2-6 稽古つけてやるよ、坊主
ノブリス・フレームーー通称“ノブリス”は浮島と同じく、古代の魔術師たちが人類に遺した最後の遺産だった。
そして、メタルと戦うために人類が手にした最後の兵器でもある。
その兵器は、魔力という特殊な才能を持って生まれた人間を動力源として起動する。戦い続けることを運命づけられ、後に貴族と融和した彼らは“ノーブル”と呼ばれた。
ノブリスの構成要素は、基本形であれば至ってシンプルなものだ。
ノーブルから魔力を吸い出し、各部モジュールへと分配を行うサリア内燃魔道機関。
重力の楔を魔術によって破壊し、空間戦闘に適応せしめるM・G・B・S。
機体のコアモジュールとノーブルが乗る胴体部を守る、バイタルガードと各種生命維持装置。
ノブリスの機体状態や生命維持装置などの情報を管理し、ノーブルに伝える情報端末一体型のヘルム型バイザー。
人では扱えないほどに大型化した対メタル用魔杖銃、ガン・ロッドと、それを扱うための腕部マニピュレータ、ガントレット。
そして空を浮揚するためのフライトグリーヴに、背部に背負った高速機動用ブーストスタビライザー――これら全てがパッケージングされた、対メタル戦闘用魔道式エクゾスケルトン。
それがノブリス・フレームと呼ばれる、対メタル用空戦兵器の名前だった。
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数分後。
全員が<サーヴァント>やら<ナイト>やらを身にまとって集まったのち、ムジカは見世物のように全員の前に立たされていた。身にまとうのは、錬金科の生徒たちに与えられたのと同じ<サーヴァント>である。
<ナイト>級と呼称される量産型や爵位持ちノブリスと異なり、<サーヴァント>は非戦闘用だ。その違いはそれこそ単純で、戦闘のための機能そのものが<サーヴァント>には存在しないことにある。
機体構成こそほとんど<ナイト>と変わらない。だが致命的な違いとして、<サーヴァント>には背部のブーストスタビライザー――長いのでブースターと略されることが多い――がなければ、ガン・ロッドに回せる魔道機関の出力的余裕もない。
攻撃手段もなければ、敵から逃げるための機動性もない。だから同じ“ノブリス”としての構成要素の多くを持ちながら、<サーヴァント>はノブリスとしては扱われないことが多い。
(そのくせカテゴリー上はノブリスなんだから、ややこしいんだよな……)
結局は、戦闘用かどうか。そこで区分けされているだけなのだが。その区分けのせいか、あるいは名前のせいか、<サーヴァント>=平民用というような認識がされていなくもない。
そんなことを考えながら憮然としていると、おんぼろの<ナイト>を纏ったラウルが全体に向けて言う――何故か、どこかから持ってきたらしい二本の鉄の棒を携えながら。
「さて、皆には改めてノブリスを纏ってもらったが……正直に言ってみろ。転んだ奴、何人かいただろ。ああいい、手は上げなくていい。なんでかっつったら、初心者にはよくあることだからだ」
実際、転んだ何人かが手を上げようとしていたらしい。おそらくは、本当に今日ノブリスに乗ったばかりの者だろう。
みんなの前に立たされていたからムジカには見えたが、彼らをさげすんでいた者もいた。顔は見えずとも気配でわかる。
転んだ者をフォローするためか、ラウルは改めて説明する。
「普通に考えて当たり前なんだが、ノブリスは人間の体と比べりゃでかい。<サーヴァント>や<ナイト>の全長が、確か2.5メートルだったか。人体との差がそこそこある上に、その大半がフライトグリーヴの分だからな。足の長さを延長したようなもんなんだから、慣れてないならそりゃあ転ぶ」
まあ、それを見たくてノブリス着てもらったんだが、などとラウルは身も蓋もないことを言う。
「どれだけノブリスを扱えるかを見るって言っただろう。戦闘科に要求する水準は、まさしくそれだ。“自分の体のように扱えるか”。ノブリスを纏っても、普通に生活できるくらい体になじんでいることを俺は諸君に要求する。それができないノーブルは弱い」
はっきりと断言する。
その上で、ラウルは全体を一度見回してから、突きつけるように、
「さっき、転んだのを笑った奴がいただろう。答えなくていい。ただ聞くだけだ。胸に手を当てて考えろ――なら、お前はノブリスで自然に歩けるか? 走れるか? 性能に頼り切らずに戦えるか? 断言してやる。できない。できる奴は君たち戦闘科の中にはいない。人を笑える実力のある奴は、この中にはいない」
「…………」
「俺が君たちに求める、最初の水準を君たちに見せよう――ムジカ、来い」
この気まずい空気の中呼びだされて、流石のムジカも眉根を寄せた。
先ほどの発言からのこの流れでは、ラウルが全員に『お前はこいつ以下だぞ』と宣告したようなものだ。腕に自信がある――かどうかは知らないが。プライドが高い者ほどこの発言は受け入れられない。
(人を使って挑発すんじゃねえよ、恨まれるのこっちだぞ)
が、ラウルはお構いなしだ。ムジカが前に出ると、持っていた鉄棒を一本ムジカに放り投げた。
受け取って、剣のように軽く素振りする。確認したのはその棒というよりは、今纏っている<サーヴァント>の調子だ。
機能に不調なし。鉄棒をその辺の棒切れと変わらない感覚で振り回す。コンディションは良好。それを確認したうえで訊いた。
「M・G・B・Sは?」
「機体のみの半がけ。シチュは地上、格闘戦、フライトグリーヴとブースターは使用禁止。最初にガキどもにやらせるやつだ」
「チャンバラか。了解」
「久々だからな。稽古つけてやるよ、坊主」
からかうようにラウルが言う。バイザーの下、ムジカは犬歯を剥き出しにして、ラウルの挑発に笑みで返した。
「――上等」
告げて、適当に距離を取った。目測で、ラウルとだいたい五メートル――ノブリスなら、一歩で間合いに踏み込める距離。
開始の合図はない。構えはあくまで自然体だ。軽く肩を引いた、半身の構え。互いに同じ姿勢だが、それも当然だ。
戦う術の大半は、ラウルから学んだ。
「――シッ!!」
機先を制すように。先にムジカが踏み込んだ。
一歩で相手を間合いに含める、全力の突撃。構えは片手上段。ノブリスの膂力なら可能な、強引な構え。
頭上から降り下ろす一撃を、ラウルは鉄棒で容易く止めた。見え見えの一撃だったから受けられることもわかっている。その上でムジカは突撃をやめない。
狙いは相手の懐まで飛び込むことだ。インファイトを強いる――が、ラウルもそれは読んでいる。
踏み込んだ分に合わせて、ラウルは後ろへ飛んだ。更に頭上に掲げていた鉄棒を無造作に振り下ろして、近づこうとするムジカを上から叩こうとする。体を右に振って、ムジカは棒の横をすり抜けた。
懐に飛び込む。鉄棒すら邪魔なゼロ距離で、叩き込もうとしたのは掌打だ。掌底打ち。腹部を貫いて装甲を打ち抜く――
その掌に、正面から衝撃。
「……っ!?」
予想外のインパクトに、ムジカは悲鳴を上げかけた。
合わされた。掌打に掌打を。
更にラウルは後ろに跳んでいたので、その勢いを利用して距離を取られる。逆に手のしびれで、ムジカは足を止めてしまった。
そして今度は、逆襲が始まる。
こと格闘戦ではゴリゴリのインファイトを好むムジカに対して、ラウルの好みは得物を用いた中距離戦だ。
先手を譲ったのだから、今度はこちらの番とでも言うように、ラウルが踏み込んでくる。構えは上段。両手で構え、相手を真っ二つにする神速の一撃。
今度は、ムジカが受け手に回った。といって、本当にラウルの一撃を受けたりはしない。鉄棒が触れる、紙一重を見切って後方に跳んだ。受けたら衝撃でその場に縫い留められて、更に次手を防がされる羽目になる。
なら後ろに逃げ出せばいいかというと、そうでもない。まだ動く余地があるというだけで、ペースを握るのはラウルだ。後ろに跳んだ分だけ、ラウルもまた進んでくる。軽々と振り回される鉄棒を避け、時にはどうにか鉄棒で逸らし続けながら――
(腰痛設定はどこ行った!!)
ムジカはつい、内心で罵った。
明らかに腰を壊した人間の動きではない。仮病なのはわかっていたが。雨か嵐かといわんばかりの乱撃に、やり返せる隙がない。改めて思い知る――こう見えて、ラウルは最高レベルのノーブルなのだと。
そんなことを考えていたから、油断とばかりに隙を突かれた。
下段から振り上げられた棒を、どうにかこちらも棒で受ける――が、無理矢理間に合わせたのを見抜かれた。
受けた手を、その一瞬で蹴り上げられた。
「しまっ――」
しびれていたところに一撃を受けて、防御の要が手から離れていく。
それを目で追いかけることすらできなかった。何故なら、ラウルはその時既に次の攻撃を仕掛けていたからだ。
振り上げた棒をそのままの勢いで上段へ。構え、踏み込みと共に振り下ろす――両断の一撃。
(――こなくそっ!!)
落ちてくる一閃に、合わせたスウェイバック。それでは避けられないのもわかっているから――ムジカは倒れこむほどに状態を傾がせ、更には足を振り上げた。
フライトグリーヴを振り下ろしに合わせる。つま先が鉄棒を叩く衝撃が、ノブリスを貫通してムジカを痺れさせる。
それでも綺麗に決まったカウンターだ。ムジカがしてやられたのと同じように、ラウルもまた鉄棒を手放している――
と、ラウルが呆れたように言ってくる。
「お前、足合わせんのはダメだろ。フライトグリーヴは精密機器だぞ?」
「でも便利だろ足。次の<ナイト>は脛にブレードつけようぜ。ぜってー強いって」
「やめとけ。リムがまた文句言うぞ」
その辺りで、ごぉん、ごぉんと鉄棒がどこかに落ちる音。
両者ともに得物を失ったので、この辺りがやめ時だろう。
無言で見入っていた生徒たちに、ラウルが向き直った。
「見たか。これが“ノブリスを自分の体のように扱う”ってことだ。ノブリスで格闘戦は不要だと思う者もいるだろう。だが、これができない奴は簡単に死ぬぞ。間違いなくだ。何故かわかるか?」
「…………」
「わからない奴は覚えておけよ――メタルは獣だ。学習の浅い個体ほど、格闘戦をしかけてくるんだよ。メタルにしがみつかれて引きはがし方も知らないような初心者は、あっさり食われるのさ。文字通りの意味でな。お前たちがこれから相手をしていくのは、そういう敵だってことを忘れるな」
熟練のノーブルとして、あるいは傭兵として。そして今は講師として、彼は強く断言する。
「これから戦闘科は一人ずつ俺と実戦だ。やることは今見てもらった通り。それで実力を見た後、個々人に合わせた訓練を検討する。錬金科の子はここまではやらん。君たちはノブリスに慣れることが目的だから、しばらく遊んでるといい――ああ、アルマくんが皆の分の鉄棒を用意してくれているから、その辺でチャンバラしててもいいぞ」
言いながらトレーラーを示す。と、<サーヴァント>を纏ったアルマが鉄棒を見せびらかすようにぶんぶん振っていた。本当に何本も用意してあるらしい。
まあ、なんにしろ。
これ以上はお役御免ということで、ムジカは安堵の息を吐いた。





