸をしたところだったんだよ」

「…………」


 そこで初めて、少年は訝しむように眉根を寄せたが。

 こちらの顔を覗き込んでも、何もわからなかったのだろう。訝しむ目はそのままに、彼は言ってくる。


「どうせ明日も忙しいんだろ? 眠いんなら寝とけよ、マズくなったら起こすから」

「……助手は寝ないのかね?」

「流石にこの状況で二人同時に寝るわけにもいかんだろ。傭兵業やってりゃ徹夜なんてザラにある。やることやった後でいいよ」

「……それでいいのかね?」


 そう訊くと彼は、〝仕方ないさ〟とでも言うように肩をすくめてみせた。すぐ傍にメタルがいるというこの状況でも、彼は気負いなく、どこまでもいつも通りだ。

 経験がそうさせるのか、あるいは彼の性根が元々そうなのか。わからない。わからないが――

 アルマは小さくため息をつくと、椅子から立ち上がって呟いた。


「……わかった。なら、少し休ませもらうよ。後は任せる」

「ああ……あ、そうだ。食えそうなもん――つっても、ろくなもんはもう残ってなかったけど。パンとか果物とか、食えそうなのは<サーヴァント>んとこに置いてある。腹減ってたらなんか適当につまんでくれ」

「……至れり尽くせりってやつかね。ありがとう。起きたら食べるよ」


 それだけ告げると、アルマはガレージの隅に移動した。

 ベッドもなければ布団もない。固い床では横になるのも辛いだろうから、床に座り込んで壁に背を預け、そのまま目を閉じる。

 真っ暗に閉ざされた世界の中で。脳裏に閃いたのは、先ほどの少年の問いかけだった。

 ――泣いていたのか?


(本当に泣いてしまえていたら……きっと、楽になれたのだろうね)


 泣き叫んでおけばよかった。こんなことになるのなら。明日、自分がやるべきことを思うなら。惨めに泣いて喚いて、この世の理不尽を呪えばよかった。

 もし、そうできていたのなら――……

 ――この少年が、助けてくれる、と?


(……バカなことを考えているな。どうやら、私は本当に疲れているらしい)


 世迷い言だ。年下に甘える趣味などない。まして……自分の果たすべき責務を放り捨てて、などと。

 それ以上誘惑されないように、アルマは固く目を閉じる。

 暗闇の中を落ちていくような感覚を最後に、アルマは意識を手放した。

4章幕間更新です。


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