3章幕間
フライトシップ、バルムンク。その艦橋から――
『悪いな、迷惑かける。メタルの殲滅が落ち着いたら連絡もらってもいいか?』
「ええ。何かあれば、こちらから連絡させていただきます。ムジカさん……どうか、ご無理はなさらないように」
『これ以上の無茶はしないよ。流石にな』
その言葉を最後に、ムジカとの通信は終わった。
そしてレティシアはくずおれそうになるのを、すんでのところで持ち堪えた。
素直に感情を表に出すことはできない――それは自分には許されていない。それが管理者としての立場だ。
だが胸の内だけはどうしようもなく、レティシアは必死に表情を押し殺しながら、内心で安堵のため息をついた。
(……よかった……本当に、ご無事で……!)
フライトシップが爆散し――そこから飛び出してきた<サーヴァント>に、見知った少年の姿を認めた時。そしてその<サーヴァント>が雲海に消え、後に爆発の閃光を見せた時、レティシアの血の気が引いた。
死んでしまったのかと思った。それを信じられるはずなどなくとも。雲海の中で緋色の光が瞬いた時、レティシアは悲鳴を上げそうになって、だが上げられなかった。声の出し方すらその瞬間に忘れた、それほどの衝撃と絶望だった。
それが覆った安堵に、今は浸っていたかったけれど。
「うぅ……ぐすっ……!」
聞こえてきたすすり泣く声に顔をあげれば、通信席に座るリムが、うずくまるようにして泣いていた。
気持ちはきっと自分と同じだっただろう。その少女をレティシアは目を細めて見やった。
彼女に抱く気持ちは、文字通りの意味での同情と――そして、たとえわずかでも心につきんと刺さる、嫉妬だった。
羨ましい、と感じてしまう。彼女にはそれが許されている。彼のために泣くことが。自分には許されていない――少なくとも今、その感情を表に出す弱さは許されない。
(ただの女として生きられたのなら、どれだけよかったことか……)
そうしてため息を一つ。そこで感情を頭から切り離して、レティシアは背後を振り向いた。
そこにいたのは自身と同級生である少女だ。立場も自分に限りなく近い。いずれ浮島アールヴヘイムを相続する、アールヴヘイムの管理者の嫡子――ヴィルヘルミナ。
彼女は愕然と目を見開き、獲物を失って滞空する敵……メタルを見つめている。
「どういう、こと……! どうして、スバルトアルヴからメタルが……!? スバルトアルヴが全滅してるって、どうして!」
その顔にあるのは恐怖や戦慄ではない。怒りだ。特に感情を感じたのはメタルに対してではなく、スバルトアルヴが滅んでいるという点についてだが。
水を差すつもりはなかったが、それでも事実としてそうなるのは避けられない。それでもレティシアは彼女に告げた。
「それはあくまで、アルマちゃんの見立てです。現状でわかっていることは、スバルトアルヴのエアフロントからメタルが出てきたという事実だけ……今我々がするべきなのは、スバルトアルヴの調査でしょう?」
「そんな、こと――私たちは!! 奴らから取り戻すために――っ!!」
咄嗟に、だろう。叫び返してきた彼女は、だが唇を噛みしめるようにして言葉を止めた。
いま彼女が口にしたのが、アールヴヘイムのノーブルがここにいる――そして戦争を仕掛けようとしていた理由なのだろう。だがそれを叫ぶことがこちらへの八つ当たりでしかないと気づいて、彼女は口を閉ざした。その自制が効く辺り、彼女は気位が高く、また気高い。
だがそれで引き下がる彼女でもなく、こちらが言及しなかったいくらかを見抜いて噛みついてくる。
「アルマー・エルマ……わかった。あなたたちがここに来たのは、彼女ね――あの子は、何を知っているというの!?」
「…………」
レティシアはその問いには答えなかったが――
それはレティシアも知りたい、この世界の謎の一つだった。
神童、奇才、異端児――レティシアの目から見ても。それがあのアルマ・アルマー・エルマという、一つ年下の幼馴染へのレティシアの評価だった。
生まれた時からああだった、とは思わない。だがレティシアがアルマと初めて出会った頃から、彼女は既にああだった。
視点が違う、とでも言えばいいのか。人への関心が極端なまでに薄く、常に周囲を冷めた目で見つめていた。人と進んで関わることなどほとんどなく、だというのに彼女はあまりにも多くのことを知っていた。
何故わからない? どうして知らない――それは彼女が子供の頃、大人によく言っていた言葉だ。誰かが教えたわけではないことを、当たり前の知識としてそらんじる。その不気味さが彼女を人から遠ざけた。
それが彼女を苛立たせ、余計に周囲との摩擦を生んだのだが。
そんな彼女と初めて出会った五歳の頃の一幕を、レティシアは未だに覚えている。
『あ? なんだねこのガキは……まさかとは思うが、父よ。私にこれのお守りをしろと?』
腹が立ったので容赦なくぶん殴った(昔はお転婆だったのだ)。〝冷血女〟とはその頃に付けられたあだ名だ。理不尽だと思う。
だが思うに、彼女はその騒動のおかげでこちらを〝人間〟と認識したような節がある――というより、〝人間〟という生き物がどういうものかを認識した、と言うべきか。相手もものを考えて生きているようだということと、どうも周囲の人間は自分より頭がよくないようだ、ということを学んだ(らしい)。
そんな彼女とは幼馴染として、なんだかんだと折り合いをつけてこれまで過ごしてきたつもりだが……それでも、未だに理解しきれない部分がある。
それがアルマー・エルマ――つまりはセイリオスの〝調律者〟としての、彼女の側面だった。
曰く――声が聞こえる、のだという。浮島の声が。アルマー・エルマの人間は〝調律者〟にそんな力はない、彼女の誇大妄想に過ぎないというが……浮島セイリオスの根幹システムは、アルマとそれ以外とで振舞いを明確に変える。それは揺るぎない事実だった。
彼女はその性格故にアルマー・エルマの当主の座にふさわしくないと半ば勘当されていた身だが……今ではその能力故に、彼女を当主にしようとする者もいるらしい。
(本当に、あの子はいったい何を見て、何を聞いているのやら……)
なんにしても、レティシアに答えはない。それをヴィルヘルミナも見て取ったのだろう。
舌打ちこそしなかったが表情はそんな調子で、彼女がこちらに背を向けた。
厳しい声音はそのまま、だが感情は排して告げてくる。
「……私たち、アールヴヘイムのノーブルは、スバルトアルヴからメタルが出てきたことを確認したわ。メタル襲撃の可能性を考慮した、状況の調査……そしているかもしれない生存者救助のため、スバルトアルヴへ乗り込む。セイリオスの管理者として、止めないわね?」
「ええ。事ここに至って、反論はありません。微力ではありますが、私たちもご一緒させていただきます」
「………………」
その言葉に対しては、何の反応も見せずに。
ヴィルヘルミナはそうしてブリッジから出ていった。
その場に取り残されるように、彼女を見送って。レティシアはふう、とため息をつく。
「悪い人ではないのですけれど……」
少々、こちらに対してライバル意識が強いのが玉に瑕ではある。年齢も立場も限りなく近く、だというのに実力で彼女を叩き潰したことが、殊更にこちらを意識させてしまったらしい。
悪い人ではないのだ。それがなければ……と、またため息をつこうとして。
「……ラウルおじ様?」
「…………」
今初めて気づいた。何にかといえば、彼の顔が難しい――あるいは、厳しい表情を浮かべていることに。
無言のまま、彼は浮島スバルトアルヴを凝視している。その手前で未だに滞空しているメタルを見ているのかとも思ったが、違うようだ。
メタルのさらに先を見据えるようにして……ぽつりと呟く。
「まいったな。読めなくなった」
「え?」
それはいったい、どういう意味か――
確かめようとするよりも先に、ラウルがこちらを振り向いて言う。
いつもより真剣な表情だったから、その顔がいやに記憶に残った。
「レティシア嬢。悪いが俺は前線に出るよ。こっちは任せる」
「おじ様?」
「あいつが死ぬとも思わんが、こういう時によくやらかすんだ、あいつ」
鬼が出るか、蛇が出るか――そう呟いて、こちらの返答も待たずにラウルはブリッジから出ていく。
気になったのは……その表情が、どこか思いつめているように見えたことだが。
「父さん……?」
「…………」
リムも同じものを見ていたからだろう。ラウルが去った後を、彼女は不安げに見つめていたが……
(……〝私の騎士様〟……)
同じような表情を、レティシアは浮島スバルトアルヴのほうへと向けた。
3章幕間更新です。
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