3-3 こちらセイリオス調律者代理。火急の事態により押し通る
「人の気づかいが無駄になった気がする」
「……いきなり何?」
明後日のほうを見やって唐突にそんなことを言ってきた父に、リムは胡乱な目を向けた。この父が突拍子もないことを脈絡もなく言ったりやったりするのはいつものことだが、それにしたって状況を弁えてほしいとは思う。
状況――そう、状況だ。ボケっと空に留まって、浮島スバルトアルヴをぼんやりと監視していた数時間前とは随分と変わった。
といっても、好転したわけでもなければ悪化したわけでもない。ただ単に、混沌とした。
フライトシップ、バルムンクのブリッジ。その通信席から鬱陶しげに背後を見やれば、そこでは数人の大人が――まあ、レティシアも大人に含んでいいだろう――口論していた。
「――そんなことはわかっている!! だが、我々には覚悟がある!!」
「だからあなた方を肯定せよと言われても、素直に頷けないこちらの気持ちも察してもらえませんか? 勇ましいのは結構ですが、事情を知らない管理者の立場からすると、戦争しますと言われてはいどーぞと答えるわけにも……」
「ならばどうしてここに来たのだ!? 無用な口出しをしに来たというのであれば、黙って見ていろ――我々は、この時を何年も待ち続けたのだ!!」
「意見を求めてきたのはそちらなのに……」
(まあ、それはそう)
……それを口論と呼んでいいのかどうかは、まあ議論の余地があっただろうが。
まあつまり、これが今の状況だった。
弁明どころか応答もなく異常行動を続ける浮島スバルトアルヴに、何があったかは知らないが、アールヴヘイムが気色ばんで戦争したがっている。どうやら今回の奇行を咎めることをきっかけとして仕掛けたいようだ。
傍目には年頃の女性であるレティシアに、強面の男たちが詰めよっているのもそれが理由だ。〝管理者〟という権力者の後ろ盾を経て、戦争を正当化しようとしている。
ただし状況も事情も未だ不明なセイリオス側としては頷くわけにもいかず、だからこうしてレティシアは険悪な押し問答に付き合っているというわけだ。
ついでに言うと、リムとラウルは傭兵でありレティシアの小姓扱いということで、蚊帳の外におかれているわけだが。
(そういえば、アールヴヘイムってセシリアさんの出身島だっけ)
制服をドレスめいたものに改造している、年上の同級生のことをふと思い出す。
彼女の趣味(と言っていいのかは知らないが)は少々奇異だが、アールヴヘイムの人間は大なり小なり似た特徴があるらしい。騎士服めいた彼らの服装にその気配を感じ取って、リムは微妙な表情をした。
と。
「――らちが明かないわね」
ふと交じった、凛と――というか、ツンと――した声に、きょとんとリムはまばたきした。
声はブリッジのすぐ外からだ。そういえば、十数分前に着艦許可を求められて許可を出したの思い出す。やってきたその誰かはしばらくの間、扉の前でその口論を聞いていたようだが……
扉の先から現れたのは、声の調子と同じ程度には勝ち気な顔立ちをした、戦闘服姿の女性だった。
歳はレティシアと同じくらいか。あとプロポーションも。特徴的なのは彼女の耳――というか、耳飾りだろう。イヤーカフのようだが、銀色の金属が耳の後ろに突き出すような形をしており、遠目には耳が尖っているように見える。何らかの魔道具のようにも見えるが……
そんな彼女の不敵な微笑みに睥睨され、アールヴヘイムの男たちはたじろいだようだ。
「……うええ?」
あとついでにレティシアも。貴族令嬢がしてはいけないような表情をした。
その顔にヒクと女性が顔をひきつらせたが、まあそれはともかく。
その数秒をなかったことにして、その女性は男たちに冷たく告げた。
「時間の無駄ね。さがりなさいな、あなたたち」
「――ヴィルヘルミナ様!?」
「交渉は任せろと言うからその通りにしたけれど。まさか上から力づくでとは思ってなかったわ。大願のためとはいえ、女性を怒鳴りつけて言うことを訊かせようなんて、美しくないわ」
「ですが!!」
「それと、あなたたち」
ぴしゃりと。一言で抗弁を遮って。
告げる女性の瞳には、冷ややかな――だが確かな怒りがあった。
「管理者の血筋には敬意を払いなさい。この空の秩序のために尽くしてきた、守護者の一族よ」
「…………」
その一言に打ち据えられて、男たちは意気消沈する。
不思議なのは、彼女――ヴィルヘルミナ?――がこの男たちを支配しているかのようなこの光景だ。まだ年若い彼女に、彼らは敬意や恐れを抱いているように見える。
なんにしても、ヴィルヘルミナは視線で男たちを廊下へ出ていくよう促すと、レティシアに向き直って微笑んだ。
その笑顔に、レティシアもにこやかに応じるが。
「お久しぶりね、レティシア様。配下が失礼したわ」
「いいええ。こう言っては何ですが、慣れてますし。お久しぶりです、ヴィルヘルミナ様。お元気そうで安心しました。あのメタル襲撃以来ですか?」
「そうね。私の〝シルフ〟の修理のための帰島だったから。でもおかげで、私の〝シルフ〟はさらに洗練されたわ」
そして睨むように獰猛にレティシアを見据え、不敵に言う。
「今度は、負けないわ――首を洗って待っていなさい」
「……うええ……」
そしてこれまたレティシアが心底嫌そうな顔をした。
そこでふと気になって、リムは隣のラウルにこっそり聞いた。
「仲悪いの? あの二人」
「んなこと俺に訊かれてもな」
「……そもそも、どちら様なの?」
それこそそんなこと、父に聞いても仕方ない――と思っていたのだが、父はあっさりと答えてくる。
「ヴィルヘルミナ・アールヴヘイム。戦闘科四年の生徒で、アールヴヘイムの嫡子だよ」
「……え?」
「――こそこそ話は感心しませんわね」
「わ?」
急に話しかけられて、思わずリムはそんな声を上げた。
いつの間にやらこちらに近寄ってきていたらしい。貴族らしい微笑みを浮かべながらこちらを見下ろしてくる。
そうして隣の父を見やると、彼女はお淑やかに一礼してみせた。
「お初にお目にかかりますわ、ラウル傭兵団のお二方。私、ヴィルヘルミナ・アールヴヘイムと申します。以後、お見知りおきを」
「おお、こいつはご丁寧にどうも。ラウル傭兵団のラウルとリムだ。会うのは初めてになるかな?」
「ええ。ラウル様が戦闘科の講師を務めているのは知っていましたけれど。あのメタル襲撃の件もあって、タイミングがかみ合いませんでしたから。ここでこうして会えたこと、光栄ですわ」
「アールヴヘイムの次期当主にそう言ってもらえるとこそばゆいね。だがまあ、しゃちほこばったのは好きじゃなくてね。今日はレティシア嬢のアドバイザー兼護衛としてここにいるんだ。気楽に頼むよ」
気安く応じる父だが。
にこやかに微笑むヴィルヘルミナの目には、親しみなどわずかにも覗いていない。リムにもわかるそれを、父が気付いていないはずもないだろう。敵意や悪意と言うほどではないが、何かがある。
それを確信させたのは、ヴィルヘルミナが出し抜けにこうささやいたからだ。
「――〝グレンデル〟とは、名乗らないのですね?」
「……おやおや」
笑う父の顔に、冷たいものが混じった。
だがヴィルヘルミナは動じない。むしろ挑むように微笑みを強めて、言ってくる。
「レティシア様とあなた様が来た、その目的はわかっているわ。アールヴヘイムとスバルトアルヴ、二島の争いの調停がお望みなのでしょう? 私たちの不仲をどうやって知ったのかは知らないけれど……でも、おあいにく様。私たちは引かないわ。復讐の時が来たのよ。誰にも邪魔はさせない――」
その顔には覚悟が――決意があった。暗い決意だ。何が何でもやり遂げるという、追い詰められた者の。
アールヴヘイムとスバルトアルヴの間に何があって、それが彼女らをここまで追い詰めたのかは、門外漢であるリムにはわからない――
だが。
「ちょうてい?」
「……何の話ですか?」
「……違うの?」
「そもそも私たち、アールヴヘイムとスバルトアルヴの仲が悪いって話も知りませんでしたから……」
三者三様に首を傾げたせいで、空気が壊れた。
訝しむように眉根を寄せたヴィルヘルミナが、ラウルとレティシアを見やって訊く。
「あなたがたは、アールヴヘイムとスバルトアルヴの戦争の機運を感じ取ったから、ここに来たのではないの?」
「いいえ? 私たちがここに来たのは、スバルトアルヴが航路を外れたのを感じ取ったからです。その原因の調査のために、ここにやってきたのですが……」
(……順当に考えるなら、この戦争? だかが原因なのかな?)
というより、それしか理由が思いつかない。つまり、スバルトアルヴはアールヴヘイムから逃げていたのだ。だから、全島連盟会議で定められたはずの航路を外れた。そう考えるのが自然だ。
となれば次に考えるのは、スバルトアルヴがそうまでしてアールヴヘイムから逃げ出さなければならなかった、その事情の方だが――
違う、と気づかされたのは、ヴィルヘルミナがこう訊いてきたからだ。
「――どうやって?」
「…………?」
「姉妹都市として生まれたアールヴヘイムの私たちよりも、遠く離れた場所にあるセイリオスが、どうやってスバルトアルヴが航路を外れたことに気づいたというの」
「……え?」
「私たちだって、彼らを監視していたから気づけたのよ? 彼らが航路を外れたのは突然だった。予兆なんか、何もなかったのに――」
(……あれ?)
そういえば、それは聞いていなかったとふと思い出して、レティシアを見やった。
今回のクライアントである彼女からは、スバルトアルヴが航路を外れたため、その調査に行くことしか聞かされていない。確かに他の浮島よりは比較的近い位置にあるとはいえ、スバルトアルヴの異変を察知した方法については聞かされていなかった。
その疑問のために見上げた先で……レティシアは、微妙な表情をしていたが。
なんと言うべきか、それは奇妙な表情だった。説明はできるが、それを信じてもらえるとは思っていないとでも言うような。
「それなんですけれど……」
と――その表情のままレティシアが説明を始めようとした、まさにその瞬間だった。
――Beep!! Beep!! Beep!!
「リムッ!!」
「ちょっと待って!!」
異常警報。叫ぶラウルに言われるまでもなく、リムは通信席のコンパネを叩いた。
システムが警告してくる情報を読み解いて、叫ぶ。
「後方から、急速に接近する熱源あり! これは……え?」
「どうした?」
「フライトシップが、接近中……だけどこのフライトシップ、セイリオスの識別信号が出てる?」
「え?」
という声は、レティシアがあげたものだ。きょとんとレティシアがあげた。
視線が一瞬、彼女に集まるが。どうも彼女も知らないらしいと踏んで、リムはすぐにディスプレイに視線を戻した。
表示されている情報に間違いはない。とんでもない勢いで、セイリオスのフライトシップが飛んできている。速度は明らかに限界ギリギリ。何かに追われてるのかと一瞬リムは疑ったが。
誰何のためにも通信を飛ばそうとしたまさにその直前、セイリオスのフライトシップが広域通信を起動した。
突きつけるように放たれたのは、硬質な口調をした少女の声だった。
『――こちらセイリオス調律者代理。火急の事態により押し通る。のろま共が邪魔をするな。以上』
そしてそのまま通信が切れた。
あまりにも率直で有無を言わさない宣言に、全員――おそらく周りにいるアールヴヘイムのフライトシップも――の反応が遅れる。
その隙を縫うかのように、セイリオスのフライトシップが駆け抜けていった。
空に留まっていたこちらとは違って、全速力で駆ける船だ。あっという間にこちらは置き去りにされ、フライトシップはぐんぐんとスバルトアルヴに近づいていく――
その様子を全員がしばし呆然と眺める中……ぽつりとレティシアが呟く。
「今の声、アルマちゃん?」
「セイリオスの、調律者の……代理? 一体なんなの?」
ヴィルヘルミナも呆然と呟く。あまりにも突然の事態なため、何が起こったのかすら把握しきれていない様子だが。
隣で父が、こう呟いてきた。
「なあ。いると思うか、あいつ」
「……兄さんんんん……」
いる。間違いなくいる。そんな感じがする。証拠は何もないのだが、リムには不思議と確信があった。あの兄貴分の巻き込まれ体質は、今に始まったことじゃない――
と、そこでようやくヴィルヘルミナが復帰したらしい。慌てて叫んでくる。
「そんなことより! 今すぐアレを止めなさい! 今私たちは、戦争を始めようとしているのよ!? スバルトアルヴだって、こちらが展開していることには気づいているはず!! 今スバルトアルヴに接近なんてしたら――」
そんなことを叫んでいる間も、アルマを乗せたフライトシップはぐんぐんと突き進み――
「……え?」
――そして浮島から放たれた一条の閃光が、フライトシップの艦橋を消し飛ばした。
3-3章更新です。
以降更新頻度下がるかもですが、引き続きよろしくお願いします。
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