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4-1 ここまでされて、俺には知る権利も怒る権利もないって?

「――そもそものことの始まりは、スバルトアルヴが航路を外れたことにある」


 アルマがそんな風に切り出すのを聞きながら――

 ムジカはふと、周囲を見回した。といって、見えるものが先ほどまでと変わるわけでもない。通路の中を歩いているというだけだ――が、その通路自体は随分と奇妙というか、キテレツではある。

 なにしろ、本当に何もない。床材も壁も奇妙なほどにのっぺりとしていて継ぎ目もなく、時折どこかに繋がる扉がある程度。天井には光源らしきものすらないが、それでも辺りが明るいのは、天井ではなく床が光っているからだ。それも人を感知しているのか何なのか、照らされているのは歩くムジカの周囲だけ。

 そのせいで通路全体は暗い……というより、ムジカたちの周囲以外はほとんど真っ暗だ。ついでに通路も入り組んでいるようで、十字路やら脇道やらがいくつもある。

 そんな道をアルマの指示で進んでいるわけだが。腰を抜かしたというので負ぶっているアルマを肩越しに見やって、ムジカは呻くように答えた。


「そういや、行きの時もしてたっけか? 航路の話」

「そうだね。とは言っても、あの時にはスバルトアルヴが航路を外れたとしか言わなかったが……助手はこの話を聞いて、疑問に思わなかったかね?」

「何を?」

「スバルトアルヴがどこに行こうとしているのかだよ」

「……あっ」


 ムジカはついそんな声を上げた。言われてみればその通りだった。

 航路を外れた――つまり、スバルトアルヴはこの空のルールを破った。そのことばかりに気を取られて、その理由については考えたこともなかった。考えてみれば当たり前だ。こんな妙なことをしでかしたからには、彼らにも彼らなりも目的があるはずなのだ。

 とはいえ、思いつくことなどそうはない。


「……ってことはこいつら、どこぞの浮島でも目指してたのか?」


 空には何もない……というのも妙な言い回しだが、漂うことだけが許されるこの空に、意味のある場所などどこにもない。それでもどこかを目指すというのなら、それは人類が住まう浮島以外にない。

 であるなら、航路を外れたスバルトアルヴが目指しているのはどこかの浮島だと思ったのだが。

 どうも違うらしいというのは、アルマがため息をついたのでわかった。


「そんな簡単な話なら、私は知らんぷりしてほっといたよ。人間同士の争いなんて、大した問題ではないしね。今起きているのは、それ以上の一大事だよ」

「……勿体ぶるのは結構だが、あんまり勿体ぶるようならいい加減キレるぞ」

「む。それはよくないが……具体的には、何をするつもりかね」

「ジャイアントスイング」


 幸い、通路は広いしアルマは小さい。振り回しても怪我を負わせることはないだろうし、軽く八つ当たりしたい程度には気分がささくれ立っている。

 なのでそれくらいいいだろうとまたアルマを見やると、彼女は顔面を蒼白にして、


「……この私に、ジャイアントスイング?」

「おう」

「十八歳の乙女なのに? 私は君の先輩だぞ?」

「正直、時々年上だって忘れそうになる」

「暴力はんたーい!! 子供のしつけじゃないんだぞ!? 年上には敬意を払いたまえ!?」


 慌てて抗議してくるアルマを半眼で見やって、ムジカはぼやくように告げた。


「敬意は売り切れたっつったろ。次イラっとするくらいもったいぶったらマジでやるからな」

「……その、なんだ……助手。助手よ?」

「んだよ」

「その……今、もしかして不機嫌かね?」

「誰のせいだと思ってんだ?」


 ジト目を強めてさらに睨むと、流石のアルマも「うぐ」とたじろぐ。

 だが、ムジカはそれで矛先を納めはしなかった。


「いきなりこの空を救うとか言って連れ出されて、ろくな事情も説明されてないんだぞ? 見たほうが早いだの、知ったら殺さなきゃならんだの。挙句の果てはメタルに突撃だ。うっかり死にかけて、リムまで泣かせちまっての今だぞ――なあ。あんた、何考えてんだ?」

「それは……」

「ここまでされて、俺には知る権利も怒る権利もないって?」


 ここまで言えば、流石にこちらの怒りは伝わるだろう。

 じろりと睨んだ視線の先、アルマは怯えたように目を逸らし――

 次に視線を戻してきたときには、いつもの不遜な様子はどこにもなかった。

 伏し目がちに、ぽつりとこぼす。


「……すまない。確かに、キミには迷惑をかけた。それは、その……詫びる」


 その様子をしばし見つめてから。

 ムジカはアルマから視線を逸らすと、深々とため息をついた。


(なんなんだろな。奇抜ではあっても、バカじゃあないとは思ってるんだが……)


 今回のアルマは何というか……不自然というか、奇妙に見える。

 いつも以上に奇異だ。空を救うだのなんだのと飛び出して、メタルがいるかもと予想した場所に突撃して、メタルに殺されかけた――というのに、その上でまだ彼女は前に進もうとしている。理解できないのはその行き当たりばったりっぷりと、一貫した目的意識だ。

 そうまでしなければならないことが、今回の件にはある? わからないのはそれだ。

 だがふと閃くものを脳裏に感じて、ムジカは顔をしかめた。彼女の言動が普段と変わらなかったので、冷静なように見えていたが……


(……もしかしてこいつ、テンパってねえか?)


 一応それなら、これまでの支離滅裂っぷりも説明はつく。

 どこに行きたいのかは知らないが、そこを目指そうという意思だけは固い――だがそのために取った手段はボロクソもいいとこ。結果だけを見ると、正気の行動には思えない。

 一歩後ろから見やれば、彼女は目的に憑りつかれているようにも見える。そこから覗くのは焦りだ。彼女は何度も、〝間に合わなくなる〟ことを気にしていた……


 訝しんでまたアルマを見やれば、当然のことだが彼女と目が合った。

 彼女の目には反省と後悔の様子が見える。詫びの気持ちは本当だろう。

 だが、諦めている様子は見えなかった。

 彼女はこのまま進むだろう。たとえ、ムジカが協力しなくなったとしても。目を見てそれを悟った。


(なんなんだかなあ……本当に)


 ため息をつくと、ムジカはどうにか声の調子を普段程度のものへと戻した。

 見捨てるのも寝覚めが悪い。努めて怒りではなく呆れが伝わるようにと苦慮しながら、訊く。


「それで? 結局スバルトアルヴの連中は、どこに行こうとしてたって?」

「え? あ、その……助手?」

「説教は全部終わった後やらせてもらう。思いっきり説教するからな」

「……うぐう」


 眼に力を込めて言えば、こちらの本気具合が伝わったらしい。カエルを踏みつぶしたような声をアルマは上げた。

 なんにしても、それがある種の赦しだ。それが伝わったからか、幾分かは調子を取り戻して、アルマが改めて答えてくる。


「助手は、航路の決定がどのように行われるか知ってるかね?」

「あん? んなもん、全島連盟会議で――」

「違う、そうじゃない。訊いてるのはメソッドのほうだよ」

「メソッド?」


 きょとんと訊くと、アルマが頷く。


「相対座標じゃないんだよ。全ての浮島は、この世界の形を知っている。航路の決定は、とある地点を基準とした絶対座標で行われているんだ」

「とある地点?」

「そうだよ。そこを……我々は、ゼロポイントと呼ぶんだがね」

「ゼロポイント……聞いたこともない名前だな」

「それはそうだろうね。この名も知ってはならない知識の一つだ。全ての基準。全ての始まり。だからこそのゼロ座標だ。本来なら……近づくことすら許されていない場所だよ」

「今の話からすると、スバルトアルヴはそこを目指してるって?」


 問うと、アルマは再び首肯した。

 その顔はどこか満足そうだが、重ねて訊く。


「そのゼロポイントには何があるんだ?」

「今言っただろう? 全ての始まり――いや待て助手よ。何故私を背中から下ろそうとしてるのかね?」

「いや、今の言い方が腹立ったから振り回そうかと」

「やめたまえよ私まだ腰抜けてるんだぞ!?」

「だったら勿体ぶらずにさっさと吐けよ。今日から俺はもうあんたに容赦しないって決めてるんだからな」

「くそう。私の年長者としての威厳が……! 助手よ、キミは私のことを何だと思ってるのかね!?」

「傲岸不遜のクソマッド」

「ただの悪口じゃないか……」


 割と本気でショックを受けたように、アルマ。

 だがすぐに回復すると、あっけらかんと、


「まあ、嘘は言ってないんだよ。ゼロポイントは、この空が始まった場所だ――そもそもメタルは、何で作られた?」

「あん? なんでって。それは時の王が」


 望んだから、と言いかけて。

 はたと気づいて、ムジカはアルマを凝視した。そんなことを訊いてくるということは、答えはこれしかない。


「まさか……ゼロポイントって、古代王国か? メタルを生み出したっていう?」

「正解だよ。正確にはその跡地だがね……気づいた助手には死をプレゼントだ」

「……おい?」

「これも嘘じゃないんだよ。なにしろ今キミが暴いたのは、この数百年の空歴の中で、管理者たちが隠してきた一つの事実だ……それも、一二を争うレベルの厄ネタでね。キミが知ってると知られたら、本当にまずいネタなんだ」

「……なんであんたは知ってるんだ?」

「この空のルールを作ってきたのは、各浮島の管理者たち――そしてその配下の調律者たちだよ。つまり、私はあちら側というわけさ」

「……なるほど?」


 というしかない。管理者と調律者がこの空で重要な存在なのは、ムジカも知っている。だからそう言われれば納得するしかない。

 そこで一つため息をついてから、話を修正した。


「つまり、スバルトアルヴはその古代王国を目指してるって? いったい何のために?」

「それは――……待った、助手」

「あん?」

「そこの通路、左に曲がってくれ。セイリオスと構造が一緒なら、地上に上がるステップがある。そこから一度外に出よう」


 ここまでアルマの指示で通路を歩いていたが、どうやら最初の目的地はそこらしい。

 言う通りにすると、確かに壁際に梯子めいたものが見えてくる。どうやらここから地上に出られるようだが……

 そういえば、とふと気になってムジカは訊いた。


「そもそも俺たち、今どこを目指してるんだ?」

「最終目的地は島中央だが、その前に警護隊詰め所にでも行こうと思ってたよ」

「警護隊詰め所? なんで――って、ああ。ノブリスか」


 スバルトアルヴがメタルに滅ぼされているのなら、こちらも戦闘できる状態でなければ危ない。それを考えれば道理ではある。詰め所なら<ナイト>の一機や二機くらいあってもおかしくはない。

 だが今の口ぶりからすると、詰め所に向かうのはやめたのだろう。何故かを視線で問うと、アルマはため息をついて、


「レティシアたちが進攻を開始したら、真っ先に戦場になる場所だろう? いつ来るかもわからんし、迂闊に顔を出して、メタルに見つかるのは面白くない」

「合流はしないのか?」

「合流したら傘下に組み込まれるよ。そしたら好き勝手出来なくなる」


 アルマはハナからその選択肢を捨てているらしい。そもそも合流するのなら、スバルトアルヴに乗り込む前にしておけばよかったのだからそれも当然か。


「……じゃあ、俺たちはどこを目指してたんだ?」

「さあ? ……いや待て、本当に待って。何も適当にほっつき歩いてたわけではないんだよ」


 敏感に身の危険を察知して、慌ててアルマが言う。


「アーキテクチャが同じな浮島内部はともかく、地表のレイアウトは共通じゃないんだ。ある程度自由に組み替えられるからね。だからこの上に何があるのかは私も知らん……が、システムにアクセスしたら、この上にいくつかノブリスらしい反応があってね」

「システムにアクセス? それができるなら、そもそもスバルトアルヴを止められないのか?」

「ムリだよ。システムの応答がほとんどない。覗けはするけどそれが限界だ。コア部分はアクセスを拒絶しているみたいだし……そもそも、私はこの島の外の人間だからね。島の中央にでも行かない限り、私を受け入れる余地がない」

「……ふうん?」


 その辺の理屈はムジカにはわからないので、それだけを返答とする。あるいはリムやラウルなら、この辺りの知識もあるのだろうが……まあ、今は気にしても仕方ない。

 アルマを背負ったままステップを登って、そっと天井のハッチを開くと、ムジカは顔だけ出して慎重に周囲を探った。周囲に気配はない――メタルは元より、人間のものも。

 それを見て取ってから、ムジカは地表に上がった。

 どうやらどこぞの道の真ん中に出たらしい。改めて周囲を探れば、場所としてはまだ浮島の郊外と呼ぶべきエリアだ。エアフロントを超えた少し先、その程度の場所。セイリオスを始めとした一般的な浮島なら、この辺りには農業区や資源プラント群があるはずだが――

 スバルトアルヴは違った。


「なんだねここは?」

「これは……貧民街、か?」


 建ち並んでいるのは民家だろう。スラムというほどには荒れていないし、周囲に立つ家屋もボロ小屋というほどではない。だが建てられてから相当の年数は経っているのだろう。みすぼらしい灰色の家屋が立ち並ぶさまが、ムジカに貧民街を想起させた。

 はみ出し者の街だ。ムジカがそう感じたのは、どの浮島にもある資源プラント群の光景が、この貧民街の先に広がっていたからだ。おそらくは農業区なども、この貧民街よりも浮島の内側寄りの場所にあるのだろう。

 この街は浮島を内と外で隔てた、その外側に存在していた。

 それに対して思うところがないわけでもないが……


「あ。助手よ。そこが目的地だ」

「あん?」


 言われて、ムジカはアルマが見ていたほうを見やった。

 そこにあるのは、他と比べれば敷地面積だけは立派な邸宅だった。敷地には孤児院めいた館と、少々大きめの宿舎――そしてそれらと併設されるにはそぐわない、ノブリス用だろうガレージがある。

 ――内と外を隔てる門には、『ドヴェルグ傭兵団拠点』と書かれた表札が掲げられていた。

4‐1章更新です。


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25/5/31
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