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4-3 それであんたを責めたら、俺は悪党だよ

 戦闘は、日が完全に落ちるまで続いた――どころか、日が落ちても終わらなかった。

 ところ変わらず、ドヴェルグ傭兵団の拠点。ガレージの入口傍から、ムジカは外の様子を観察していた。二機残されていた<サーヴァント>の内の一機を起動し、いつでも逃げ出せるよう準備を整えたうえでだ。

 状況に、変化はあまりない。流石に数こそ減ってきてはいるが、まだ浮島中央からエアフロントへと向かうメタルは存在する。数時間にも及ぶ戦闘のせいか、ノーブルたちの動きも精彩を欠き始めていた。

 加えて現在は夜戦の時間だ。ノブリスのバイザーによる光学補正があるとはいえ、視界の悪化は避けられない。それはメタルの側にも当てはまることだが、敵は学習によって夜戦への適応が可能だ。夜戦のデメリットはいずれ克服されてしまうだろう。

 だからこそ、夜は単純に人類の敵だった。


(……にしたって、そろそろ枯れてもいい頃合いだと思うんだがなあ)


 メタルのことだ。数時間も戦闘していたとなれば、撃破したメタルも相当な数になる。

 だというのに、衰えこそすれど未だに出てくるというのは……


(また〝巣〟でも出来てるのか? 普通、そうポンポンと生まれるものじゃないはずなんだけど……)


 学習が進んだメタルの形態の一つ。それが〝巣〟だ。メタルは周囲の環境から学習し、状況に応じて自らを作り変え適応する能力を持つが、その中でも自らを複製・増殖することを学んだ個体をそう呼ぶ。

 ひと月ほど前にも、ムジカはメタルの〝巣〟に襲撃を受けている。だがこれは本来ならあり得ないほどの高頻度だ。複製・増殖能力は相当レベルの学習が進んだ個体のみが獲得する機能であり、通常ならこの空全体で見ても数年に一度誕生することがあるかどうか。

 それがこうまで立て続けにというのは――……

 と。


「……あん?」


 腕時計型携帯端末に鳴動。どうやら誰かが通信を送ってきているらしい。

 纏っている<サーヴァント>と端末をリンクさせて、ムジカは通信を起動させた。

 バイザーに映ったのは、唇を引き結んでどこか思いつめたような顔をした――


「生徒会長?」


 レティシアだった。

 ただしこちらも精彩を欠いている、と思うのは表情のせいか。いつもの油断ならない――という表現が合っているのかもわからないが――微笑みは影もなく、感じたのは彼女に似合わぬ弱々しさだった。

 そんな様子で視線を伏せていた彼女は……意を決したように顔を上げると、一度呼吸を止めてから言ってくる。


『お疲れ様です、ムジカさん。現在の情報共有のために連絡させていただきました……今、通信大丈夫ですか?』

「大声で騒がなければな。アルマは今傍にいないけど」

『……? 何かしているのですか?』

「放棄されていたノブリスを、使えるように整備中」


 訝しむように訊いてくるレティシアから視線を離して、ムジカはガレージの奥のほうを見やった。

 そこでは旧式のクラフトプリンタが、残されていた資材を消費して全力稼働中。今作っているのは<ナイト>級の魔道機関のようだ。更にその奥ではアルマがマギコンを操作して、<ダンゼル>用のガントレットを一から設計している。

 標準仕様の<ナイト>の使いまわしでいいんでは? とは思うのだが、あの<ダンゼル>は元々は<バロン>級魔道機関を前提にして作られた。それを出力の足りない<ナイト>級のもので動かそうというのだから、アルマに言わせれば繊細な調整が必要らしい。

 それを長々と説明はしなかったが、レティシアの顔には理解の色。この状況ならノブリスが必要になるというのは自明のことだ。

 そんな彼女の顔を見やってから。ムジカはため息をついた。


「……どうにも、調子狂うな」

『え?』

「あんただよ。今日は随分としおらしくて、調子が狂う……何かあったか?」

『…………』


 通信の先で、指摘されたレティシアは軽く目を見開いたが。

 観念した、とでも言えばいいのか。怒られる子供のように、小さく身を縮こまらせるようにしてから……こちらを見つめて、静かに言ってきた。


『……私たちがここに来る前、ラウルおじ様と三人でしていた話を、覚えていますか?』

「……ああ」


 不意に訪れた極大の苦みに、ムジカは渋い表情をした。

 彼女の言う話とは、先日生徒会長室で話をした、ドヴェルグ傭兵団襲来の件だ。ムジカを殺す、その任務を与えられた者たちによってレティシアとリムがさらわれかけた件。その裏に、レティシアとラウルの暗躍があったこと。

 それの何が苦いかといえば……本来必要のなかったリムをレティシアが巻き込んだのは、ムジカの死を避けるためだったからだ。

 そのことを知らぬまま、レティシアに怒りをぶつけようとした。それを思うと、口内の苦みが増した。


『あの時ラウルおじ様が語ったことに、少しだけ誤魔化しがあったことに気づいていましたか?』

「誤魔化し?」

『はい。そもそもあの話は、私とリムさんが人質に取られることを前提として進められていました……けれど、私やリムさんが人質に取られることなく、そしてあなたが殺されないようにする。お二人を巻き込まない〝未来〟を、選ぶこともできたんです」

「それを言わなかったことが、ラウルの誤魔化しか? でも、だったら――」


 なんでその道を選ばなかったのか、と続けようとして。

 だがすぐに気づいて、ムジカは目を細めた。


「それを選んだら、代わりに悲惨な結果になるのか?」

『はい。その場合には……別の誰かが、死ぬことになります。誰一人、亡くなることもなく……そして騒動の影響がほとんど出ない形で事を納めるベストの方法が、リムさんと私の二人が人質になることでした』


 レティシアはそんな言い方をしたが、想像が及ぶ範囲で最悪なのはノーブルが――中でも他島の高位貴族を出自とする者が亡くなることだろう。ノブリスを扱う傭兵団、そして空賊との争いになるのだから、死ぬのは必然的にノーブルになる。

 そうなれば事はセイリオスだけの問題ではない。他島を巻き込んでの大事になるだろう。今はスバルトアルヴとアールヴヘイムが争っているようだが、生徒を殺された他島とスバルトアルヴの争いにだって発展しうるし、この空での互助を前提に作られた学園の理念も崩壊しかねない。


(そうなるくらいなら出自の怪しい傭兵なんぞ、勝手に死なせといたほうがよっぽど安上がりだな)


 この空のためを思うなら。皮肉にそんなことを思う。

 笑えなかったのはそうしない決断をした相手が、目の前で思い詰めたような顔をしていたからだ。

 その顔のまま、レティシアが言ってくる。


『あの時お伝えしたかったのは、謝罪の言葉でした。本当なら、もっと早くにお伝えするべきだったんです』

「な、おい――」

『私が望んだ未来のために、リムさんと……そして、ムジカさん。お二人を、利用したこと。ここにお詫びします』


 申し訳ありませんでした、と。

 頭を下げたまま動かないレティシアに、ムジカは思わず絶句する。この謝罪は一切予想していなかったからだ。

 だがすぐに復帰すると、深々とため息をついた。


「……顔上げてくれ。それであんたを責めたら、俺は悪党だよ」


 元はといえば、悪いのはドヴェルグ傭兵団――ひいては彼らを送ってきたスバルトアルヴだ。ちょっとした因縁から、とあるノブリスの奪取とムジカの殺害を目論んでやってきた。

 彼らの計画通りだったなら、ムジカはやはり死んでいたのだろう。その上でこの件にレティシアたちが介入し、ムジカが無事生き残れたというのなら……


「むしろこの場合、詫びるべきは俺のほうか」

『え?』


 独り言のつもりで呟いたのだが、どうやら聞こえてしまったらしい。

 驚いたような顔をするレティシアに苦笑して、ムジカは素直に告げた。


「あんたがしたことは、一管理者としては正当だろ。自分の管理する浮島を守るためなら、島の人間を利用するくらい当たり前のことだし……原因が俺にあるんなら、そもそも俺に怒る権利はない。あいつらが俺を殺しに来たのなら、本来なら俺だけで対処できなきゃいけなかったことなんだし……リムを巻き込んだのも、俺の弱さのせいなら言い訳はできない」

『それは! それは、ムジカさんのせいでは――』

「あんたにしたのは、筋の通らない八つ当たりだった。それを詫びる――すまなかった」


 擁護の言葉を遮って、レティシアがしたのと同じように。ムジカもまた、まっすぐに頭を下げた。

 困惑の気配は頭の上――つまりは通信先から感じたが。


『顔を上げてください……その謝罪、私は受け取れません。私が悪いって話をしていたんですよ?』

「こっちからすりゃ、あんたが悪いわけでもないのに急に詫びられても困るんだよ……同じ詫び一つなら、一旦はこれでチャラってことにでもしておくか?」

『あなたは……それで、いいのですか?』

「むしろ、そうしてくれると助かる。さっきも言ったろ、あんたがしおらしいと調子が狂う」

『…………』


 それを聞いたせいか、レティシアは複雑そうな顔をしたが。

 ほんの少しだけいつもの調子を取り戻したのか、すがるようにこう訊いてきた。


『……私、普段はしおらしくありませんか?』

「しおらしい女は命令だの罰ゲームだのでお姫様抱っこやらせたりせんだろ、普通」

『えー。いや、でも。可能性はあったりしませんか? ほら、お姫様抱っこくらいなら可愛らしいものじゃ――』

「変なところで食い下がろうとするんじゃねえ」


 半眼でぴしゃりと告げると、レティシアは『うぐぅ』とうめき声をあげた。

 そこから一度ため息をついて。


『……ええ、わかりました。ムジカさんが、それでいいと言うのなら』


 ようやく彼女は、ゆっくりとだが微笑みを浮かべた。

 それはこの通信の中で、初めて彼女が見せた辛くなさそうな表情だった。

 それを見届けて嘆息すると、ムジカは内心でひっそりと呟いた。


(まあ助けられた以上、こっちはチャラにするわけにもいかねえけどな……借りが一つだ。覚えとかねえとな)


 それを胸の内にしっかりと刻んでから、ムジカは意識を切り替えた。

4-3章更新になります。レティシアとの話はもう1章分続く予定です。


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