4-4 優しい子ではあるんですよ?
一度息をついてから、改めてレティシアを見やって訊いた。
「話を戻すが、結局状況は? 今そっちはどういう状況なんだ?」
『こちらはまだ戦闘が継続中です。ただメタルの個体数も減ってきてはいるので、大多数のノーブルは船に戻って休養に入りました。そうして明日の朝、本格的にスバルトアルヴへの上陸を開始する予定です』
「明日か、わかった。リムとラウルはどうしてる?」
『お二人も休憩なさってますよ。リムさんはこの船――バルムンクの支援システムを起動してノーブルを援護していましたし、ラウルおじ様も戦場に出られましたので』
「バルムンクの? タクトモードか?」
確認するとレティシアが首肯するが、ムジカは思わず微妙な表情を浮かべた。
バルムンクは浮島グレンデルの当主が代々受け継いできた、ノーブルの戦闘指揮・統率用のフライトシップだ。普段はただの船でしかないが、管理者の血族が使用する際にのみタクトモードと呼ばれる機能が解放される。
その能力は疑似的な未来予測――バルムンクに搭載された全てのセンサによる観測データと、使用者である管理者の血族の脳と魔力を利用した未来演算だ。フライトシップの能力だけでは演算子が足りず、また使用者にも過大な負荷がかかる。どういう理屈かは知らないが、管理者の血族でなければ送られてくるデータ量を処理しきれず、またその管理者の血族であっても長時間の使用は使用者を極度に疲労させる。
それを使ったということは……
(さっさと仕事を終わらせたかったか、俺をさっさと回収したかったか、かね? まったくもって無茶をする……)
レティシアは休憩中と言ったが、実際には自室でへばっているのだろう。数十分程度ならともかく、長時間となるとリムも限界が来る。無理させてしまっているなと嘆息した。
なおラウルのことは一切気にしなかった。彼は大人だ。自分の頭で考えて行動できる人間のことは心配しても意味がない。
と、レティシアがふと思い出したように訊いてくる。
『そういえば、先ほどアルマちゃんがノブリスの整備をしているとおっしゃってましたね?』
「ん? ああ。言ったけど」
『……救助を待つ予定だったはずでは?』
疑わしげな目で言われて、こちらもはたと思い出した。そういえば、そんなことを伝えたような気もする。
こちらの反応で忘れられていたことに気づいたのだろう。少し非難するような目をしたレティシアに、ムジカは肩をすくめてみせた。
「アルマにその気はなさそうだよ。何が何でも、自分で島中央に行きたいらしい」
『アルマちゃんが、ですか?』
「ああ。理由についちゃまだ聞けてないが……というかそもそも、あいつが何考えてるのかさっぱりわからん」
冷静に考えてみれば根本的に、何故彼女がこの件に出張ってきているのか自体が謎なのだ。
問題を――今の状況をまとめればこうなる。
一、スバルトアルヴが何らかの理由により〝航路〟を外れた。これはこの空への反逆に値しかねない行為である。
二、スバルトアルヴの航路修正のため、レティシアたちはここにいる。
三、スバルトアルヴは現在、メタルによって滅ぼされたような状況にある。
四、スバルトアルヴとアールヴヘイムが抗争中。理由は昔からの因縁?
(まあアールヴヘイムがどうこうは、今回の騒動とはあんまり関係ないんだろうが……)
どちらにしても、そのどれもにアルマが関わるべき理由が見つけられない。レティシアたちやアールヴヘイムの連中はまだしも、アルマの存在だけが奇妙に浮いていた。
そして相手の反応を見る限り、レティシアもアルマが何故ここに来たのかを知らないようだが――
と、ふと思い出す。
「そういやあいつ、アールヴヘイムの連中に調律者の代理で来たっつってたっけか。そっちは何か事情知らないのか?」
『……調律者の、ですか……』
「……?」
繰り返すように呟かれたレティシアの声に、ムジカは眉根を寄せた。
というのも、レティシアも似たような表情をしていたからだ。
その顔で彼女が言ってきたのがこれだった。
『調律者の代理と言いますけれど、それ、たぶんアルマちゃんの方便だと思います』
「あん? 方便?」
『はい。セイリオスの調律者、フォルカ・アルマー・エルマは本件に対し不干渉を宣言しましたから。本件は、調律者の管轄ではないと』
「……どういうこった?」
意味がわからない。アルマが調律者の代理と言った理由もだが、調律者の管轄ではないというのもだ。
フォルカという名前に聞き覚えはなかったが、なんとなく連想する人物はいる。先日家出したアルマを追いかけてきた男――錬金科の講師だ。アルマに逃げられ、憤慨していた男。アルマは彼のことを従兄と呼んでいたが。
こちらの怪訝を受け止めて、レティシアが口を開いた。
『まず管轄の話をしますと、我々管理者と調律者では、受け継がれてきた知識の範囲が異なります。これは我々の〝役目〟に関わってくるからなのですが……』
「知識の範囲?」
『ええ。我々人類が地上を離れたその時から、受け継がれてきた知識です。管理者はこの空を――そして浮島を管理・制御するために必要な知識を。そして調律者は浮島と<デューク>級ノブリス、そして断片だとしても、地上に置き去りにせざるを得なかった失われた技術の知識を。それぞれで受け継いできた知識が違うから、〝浮島のトラブル〟と一言で言っても管轄が異なるんです』
被っているところもありますけれど、と前置きをして、説明が続く。
『その上で、本件はスバルトアルヴが航路を外れた――つまりは人為的な操作による異常行動なのだから、これの管轄は調律者ではなく管理者であると。それがフォルカ・アルマー・エルマの結論です』
「……アルマは違う?」
『いいえ。この結論自体は、アルマちゃんも同じです。アルマちゃんも、スバルトアルヴが航路を離脱し、人類社会へ反逆したことを断言しました』
「なら、結局調律者は管轄違いのままってことだろ?」
『……そのはず、なんですが……』
と、そこでレティシアの歯切れが悪くなった。
眉根を寄せて、困ったような顔をして、
『そのすぐ後なんですよ。アルマちゃんがご実家に連れ戻されたのは』
「確か、ワガママ言って家出してたとかなんとかだったか? 連れ戻されたって何かあったのか?」
『それがわからなくて。今回の件、できるならアルマちゃんも一緒に来てもらうつもりでしたが、連れ戻された後のアルマちゃんには会えずじまいで。タイミングを思うと何かあったようにも思えるんですが、元々彼女はご実家との折り合いが悪かったですから……』
「たまたまタイミングが重なって、家出娘が連れ戻されただけの可能性もあるって?」
自分で言い出しておいてだが、あまり納得してはいないのだろう。レティシアは釈然としない様子だ――が、まあそれはいい。
「つまり、実家に監禁されている間に、アルマの意見が変わった?」
『おそらくは。意見というよりは、もしかしたら状況が変わったのかもしれませんけれど……』
「どちらにしても、そうなると当初の疑問に戻るわけだ」
アルマが何を考えてここにいるのか――そもそも何をしにここに来たのか。結局そこがわからないままだ。
一度ため息をつくと、ムジカはレティシアから視線を外して、ガレージの奥を見やった。そこではアルマが一心不乱にマギコンを操作している。視線がわずかに逸れることもない。そこから見て取れるのは、普段とは別種の鬼気迫った――あるいは焦燥感を滲ませた必死さだが。
と。
『――アルマちゃんは、とっても頭がいいんです』
「……あ?」
出し抜けにそんなことを言われて、きょとんとムジカは視線を戻した。
いきなり何の話かとも思ったが、レティシアの表情は予想をはるかに超えて真剣だ。それで話が地続きのものだと悟った。
『管理者や調律者の子供が、親から口伝で習うこと。管理者や調律者としての権限を手に入れて、実際に触れてみてわかること。浮島、ノブリス、魔道具のこと。他にも全部――アルマちゃんは幼い頃から知っていました。誰かから教わらなければ知るはずのないことを、誰かから教わったわけでもないのに』
「? よくわからんが、自分で勉強してたってことか?」
『いいえ。アルマちゃんが言うには――セイリオスが、教えてくれたと』
「……待て。話がいきなりわからなくなった」
流石に聞き咎めて、ムジカは顔をしかめた。
「今言った〝セイリオス〟って、浮島のことでいいんだよな? 浮島がアルマに何かを教えたってことか? 浮島にそんな機能ついてるなんて、聞いたこともねえけど」
『……はい。少なくとも、私は浮島に――セイリオスの中枢システムに、そんな機能は見つけられませんでした。でも、アルマちゃんのことを知った父は、私にこう言いました――それが、本来あるべき姿だと……我々は、血が薄れるという事実ともっと早く向き合うべきだった、と』
「……血が薄れる……?」
怪訝に、ムジカは繰り返す――本来あるべき姿という言葉よりも、そちらのほうがムジカには嫌な感触だった。何に嫌なものを感じたのかもわからないが……ひどく不安な気持ちにさせる。
レティシアも同じ気持ちなのか、そうではないのか。彼女の表情も硬いまま、話が続く。
『父はそれ以上を答えてくれませんでしたから、結局私には何もわからないままです。でも……現に実態として、セイリオスの中枢システムはアルマちゃんと親和性が高い――異様なレベルで。そしてシステムは、私たちとアルマちゃんとで、明確に振舞いを変えます。それこそ……まるで、システムが彼女に語り掛けているかのように。そして、アルマちゃんも』
「…………」
『……アルマちゃんだけが、私たちとは違う世界を見てる』
最後の一言だけは、独り言のようにぽつりと呟かれたが――
そこが話の結びだろう。息をつくと、ムジカはうっちゃるように告げた。
「管理者だの調律者だのの辺りはよくわからんが。結局のところ、あのちみっこいマッドが何考えてるかはとっちめなきゃわからんわけだ。とことん今回はあいつに振り回されるな……」
と、言ってからはたと気づいて半眼を作る。
「……こう言うとなんだが、ある意味いつも通りっちゃいつも通りだよな。普段から変なノブリス設計してたりアホなモジュール開発したり、何考えてるかわかったもんじゃねえし。それで振り回されるのも大概俺だし」
『それはまあ、そうかもしれないですけども……うーん?』
「……うん? どうかしたか?」
『いえ、その……なんというか』
どうにも煮え切らない態度のレティシアが言ってきたのは、どうでもいいといえばどうでもいい、こんなことだった。
『なんだかムジカさん、アルマちゃんへの態度がちょっと変わりました? ちみっこいマッドとか、とっちめるとか、扱いが雑になったというか。さっきはアルマちゃんのこと呼び捨てにもしてましたし』
「ああ、それか。いや、単にアレに敬意払うのやめることにしたんだよ。流石にこんだけ振り回されてんだし、それくらいしてもバチは当たらんだろ」
『まあ、確かにその通りかもしれませんけれど……でも、ほどほどにしておいてあげてくださいね? あれで結構、気にしいなところもあるんですから』
「……アレでか?」
『アレで、です。優しい子ではあるんですよ? とってもわかりにくいですけれど』
レティシアがフォローのようなことを言うが、ムジカは微妙な表情を浮かべるだけだ。そんなこちらの反応に、レティシアは困ったように苦笑するだけだが――
なんにしても、それから二、三話をしたところで通信は終わった。
そうして背後を振り向けば、アルマは変わらず作業を続けていた。
4-4章更新です。
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