3-5 こうなったら、一蓮托生だ
〝それ〟は全ての願いを叶える究極の魔道具として、古代魔術師が生み出した。当時の王が望み、当時の魔術師が総出になって開発に取り掛かり――そして完成と同時に暴走し、古代文明を滅ぼした。
その体は銀の砂で構成され、望む願い、果たすべき役割に合わせて形状を変化させる。目的を理解し状況に適応して自らを変化させる機能を得るために、その魔道具は同時に使い魔として――つまりは生命体としてデザインされた。
それがメタリアル・ライヴズ――通称〝メタル〟と呼称される、人類史上最悪の仮想生命体である。
メタルが単なる魔道具としてではなく使い魔として生み出されたのは、望まれた能力を付与するための苦肉の策だ。必要とされたのは、状況を理解し学習する力。望まれた願いに自らを最適化させられるよう、それらには命が付与された。
その力が、人類にとっての脅威となった。
メタルの最たる特徴とも言えるそれは、暴走によって得た〝人類を殺害する〟という目的を、より効率的に果たす機能へと変貌した。学習した知識は集積され、メタルはより効率的な手段を会得する。
その学習が続いたなら、どうなるか。
その脅威が、今、目の前にあった。
「おいおい……冗談きついぜ……!」
呻くようにムジカは呟いて、頬を伝う冷や汗の感触に震えた。
睨む先は、目前に迫ったスバルトアルヴの沿岸部。エアフロントからまるで番人のようにこちらを睨むのは……四メートルはあろうかという、異形の獣だった。
見た目は猿のような、猫背の四足獣。動体に繋がる長い首は蛇めいているが、それ以外は類人猿めいたフォルムをしていた。
ただしその前足――あるいは出来損ないの腕が持つのは、ガン・ロッドに似た形状の長銃だ。足にはブースターと思しき排気口。背中に生えている翼は生物的な形状ではなく、ブーストスタビライザーなどに見られる機械的なウイングに近くて――
間違いない。最悪の状況だった。
あのメタルは、ノブリスを学習した。
「やっぱり、こうなってたか……!!」
抱えた<サーヴァント>の腕の中からアルマが、愕然とそんなことを言う。だがその顔には驚愕よりも、予想が的中してしまった悔しさが浮かんでいて――
そんな状況でもないというのに、つい半眼になって呟いた。
「……なにがどうなってたって?」
「メタルだよ!! 間違いない――あの浮島、もうメタルに滅ぼされてる!!」
「ンな大事なこと疑ってたなら最初から言えよ!! 変にもったいぶりやがって!!」
「仕方ないだろう!? まだ可能性の段階だったし、言えることと言えないことがあるんだから!? そもそも誰が信じるんだね浮島が滅ぼされてるかもなんて!! 小娘の戯言だと聞き流されるのがオチだよ!! 誰が信じてくれるというのかね!?」
「それでも言っとけって言ってんだよ!! 日頃の行い悔い改めろ!! 後で説教だ!!」
「なんで!? 私は品行方正に生きてるだろ――」
「黙ってろっ!!」
理不尽だとは思ったが、叫んでムジカは正面を睨んだ。
時間切れだ。しびれを切らした――なんてことはないだろうが。メタルがその長い鎌首をもたげるようにして、顔を上げる……
同時。その銃口がこちらを向いた。
(――来た!!)
その瞬間、ムジカは<サーヴァント>を通してフライトグリーヴに全力を命じた。通常のノブリスのように空を飛ぶのではなく、空を蹴るようにして横へ跳ぶ。
遅れて敵の銃口が火を噴いた。バシュゥン、と特有の音を奏でて強大な魔弾が放たれる。メタルの持つガン・ロッドもどきの見た目通り、魔弾のタイプは威力特化。その威力はフライトシップの艦橋を、装甲ごと一撃で消し飛ばすほどだ。
戦闘用ではない<サーヴァント>の装甲では一たまりもない――
「――ひょわあああああっ!?」
眼前すれすれを魔弾が過ぎ去る。迫る脅威にアルマが悲鳴を上げたが、彼女を気にする余裕はムジカには欠片もなかった。
更に追撃の二発目。再び空を蹴って回避するが、機体が反応に追いつかない。わずかにかすった右ガントレットの装甲が溶け、アルマの悲鳴の音色が変わった。
そして内心で、ムジカは舌を巻いた。
(まさか、俺があのバカのマネする羽目になるとはな……!!)
呆れるしかない。何にかといえば、こんなことを自分からやろうと思えたアーシャにだ。
機体が遅すぎる。装甲も頼りなく、攻撃性能など一切ない。これで戦場に出るなどまさしく自殺行為だ――それでもあの少女はそれをやったのだから、驚嘆するしかない。
メタルはなおもその場から砲撃を続ける。当たれば死ぬしかないのだから、ムジカは必死に逃げ回るが……
ふと気づいた。
(ぬるい? 戦闘経験が……学習が偏ってる?)
メタルがその場を離れる様子はまだない。機動戦ではなく砲撃戦指向。そのためのガン・ロッドは完全な威力重視で、連射性は劣悪だ。これはメタルが学んだ先だろうスバルトアルヴのノブリスが、これと同じ特徴を持っていたということだろうが――
それは明確な隙だ。ムジカが恐れていたのは、あのメタルが機動戦を仕掛けてくることだった。遠距離戦ならかろうじてでも回避が間に合うが、機動戦になれば<サーヴァント>に勝ち目はない。最初はまだ猶予があるかもしれないが、学習が続けば簡単に狩り取られるようになる。
だが今なら、まだ生き残る目はある。余裕がない状況そのものは変わらないが、それでもムジカはアルマに叫んだ。
「逃げるぞ!! 雲海に降りて敵の目を眩ませて、後ろのやつらに合流する!! 寒いだろうが我慢――」
しろ、と、続けるはずだった。
だがそれを遮るアルマの反応に、流石のムジカも目を剥いた。
「――それではダメだ!!」
「ああ!?」
「後ろに下がってる余裕なんかなくなった! 雲海を通って浮島の地下へ向かってくれ!! 雲海を生成する機構の傍に、浮島の整備用通路が――」
「ふ、ざけろっ――あんたなあっ!!」
流石に我慢の限界だ。これ以上は付き合いきれない。
(エアフロントなんてわかりやすい場所にメタルが控えていて、なのにノブリスが一機も出てこねえんだぞ――それがどういうことか、わからないわけがねえだろうに!)
間違いない。先ほどアルマが言った通り、スバルトアルヴが滅んだというのなら――今この浮島はメタルの巣窟になり果てたのだ。
そこに突っ込めと、アルマは言う。
咄嗟に口にした罵倒を、だがムジカは口にできなかった――<サーヴァント>の腕の中からこちらを見上げるアルマの目が、予想以上に悲愴な色を浮かべていたからだ。
「頼む――埋め合わせなら後でいくらでもする!! もう、キミしか頼れるものがないんだよ!!」
「――! ちっ!!」
だがムジカは返答しなかった――いや、できなかった。
時間切れというのなら、これこそまさしく時間切れだった。
メタルに感情などない。だから焦燥や苛立ちで叫ぶことなどまずないが――それでもそのメタルはそんな素振りを見せた。
そうして浮島の沿岸部から飛び降りると、機械じみた翼を広げて飛翔した。加速性能こそ悪いが、その速度は速い。ガン・ロッドで牽制を交え、一気に距離を詰めてくる――それを待ち構える余裕などない。
咄嗟の判断で、ムジカはアルマを空へ捨てた。
「えっ?」
そしてメタルへと突撃した。
迫るメタルが魔弾を放つ。体を捌いて射線から逃れるが、余波でバイタルガードの表層が融解し、衝撃が<サーヴァント>を捕まえる。
足が止まった、その一瞬をメタルは逃さない。伸びる顔、突き出されたガン・ロッド、空いた左腕、全ての形状が万力のように変形してムジカに迫る!
(一か、八か……っ!!)
その先へ。ムジカは一歩踏み込むと、こちらを砕こうと伸びてきた顔面を全力で蹴り上げた。
同時に常なら手癖で切断する、M・G・B・Sを切断しなかった――敵の前進推力と攻撃の威力。蹴りの反動まで組み合わせて、ムジカは機動を捻じ曲げる。
どちらへか――雲海へとだ。
捨てたアルマを空中で強引に掴み取ると、そのまま雲の中へともぐる。ムジカは休む間もなく<サーヴァント>を機動させた。この雲はメタルの認識を阻害するが、至近距離での目視まで妨げることができるかは未知数だ。メタルが目の前の人間をそう簡単に見逃すとも思えない。
逃げた先は――向かう先は、スバルトアルヴだ。
迷う暇などなかった。証拠に雲の上から何発も魔弾が降り注ぐ。あてずっぽうだろうが、おそらく相手は音を頼りにこちらを狙っている。至近弾の恐怖におびえながら、ムジカはそれでも全力で直進を続けた。
そして。
(――っ!! 見えた、アレか!!)
雲の中。霞む視界の先に、常なら雲海に隠された浮島の下層部。岩塊と機械、魔道具が渾然一体となったその塊の一か所に、ゆっくりと開かれていく闇色の通路――
うなじの辺りに突き刺すような痛み。
直感に突き動かされて、ムジカはその中へアルマを投げ入れた。
「――――っ!?」
そうして自身もまた<サーヴァント>のバイタルガードを解放すると、機動の勢いそのままに<サーヴァント>から抜け出して通路へ飛び込む――
それに遅れること、わずか一瞬。
置き去りにした<サーヴァント>に突き刺さった魔弾が、<サーヴァント>を爆散させた。
「あ――ぐぅうっ!!」
爆発の勢いがムジカを吹き飛ばす。通路に落ちたのはその後だ。勢いを殺しきれずにゴロゴロと床を転がって、だがすぐに体を起こす。
痛みを我慢して外を睨めば、ぽっかりと開かれていた通路の隔壁が、音を立てて閉じ始めているところだった。
ほとんど何も通せない、雲海の景色が狭まっていく。その中に一瞬、先ほどのメタルの姿が見えた。爆発の後を追いかけて、こちらを探していたのかもしれない。その姿も最後には隔壁に遮られて見えなくなる。
その閉ざされた扉を睨み続けて……ムジカは訝しんだ。
「追ってこない……?」
最後に、こちらを見られた――気がしたのだが。
隔壁はあまり厚いものでもない。やろうと思えばいくらでも破壊できるだろう。だがいくら待っても、敵の気配は感じなかった。
と、遅れて声が聞こえてくる。
「そ――それはまあ、そ……そ、そうだろうね」
「……?」
「う、浮島も、メタルも、同じ、ま、魔道具だ……ど、同類の腹の中に顔突っ込んで、まさぐるような機能はやつらにはないよ……少なくとも、今はまだ」
「…………」
当然のことだが、答えてきたのはアルマだ。振り向けば息も絶え絶えに、床に倒れ込んだまま言ってくる。発言内容こそ冷静そのものだが、顔色はすっかり青ざめていた。
そうして力尽きたように脱力すると、涙で滲んだかすれ声で、
「……し、死ぬかと思った……」
「言っとくが、今回死にかけたのは八割がたあんたのせいだぞ」
「悪かったよ……流石に反省してるから、今は勘弁してくれんかね。正直に言うが、泣きそうだよ」
「あんたにそんな機微あったのか?」
「……助手よ。キミ、今のは少々ヒドくないかね」
「誰のせいだと思ってんだ?」
軽口を返すと、流石のアルマも「うぐう」と潰れたカエルのような声を上げた。流石に思うところがあったらしい。本当に落ち込んだような様子を見せた。
と。
『――兄さん! 兄さん!! 応答してください――兄さんっ!?』
「……あん?」
不意に携帯端末から少女の声。強制的に通信が起動させられたらしい。気付いて端末に触れると、勝手にホロスクリーンが展開された。
映し出されたのは案の定、今にも泣きだしそうな妹分の顔だった。
『兄さん――無事ですかっ!?』
「リムか……悪いな、無茶をした。ひとまず生きてるよ。怪我もない」
『よ、よか……よかった……よかった……!』
こちらの生存を確かめたからか、思わずといった様子でリムが泣き出す。まあ、少なくとも<サーヴァント>は爆散したのだ。死を疑われても仕方がない。
ちらとムジカはアルマを見やった。流石の彼女もばつが悪そうな顔をしている。その様子から本当に反省はしているのだろうと見て取って、ムジカはため息をついた。
と――ホロスクリーンの映像が乱れる。泣き顔のリムから視点が移って、次に画面に映されたのはレティシアだ。
リムほどひどくはないが、彼女も顔から血の気が引いている。それでも気丈に微笑んでから、彼女は言ってきた。
『ご無沙汰してます、ムジカさん……ご無事ですか?』
「生徒会長か。リムにも言ったが、まあ一応はな。とりあえず、今はアルマと一緒に浮島の……整備用通路? だかなんだかに逃げ込んだよ。ひとまず安全は確保できてる」
その安全も、本当に安全かどうか判別がつかない程度には怪しいものだが。ため息をついて話を戻した。
「とりあえず、状況を報告する。あんたらにも見えてたと思うが、俺たちを襲ってきたのはメタルだ。スバルトアルヴのノブリスじゃない――どころか、ノブリスは一機も出てこなかった。これは憶測だが、スバルトアルヴはもう滅んでるぞ。じゃなけりゃメタルが闊歩してるなんてあり得るもんか」
『……これまで応答が返ってこなかったのは、〝全滅〟しているからということですね』
「たぶんな」
あるいは、ムジカには想像のつかない事態が進行しているのかもしれないが――
だとしたら、ムジカにはどうしようもない。益体もない思考は追い払って、逆にムジカから訊いた。
「それで、そっちは? アールヴヘイムの連中だかいうのを見かけたが、なんでここに?」
『ああ……どうも、彼らはスバルトアルヴと仲が悪いみたいで。今回の奇行を察知したので、それを理由に戦争を仕掛けるつもりだったみたいです。一応は、この空への反逆行為ということで理屈は通りますから』
「……なーんか、頭痛くなるような話が聞こえた気がするのは気のせいか?」
『気のせいだったらよかったんですけどね……なにやら、昔からバチバチやってたみたいで……』
歯切れ悪く、レティシアが答える。どうやら彼女も詳しい事情は知らないようだ。
(……そういや、ドヴェルグ傭兵団とか飼ってたんだもんな、こいつら)
ふと少し前にセイリオスで問題を起こした、スバルトアルヴ所属の傭兵団のことを思い出した。汚れ仕事担当で、話では人殺しやら誘拐やら悪事なら何でもこなしてきたとか。実際にムジカも被害に遭いかけたが……話の通りなら当然被害者がいるはずで、もしかしたらアールヴヘイムがそうなのかもしれない。
そもそも、隣り合う浮島同士の仲が悪いというのは別に珍しいことではない。古くはクラウ‐ガスマン間紛争が有名だが、犬猿の仲の浮島というのはちらほらあるのだ。傭兵として旅をしてきた中で知った。
まあどちらにしても、ムジカからすればどうでもいいことだ。話を戻そうとしたところで、先にレティシアが口を開く。
『とはいえ、状況は変わりました。スバルトアルヴが滅んだ――あるいは浮島がメタルに乗っ取られた現状を見過ごすわけには参りません。我々はこの後、スバルトアルヴに上陸し、メタルの討伐と航路の修正を行います』
「なんだかんだでやることはほとんど変わらなさそうだな。了解した」
『ムジカさんたちは……この後どうするおつもりですか?』
問われ、ムジカは微妙な表情でアルマを見やった。
彼女は無言でこちらを見ているが……
「とりあえず、救助待ちかね。フライトシップも<サーヴァント>もぶっ壊しちまったから、やれることがほとんどない。整備通路にメタルがやってくる様子もないし、待ってるよ」
『……わかりました』
それから二、三ほど話をして、通信を終わらせる。
そうしてため息をつくと、ムジカは未だ床に倒れたままのアルマに近寄った。
自分自身そうとわかるくらい凶悪に表情を歪めて、アルマの横にしゃがみ込みながら言う。キレる寸前のチンピラのように。
「さあて……そろそろ、話を聞かせてもらおうか」
「…………」
「埋め合わせはするっつったのはあんただぞ」
あるいはそれは、単にこの騒動の全てが終わった後の話だったのかもしれないが。
未だに逡巡するアルマにそれを切り出すと、彼女は観念したようだった。
ため息をついて、目を背けながら言ってくる。
「知らないほうが、いい知識だってあるというのは本当なんだ。できることなら、教えたくなどなかったんだよ……教える前に、終わらせられると思ってたんだ」
「ンなこと言ってる場合か? 何も知らないままこの後も協力なんてできねえよ――生徒会長にはああ言ったが、あんた、ここで大人しくしてる気はさらさらないんだろ?」
「……まあね。想定してた中でも、状況は最悪のようだから」
そしてまたため息をつくと、ゆっくりとアルマがこちらに視線を合わせる。
「……わかったよ。結局、キミの助けがなければ私は何もできない。こうなったら、一蓮托生だ。私が知ってる、教えられる範囲のことは全て教えるよ――キミは、私の助手だからね」
「一応言っとくが、あんたに払う敬意は今日で売り切れたからな」
まあ元々、そこまで敬意など払っていなかったが。「うぐぅ」とアルマがまたうめき声をあげたが、そこまで含めてどうでもいいことだ。
そうして立ち上がったムジカを見上げて、おずおずとアルマが呟いた。
「ああ、あと、その……悪いんだが、負ぶってもらえないかね? その……腰が、抜けてしまったみたいで……」
「締まらねえなあ……」
なんにしても。そんな流れで、ムジカたちはスバルトアルヴへの潜入を開始した。
3‐5章更新です
3‐3章の時にも触れてますが、この後更新頻度下がるかもです。ご迷惑おかけしますがご了承ください。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけたなら、ブクマやいいね、★★★★★などで応援していただけると作者としても励みになります。





