4-2 まだ最悪ではない
2025/07/21
本日レティシア・アルマ二人の会話、心理描写に関して(特にレティシアについて)思うところがあったので、3章スバルトアルヴ滅亡編の二人の描写を一部変更しました。
変更箇所は1章幕間、2章幕間、3章全体となってます。
行動自体はほとんど変わってないので、そのまま読んでも問題ないですが、変更があったことだけご留意いただけたらと思います。
(孤児院、なんだろうが……それにしたって、このボロさはなんなんだ?)
というのが、その館に対するムジカの率直な感想だった。
ドヴェルグ傭兵団の拠点だというその敷地の中の、館の一つ。孤児院だろうそれの、おそらくは遊戯室らしき広間にただ佇みながら、ムジカは小さく嘆息した。
館の中に人の気配はない。生の気配もなく静まり返った空気の中で、ムジカはぼんやりと周囲を探った。といっても、見つかるものなど何もない。せいぜいが薄汚れたうさぎのぬいぐるみが、その辺に無造作にほったらかしにされている程度だ。
何度も縫い直したような跡のあるそれを拾い上げて、ムジカは顔をしかめた。
(まるで、夜逃げでもしたみたいだ。それも、急いで逃げだしたみたいな……)
ぬいぐるみを軽くはたくと、軽くだがほこりが舞った。つまり、このぬいぐるみがほったらかしにされたのはここ最近のことだ。一週間前後。根拠があるわけでもないが、なんとなくそう判断する。
気になったのは、ここがドヴェルグ傭兵団――つまりはあのフリッサ・リドヴェルグたちの拠点ということだ。
スバルトアルヴの〝汚れ役〟を一任されていた、あの傭兵たち。そんな彼らの拠点に、孤児院? ウサギのぬいぐるみ? まさかあのフリッサが、度を超えた幼女趣味ということはあるまい。
(それでも飯は食える、だったか)
それはあの激闘の日、フリッサがムジカに言った言葉だった。スバルトアルヴのノーブルたちがもたらす理不尽に抗わないのは何故か。その問いに対する返答だ。
あの時にはさほど気にしていなかったが……もし彼が、この孤児院の出身だったら? もし彼らドヴェルグが、この孤児院を養っていたのだとしたら?
彼らが理不尽をそれでも受け入れていたのは、孤児院の子供たちの生活を人質に取られていたからだとしたら……
(妄想たくましいな。根拠なんて何もないのに)
苦笑すると、ムジカはぬいぐるみを置いて孤児院を後にした。
向かったのは隣の建物だ。こちらもボロいが、おそらくはノブリス用の――それもおそらくは傭兵団のノブリス全ての面倒を見れるような――大型ガレージ。そちらはアルマが調査しているはずだった。
中に入ると、迎えてくれたのは脂臭い空気だ。周囲を見回せばクラフトプリンタを始めとして、ノブリス整備用のデバイスは一通りそろっている。だがどれも一昔前の骨とう品ばかりだ。壊れる寸前の設備を無理くり間に合わせで使っているようで、空気も合わせて環境はあまりよくはない。
が、それももはやどうでもいいことなのだろう。なにしろ、このガレージはもはや用なしだった。
壁際のハンガーには一機もノブリスがない。こちらもまるで、夜逃げでもしたかのような有様だ。よほど慌てていたのか何なのか、床に<サーヴァント>が二機転がっているが……
横を通り過ぎて奥へ向かう。と、そこでようやくアルマを見つけた。ガレージの最奥、その壁面に埋め込まれた大型マギコンを操作している――
「おーい。何かあったか?」
「…………」
「……?」
声をかけたが反応は返ってこない。眉根を寄せて、ムジカは彼女に近づいた。
そして、そこでようやく彼女が何をしていたのか見えてくる。マギコンから何かの情報を抜き出そうとしているらしい。一心不乱に彼女はコンパネを操作しているが……
ムジカが気にしたのは、彼女ではなく最奥のノブリス用ハンガーだった。
そこにだけは一機、ノブリスが残されていた。ただし壊れたのか、ガントレットが両腕とも外されて放置されている。魔道機関も取り外されており、このままでは動かないような状態だ。
しかも、そのノブリスというのが――
「これ……まさか、〝時代遅れ〟か?」
間違いなかった。装甲を極限まで排して機動性能に特化した、アルマ謹製の<ダンゼル>級欠陥ノブリス。
何故それがこんなところに……と、呆然と見上げていると。
ようやく気づいたらしい。アルマがマギコンから目を離してこちらを見た。
「……ん? ああ。随分と遅かったじゃないか、助手よ」
「そこまで時間をかけたつもりはねえけど……あっちはダメだったよ。生き残りか遭難者がいないかと探してみたけど、誰もいなかった」
感情の薄い目で見てくる彼女に、ムジカはひとまず先に報告した。
短時間ではあるが、別行動の理由はそれだった。アルマはガレージ担当、ムジカは宿舎と孤児院担当。そうして今、調査が終わって合流したというわけだ。
そしてこちらの結果などわかりきっていたのだろう。彼女は素っ気なく言ってくる。
「それはまあ、そうだろうね……ああ、今のは二つの意味で言った」
「あん?」
奇妙な言い回しに訝しむと、アルマはまず一本指を立てて、
「マギコンにデータが残ってたよ。ドヴェルグ傭兵団の連中、騒動の前に夜逃げしたみたいだ。何が理由かは知らないが、スバルトアルヴが航路を変える前に出ていったようだ」
「へえ……というか、あいつら無事に戻ってこれたのな。俺が言うのもあれだけど、戦力激減してただろうに」
「みたいだね。まあ、ラウル講師が頼みごとをしていたようだし。無事ならいいことなんではないかね――」
「待った。何だって?」
流石に聞き咎めて、ムジカはストップをかけた。
きょとんと振り向いてくるアルマに、眉間にしわを寄せながら訊く。
「ラウルが、ドヴェルグ傭兵団に頼み事?」
「みたいだよ。あの日、彼も<ナイト>で出撃していたからね。整備ついでに話をしたらそんなことを言ってたが……知らなかったのかね?」
「……聞いてねえぞ、んなこと」
全く知らなかった話に、顔をしかめて呻く。
(あのおっさん、今度は何やろうとしてんだ……?)
彼の秘密主義というか、内緒ごとというのは今に始まったことではない。なので気にしても無駄、というところは実際ある。だがそれで振り回されるのはいつだってムジカとリムだ。嫌な予感に自然と眉間にしわが寄る。
だが、まあいいさとムジカはすぐに割り切った。今はラウルの内緒ごとなど関係ない。
それよりも、問題は近場のハンガーに置かれた<ダンゼル>だった。
「そんで? 夜逃げの時に邪魔になったから、こいつはほったらかしにされたってことか?」
この機体は先日のドヴェルグ傭兵団との戦闘の中で、スバルトアルヴのノーブル、ダンデス・フォルクローレに盗まれたものだ。機体がここにあるのも、<バロン>級魔道機関が取り外されているのもその経緯だろう。本来<ダンゼル>に積まれていた魔道機関は、ダンデスのノブリスのものだったはずだ。
同じものを見上げて、アルマが重々しく呟いてくる。
「そのようだね……システムが感知していたノブリスの反応は、どうやらこいつとあそこに転がってる<サーヴァント>のものだったようだ。島の中央側にもいくつか反応があるんだが……当てが外れたよ、元々は戦闘能力の確保が目的だったんだが」
「そんなら、最初から島の中央に行けばよかったんじゃないか?」
「あの整備用通路は外郭用だよ。内部の通路とは繋がってないんだ……何故かとは訊かんでくれよ。古代魔術師の連中がそう作ったんだから」
「まあそこはどうでもいいけど。なら、こいつを使えるようにはできないのか?」
「どうかね……クラフトプリンタは機能しているから、<ナイト>級用のガントレットと魔道機関の用意くらいならできるだろうがね」
戦闘能力に期待はできないよ、とアルマはため息のように付け足した。
だが確かにアルマの言う通りではある。元々この<ダンゼル>は、<バロン>級魔道機関を前提として、攻撃性能をイレイスレイ用共振器で賄うことで、ガン・ロッドに使われる分の魔力を浮かせた構成なのだ。その分の魔力は全て機動力に割り振ってしまっているため、そもそもガン・ロッドを持つだけの魔力的余裕が一切ない。
そして仮にガン・ロッドを作ったとしても、用意できる魔道機関が<ナイト>級となれば戦闘なんてできないだろう。
それがわかっているからか、アルマの表情は硬かった。
「通常の七割程度で飛ぶことはできるが……それでも、ないよりはマシか。最悪逃げ回ることくらいはできるし、いざとなったら島中央のノブリスに乗り換えればいい。時間がもったいないが……それでも。それでもか」
「…………」
「それより助手よ、この後のことだが――……? なんだね助手よ、いきなり何か変なものでも見たような顔して。何かあったかね?」
「いや、何かっつーかなんつーか……やけにあっさりと流したなと思って」
<ダンゼル>の件だ。奪われた時にはブチギレ寸前になっていたのを思い出す。勝手に分解されていることまで含めて普段のアルマからすれば、噴飯もののはずだと思っていたのだが。
アルマの反応は、あくまでも素っ気なかった。
「今は些事など気にしてる暇ないんだよ」
「些事……?」
それは実際どうでもいいことではあったのだろうが、今日感じた衝撃の中では比較的インパクトの大きいものだった。
(このマッドが……自分の作ったものを勝手にいじられたりして、それを些事だって?)
状況を思えば確かに些事なのだろうが。ノブリスのことしか考えていなさそうなアルマが、そのノブリスをどうでもいいもの扱いというのは――
と、そんなことを思った瞬間だった。
「…………うん?」
遠くから――どぉんと、間延びした爆発音。
かなり遠方だ。音のぼやけ具合でそう判断して、ムジカは窓に駆け寄るとそっと外を窺った。
直に日が暮れるのだろう。いつの間にやら空は夕暮れ。光のきらめきは、赤く染まったエアフロントのほうで見えた。
人形のシルエットと、不定形の銀色が無数。舞うように空を飛び回り、時折銀色が爆散する――
「あれは……」
「戦闘が始まったか。レティシアたちが進攻を開始したな」
「みたいだな……この状況だと、俺たちは身動きしないほうがよさそうだ」
同じように隣から外を見ているアルマに頷く。
おそらく人形のシルエットがノブリスで、不定形の銀色がメタルだろう。状況はノブリス側が有利のようで、メタルを危なげなく落としていく――ただし、終わりがない。
というのも、ムジカが見たのはエアフロント側とは逆の方向だ。島中央のほう。
そこから――木々の中から無数の鳥たちが飛び立つように。メタルの群れが空高く羽ばたくと、一目散に戦場へ向かう。その数が途切れず、続々と出てくる。
戦場に惹かれているためか、はたまた高度を高く取っているためか。メタルが こちらに気づく様子はなかった。だが視界に映れば彼らは容赦などしないだろう。外に出ることは、急に危険になってしまった。
窓から顔を覗かせるのもあまりよいことではないだろう。窓のスモークをオンにして外の景色を遮断してから、アルマが言ってくる。
先ほどの話の続きだった。
「今のが二つ目かな……この島は既に、メタルに占拠されている。生存者なんているはずがない」
彼女は瞳を陰らせて、そう言葉を結んだ。
そして嘆息すると、意識を目の前の問題へと戻した。
「ひとまず、ノブリスがないんでは私たちも身動きが取れんのは変わらん。私はこのまま、<ダンゼル>をせめて動かせる状態にまで準備するよ。<ナイト>級用のガントレットと魔道機関なら、明日朝までには作れるはずだ。その用意が終わったら、レティシアたちの戦闘に乗じて島の中央に向かう」
「明日朝か。随分と長いな?」
「設備が古い。こればかりはどうしようもないよ」
肩をすくめると、そのまま彼女はマギコンの操作を開始した。後はもう会話もないし、ムジカにできることもない。
ひとまず明日朝まで身動きできないなら、食料くらいは用意しておいたほうがいいだろう。そう判断して、ムジカはガレージを後にする――
その呟きは、その時確かに聞こえた。
「――状況は最悪に近い……だが、まだ最悪ではない。まだ間に合うはずなんだ……」
4-2章更新となります。
「※本編で語られなかったQ&A その2」で触れてたフリッサのその後についてですが、今後の展開を考えた結果生存ルートになりました。
今後はラウルにこき使われることになると思いますが、そのうちその辺もかけたらと思ってます。
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