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3-2 うっかり変なこと言ったら、キミを殺さなきゃならん

「――やれやれ。ようやく追っ手を振り切れたか。まったく、頭でっかちはこれだから……」

「とは言うけど、正しいのは絶対あっちだぞ?」


 などと、ぼやくアルマにムジカは眉間にしわを寄せて言った。

 そしてうんざりと顔を上げれば――目の前に広がるのは、ぱっと見には、どことも知れぬ空の景色だった。

 ムジカとアルマ、二人を乗せたフライトシップは護衛もないまま雲海上を飛んでいる。勝手気ままな旅と言えるかどうかは不明だ。なにしろ現在、船は最大船速で船体を軋ませながら駆けている。限界ギリギリの早さに機関部から軋む音が聞こえるほどだ。

 目的地があるにしたって、少々異常な旅路である。操舵輪を握って船にそれを命じるアルマはと言えば、きょとんと通信席のこちらを振り向いて、


「む? 説教の気配。何故私が非難されている?」

「何故ってあんたな。警護隊のフライトシップ勝手に奪って出奔なんて、普通に考えたら大ごとだぞ? 当直だったガディのやつもカンカンだったし」


 生徒会長案件ってことにして許してもらったけどよ、と付け足してぼやく。

 もちろん、口から出まかせの真っ赤な嘘だ。レティシアが目的地にいることはアルマが知っていたのでそこからでっち上げたが、それがなければ撃墜はなくとも拘束くらいはされたかもしれない。

 どちらにしても常識的に考えれば犯罪でしかない。どこ吹く風のアルマを疑わしげに睨んでから、ムジカは呻くように訊いた。


「そもそもあんた、俺に何の説明もしてねえって気づいてるか? そろそろ状況を説明してくれよ。何が起きてるんだ?」

「何が、か」


 繰り返したアルマは唇をへの字に曲げて難しい顔をしたが。嘆息すると、ようやく説明する気になったらしい。

 眼鏡を直すような仕草で一度間を置いてから、彼女は改まって言ってきた。


「まずは、端的に事実だけ伝えよう――浮島スバルトアルヴが〝航路〟を放棄した」

「あん? ……それ、一大事じゃねえか?」

「そうだよ。一大事なんだよ」


 だから言ってるだろう? とでも言いたげにアルマが唇を尖らせる。すねたように睨まれてもムジカからすれば困るのだが。

 そもそも〝航路〟とは何か。それは言葉そのままの意味だ。浮島の進む道。それだけの言葉である。

 それの何が大事かと言えば、この航路は基本的に設定された道から逸れることを想定していないし、許されていないからだ。年に一度、全ての浮島の管理者たちが集まって開かれる全島連盟会議。その中でどの浮島がどの道を行くのかを定め、それに従う決まりになっている。


 浮島が何故航路を設定するか。この理由は簡単で、地上にいるメタルの襲撃を避けるためだ。浮島は自らが生み出す雲海によってその身を隠しているが、雲がその場に留まり続けることなど本来あり得ない。故に浮島は自身の存在がメタルにバレないよう、雲が流れるように偽装してその身を隠しながら移動している。

 つまりこの航路を外れるという行為は、地上のメタルに人類が空にいることを気づかせかねない危険な行為なのだ。今でもなお少数のメタルが地上からやってくることはあるが、メタルは空に人類がいることを知らない(と、されている)。稀に現れるのは気まぐれが理由とされていた。

 そんな中で、雲が不自然な動きを見せたら地上のメタルは何を思うか。それを思えば、航路の迂闊な放棄はこの空に危機を誘発しかねない行為と言える。

 またこの航路――ひいては浮島が生み出した雲海は、フライトシップにとっても移動用のルートになる。行商人や島間フライトバスにとっても雲海は生命線となっており、その道が乱れることもまた浮島間の交流を阻害する危険な行いなのだが……


「……にしても、スバルトアルヴっつったか?」


 苦々しく呻く。

 言いたいことを察したのかもしれない。アルマもこちらと似たような顔をしたため言う必要はなかったかもしれないが、ムジカは勢いのままにぼやいた。


「なーんか、あいつらの名前を聞くたびに嫌な想いをさせられてる気がするのは気のせいか?」

「奇遇だね、助手よ。私も今嫌な気分でいっぱいだ。あいつらホントにろくなことしないな」

「……ん? なんでスバルトアルヴが航路を外れたのか、知ってるのか?」

「知らんよそんなの。だが、明らかに何かが起きたのは間違いがない――起こしたのか、やらかしたのは知らんがね」


 などと呆れたように突き放すアルマは、心底うんざりとした表情だ。が、気分としてはムジカも同じようなものだ。スバルトアルヴと関わるとろくな目に合わない。

 お互い顔を見合わせてため息をついてから、ムジカは呟いた。


「つまり、〝この空を救う〟ってのは、スバルトアルヴの航路を元に戻させることが目的ってことか?」

「…………まあ、そんなところだ」


 アルマが頷くまでに、微妙な間が開いた。彼女の声に合ったのは、間違ってはいないが……とでも言いたげな気配だ。

 その間と気配も気になったが、ムジカは改めて訊いた。


「――なんであんたが?」

「…………」


 その言葉に、アルマはきょとんとしたようだった。意外そうにこちらを見てくるが。

 ムジカからすれば、そんな反応をされることのほうが意外だった。


(スバルトアルヴの暴走だろ? なんであんたが手を出すんだ?)


 この件でレティシアが出張っていることは既に聞いた。ついでにラウルとリムも一緒に不在なのだから、二人もこの件に関わっているだろうことは想像に難くない。

 レティシアはセイリオスの管理者だ。いわば浮島の代表であり、またこの空の支配者の一人なのだから、スバルトアルヴの暴走を調査する理由も大義名分もある。ラウルも一応は関係者と言えるし、傭兵として雇われているので関わる理由はある。

 だがアルマは? 彼女はセイリオスの一生徒でしかないはずだ。

 ムジカが指摘したのはそれだったのだが、疑問自体は伝わったらしい。

 その上でのアルマの反応はといえば……誰が見てもそうとわかる、心底からのしかめ面だった。

 その顔のまま、吐き捨てるように言う。


「うるさくて、仕方ないのだよ」

「……あん?」

「ん、ああ。キミのことではない。紛らわしくてすまん……が、説明するの難しくてね」

「……さっき言ってた、事情が入り組んでるとか言ってたやつか?」


 説明を要求した際、そんなことを言って流され続けたことをふと思い出す。ここ最近実家へ監禁されていたらしいこととか(ついでに今も着ている紺のドレスの事情とか)、錬金科の講師がアルマを追いかけてきたこととかを踏まえると、確かに事情がありそうだとは思うが。

 言及したから気になったのだろう。自分の格好を見下ろして、後ついでに汚いものでもつまむように自身のドレスをつまんでから、アルマが複雑そうにこちらを見る。


「助手よ。キミはこれ見てどう思うかね?」

「どうって。まあ……見た目は貴族のお嬢さんっぽいなとは思ったけど」

「そう、それだ。その通りなんだよ」

「……どの通りだって?」

「だから、事情だよ。つまり……実家というか、アルマー・エルマの事情なんだよ。以前、話したことがなかったか? 私は貴族の出自だが、責務を果たすのが面倒で放棄したって」

「……ああ。そういやそんなこと聞いたっけか?」


 あれは確か、この島に入学して少しした後の頃だったか。メタル襲撃事件の際、出撃する直前にアルマとそんな話をした記憶がある。家を継ぎたくないからワガママ言って家出したとか、そんな話だったと思ったが。

 こちらが覚えていることに満足したらしい。アルマは鷹揚に頷いてから、

 まどろっこしいとでもいうのか。彼女にしては珍しく、歯切れ悪く言ってくる。


「要は、その絡みでね。アルマー・エルマ家は実際にはアルマーとエルマ、二つの貴族家が合わさっている一族で……いや、この辺りは別にいいか。だが、うーん……? ここに触れないとなると、あれの説明が面倒だな。でもその辺りは説明するわけにも……どう説明すればいいんだこれは?」

「……何を困ってるんだ?」

「説明が難しいんだよ。本当に複雑というか、説明していいことと悪いことが絡み合っているせいで、正しく情報を伝えるのが難しいというか……」


 本当に困っているらしい。舵輪から手を離し、腕を組んでアルマはうんうん悩んでいるが。

 その呟きは、そんな中でぽつりとこぼされた。


「うっかり変なこと言ったら、キミを殺さなきゃならん」

「えっ」


 思わずぎょっとアルマを見やる。

 流石のアルマも流石にと言うべきか、今の発言が問題だとは思ったのだろう。眉間にしわを寄せたまま、こちらに目を合わせて言ってくる。


「この空には、一般人が知ってはならないようなことがあるのだよ。知ること、ただそれだけのことが禁忌となるようなことがね。今回の件はそれに抵触する。それはもうどうしようもなく抵触する……だから助手よ。うっかり変なこと知ろうとしないように。知ったら私がキミを殺さにゃならんからな」

「なあ。帰りたくなってきたんだが。帰っていいか」

「ダメに決まってるだろう。キミは私の助手なんだから」


 ダメらしい。正直理不尽ではある。助手というのも勝手にそう呼ばれているだけで、別に自分からなったわけでも名乗っているわけでもない。そもそもこの旅路だって拉致同然に連れてこられただけなのだが――

 と、言い返そうとしたその瞬間だった。


「……まあ、本音を言うと、だ」


 そこでアルマが珍しく、ため息をつくとしおらしい態度を取った。


「事情を説明してやれなくて悪いとは思うが……今の私には、キミ以外に頼れるものがないのだよ。生憎、運動神経には恵まれなかったものでね……いざという時に、成すべきことを成せないのは困るんだ。だから……」

「…………」

「キミに帰られると、その……正直、すごい困る」


 眉根をハの字に下ろし、伏し目がちにこちらを見て、申し訳なさそうに言ってくる。

 そんな様子に、ムジカは思わず目を剥いた。いつもの不遜な態度からは想像も出来ないような殊勝さだ。

 身長のせいもあってか、おずおずと窺うようにこちらを見る彼女は子供のようにしか見えなかったが。

 ため息をつくと、ムジカは観念するようにつぶやいた。


「……まあ別に、帰ったところでやることあるわけでもないしな」

「……えっ?」


 きょとんとしたアルマの顔が、ぱあっと明るくなっていくのを見ながら。

 呻くように言う。


「あんたが何を想定してるのかは知らんが、頼りにされても困るぞ。<サーヴァント>しかねえんだから、やれることもほとんどないし。それでもいいんなら仕事として受けるけど」

「助手――おお、助手よ!! いいのかね? 本当に!?」

「いいも何も、あんたが巻き込んだんだぞ? ここまで来て帰るのも寝覚めが悪いし……言っておくが、貸し一つだぞ。そこんところは覚えておけよ」

「もちろんだ、十二分に借りておくとも! いやあ、流石私の助手! 主人想いのいい助手じゃないか!! 帰ったらキミの<ダンゼル>、もっとキミ好みになるようパーフェクトに仕上げてやるからな!?」

「いやそれはいらない。切実に」


 そもそもあの<ダンゼル>はパクられたので、機体自体存在していないはずなのだが。アルマはまだ諦めてないらしい。

 先ほどの様子が嘘か幻だったかのようなアルマの様子に、ムジカはため息をついた。

3-2章更新です。

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