2-5 物は試しだ
「――あれ? サジたちじゃん。どったの?」
というのが、中央演習場とやらで聞いた第一声だった。
校舎裏、とでも言えばいいのか。学園の中央校舎の裏側にある、コロシアムめいた円形闘技場――とでも言えばいいのか。観客席まで用意された広大なその広間は、聞いた話では主に戦闘科のランク戦に使われる場所だという。
そんな場にぞろぞろと集まってきたムジカたちに、かけられた声というのが先ほどのものだ。きょとんと見やればアーシャが目を丸くしている。
呼ばれた当のサジは、彼女を見つけると簡単に説明した。
「なんか、実技演習するからついて来いって。戦闘科と合同って聞かされてたけど、アーシャも?」
「うん、そう。ノブリス乗ったこともない人がいたりとか、適正とか実力見たいから集まれーってことらしくて」
錬金科と同様に、戦闘科もつい先ほど集まってきたところらしい。二人が話しているのをしり目に辺りを探れば、確かに戦闘科なのだろう学生たちの固まりがあった。
なんとなく錬金科と違うな、と思うのは、その彼らの表情というか、佇まいというか――雑にまとめれば雰囲気だ。
何がどう違うのかというと言葉にしにくいが、戦闘科の彼らは錬金科と比べると、どうも“しゃん”としているように感じる。背筋が伸びて姿勢がいい、というのは確かにその通りなのだが、それだけでなく。
(表情が違う……ってところか? 気負ってるだけなら、まあ別に気にもならねえが……)
彼らはおそらくは皆、貴族の子だ。ノブリス乗り――“ノーブル”と呼ばれる者は大抵がそうだが。故にというのか、彼らの表情は気負いや掲げる“誇り”に対する自負に満ちている――ついでに言えば、だからこそのエリート意識や増長も。
自分はお前らとは違うんだと、そうあからさまに見下してくる視線がいくつかある。
貴族が“身分”ではなく“役割”となったのは遥か昔のことだが、それでもその役割故に、多少の優遇が貴族にはある。浮島によってはその“多少”が行き過ぎて、貴族が悪い意味で“貴族”をしているところもなくはない。
一応学園の規則を読む限り、この学園内では貴族も平民も扱いは同等を徹底しているようだが。ムジカはそいつらの顔を要注意人物として脳内に控えた。
「ふっふっふ……」
と、その辺りでアーシャとサジとの話が終わったらしく、薄気味悪い笑い声が聞こえてきたが。
「…………」
「……ふっふっふー!」
「…………」
「ふっ! ふっ! ふー!!」
「アニキー。気持ちはわかるっすけど、無視するのはかわいそっすよ?」
「……これに関わらなきゃならん、俺のほうがかわいそうじゃねえか?」
リムに袖を引っ張られて、ムジカはうんざりとため息をついた。
仕方なく向き直れば、半分涙目のアーシャがこちらを指さして言ってきた。
「ま、また会ったわね、我がライバル!!」
「……なあ。イタい奴の仲間だと思われたくないから、ちょっと近づかないでくれるか?」
「そういうこと言うのやめて。今ちょっとメンタルにキテるの」
「ならライバルって言うのをやめろや」
何やら胸を押さえて苦しそうにする駄犬に、ことさら冷たく告げると。
涙目のまますがるように、アーシャはこう言ってきた。
「……そしたら優しくしてくれる……?」
「おい。お前んとこの駄犬、図々しいぞ」
「だから言ったでしょ。今日は駄犬度高いって」
「ちょっと!? 人が傷ついてるんだから優しくしてよ! サジもなんでそっちに付いてるの!?」
表情の忙しいアーシャには付き合わず、ひとまずムジカは辺りを見回した。
探したのはアルマだ。ここまでムジカたち錬金科を先導したのが彼女だが、今その姿はどこにもない。連れてこられてそのままほったらかしはさすがにないだろうと思っていたのだが。
代わりに別のものを見つけて、ムジカは思わず呟いた。
「おい、リム。あれ、ラウルじゃないか?」
「え? ……あ、そっすね。父さんっす」
「父さん?」
最後はアーシャの声。二人が見ている方向をきょとんと追いかけるが。
演習場の中央。ここから少し離れた場所に、ぽつんと一つ人影があった。ラウルだ。その隣にはオンボロの<ナイト>級ノブリス――ムジカがこの前まで使っていたノブリスがある。
そして彼の背後には、浮島内でノブリスを運ぶための大型トレーラーがある。実技演習ということならおそらくは、そこに人数分のノブリスが詰まっているのだろうが。
この演習場に集められた数は、戦闘科も合わせて四、五十人ほど。その全員分のノブリスがトレーラーにあるとは……と思っていると、また新しくトレーラーが演習場に出てくる。
そこでようやくアルマを見つけた。トレーラーは彼女が運転しているようだった。あの小柄な体格で大型トレーラーを運転する様は、どこか不安を感じさせなくもないが。
そのトレーラーが止まったあたりで、ラウルが声を張り上げた。
「全員集合ー!!」
「……なんで父さんが仕切ってるっす?」
「講師だからだろ?」
そういや朝からいなかったなと、今更そんなことを思い出す。ムジカとリムはラウルに強制されてセイリオス郊外寄りの賃貸一軒家に住むことになったのだが、朝見なかったのはこの準備ためだったらしい。
号令に驚いたからか、あるいはそういうものなのか。誰かが走り出したのを皮切りに、全員が駆け足で集合する。リムのペースに合わせたので、ムジカたちが最後尾だ。
なんとなく右に戦闘科、左に錬金科と別れて整列すると、ラウルは一度咳ばらいを挟んで言ってきた。
「ようし、よく来た。俺は今年から戦闘科の実技演習担当講師になったラウルだ。今日は早速だが、諸君の実力を測るのも兼ねて実習で訓練を行う。後ろのトレーラーが見えるか?」
と、ラウルが振り向きもせずに背後を示す。
タイミングを合わせたのか、そこでトレーラーのハッチが開いた。中には待機モードのノブリスがぎっちり。それぞれ<サーヴァント>級と<ナイト>級が、人数分用意されているようだ。
「今回の演習では、諸君がどれだけノブリスを扱えるか、現時点での実力を見る。と言っても、中には乗ったこともないって奴もいるだろう。そういう奴は安心しろ。戦闘科は、そういう奴を教えるための学科だ。むしろろくに学びもしないで偉そうな半可通のほうが危ない。何も知らないことは、悪癖を身に着けているより遥かにマシだ」
聞いた者によっては喧嘩を売られたと思わせかねない発言だ。事実、故郷で訓練を積んでいたのだろう何人かの目に険悪な色が浮かんだ。
さすがに思うところがあったのか、リムが囁いてくる。
「あんな、自分の教えこそが正道だーみたいなこと言っていいんすかね。バリバリの喧嘩戦術上等派じゃないっすか、あの人」
「まあ間違いじゃないが。根本の教え方は王道だぞ、アレで」
「ホントっすか……?」
誓って言うが、本当のことだ。まあ、その王道が他の浮島にとってどうかは知らないが。
「そんで、錬金科の諸君」
と、話の矛先がこちらに向いたので話を切り上げる。
「君たちに今日集まってもらったのは、君たちも<サーヴァント>とはいえノブリスを扱うことがあるからだ。ノブリスの整備には<サーヴァント>が必要になることも少なくはない……というより、便利だからな。大抵の場合、<サーヴァント>を使ったほうが楽だ。そういうわけで、君たちにもノブリスに慣れてもらうために集まってもらった」
「…………」
「戦闘科の子たちと違って、君たちはそれこそ乗ったこともないって子も多いだろう。だから、そうだな……今日はお試しみたいなもんだと思ってくれ。何事も、慣れることから始めるもんだ」
戦闘科に向けた言葉と比べれば、まだ優しい言葉だ。
が、そもそも錬金科は戦闘に出ないし、<サーヴァント>にもそのための機能はない。ついでに戦うべき義務もないのだから、言葉が優しくなるのも当然だろう。
どちらにしても、そこで話は終わりらしい。手短に切り上げて、また全体に話を戻す。
「長話は好きじゃない、とっとと始めよう。後ろのトレーラーでノブリスを受け取ったらまた集合だ。準備ができたら、何をやるか説明する――ただ、いきなりの実習だ。不安に思う奴もいるだろう」
と。
そこでにやりと笑ってラウルがこちらを見たので、ムジカは頬を引くつかせた。感じたのは、明確なイヤな予感だ。
そして予想通りに、嫌な予感は的中した。
「物は試しだ。君たちに何を要求しているのかを見せよう――ムジカ、付き合え。難しいことはしないから、<サーヴァント>で構わん」
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