1章幕間
「……少々、やりすぎたのではありませんか?」
というのが、気絶したムジカを抱えて降下した直後の、レティシアの言葉だった。
彼女は心配そうに、ラウルが片腕に抱えているムジカを見つめている。リミッターなしの魔弾を顔面に直撃させたので、ムジカは完全に気絶していた――といって、当て方には多少工夫をした。丸一日は起きてこないが、むち打ちにもなっていないはずだとラウルは思っている。
なんにしても、ラウルは苦笑した。レティシアの言う通りだと思ったからだ。傍目には、やりすぎに見えても仕方がない。だからこその苦笑だ。
肩をすくめてラウルは告げた。
「私自身、そう思わなくもないがね。だがこいつ相手に、手を抜くなどという選択はあり得んよ。でなければ私が死んでる」
「死んでる、ですか? 危なげなく戦っておられたように見えましたけれど……」
「そういう風にコントロールしたからな」
というより、〝レヴナント〟を相手に遠距離戦を挑めたなら自然とそうなる。
かの機体はそもそもインファイトを前提とした機体だ。ガンファイトの距離ではやれることが極端に少ない。その距離を維持できたなら圧倒したように見えるだろう。
だが、そう――実態は、そう見えるというだけだ。
嘆息すると、若干の非難を含んだ視線に率直に呟いた。
「さっきの、最後のバカみたいな突撃。あの時、何発わざと外したと思う?」
「……え?」
「答えはゼロだよ」
レティシアには、理解できなかったらしい。というより、実感できなかったか。
ぽかんと呆けたレティシアに、半ば投げやりにラウルは告げた。
「元々、回避性能に特化した機体だからな。当てられないのはまあ、仕方がない……が、予知した回避方向に向かって撃とうとすると、こいつはその変化を察知して避けるんだよ。未来予測を、持ち前の反射神経だけでねじ伏せやがる。最後の突撃だって、こちらを倒すために致命傷だけは確実に避けていた。続けていたら、おそらく相打ちだっただろうな」
管理者の血族は力を持つ。その一つが〝未来視〟と呼称される力だが、この力が見せる未来はあくまでも予測だ。未来は確定しておらず、だからこそ修正の余地がある。
そしてそれこそが弱点だ――と、少なくともムジカは思っている、らしい。
ムジカの未来視対策は単純だ。見えた未来を修正するために変化させた行動を、察知して対応する。ただそれだけ。こちらの予測に基づいた〝後出し〟に、更に〝後出し〟するのだ。結果は〝後出し〟の応酬になり、どこかで必ず破綻する。
未来を見据えた動きの変化を即座に察知し、相手の狙いを裏切るよう動く。マクロの視点で動くこちらの行動をミクロの単位で分解・分割し、未来予測の手の届く範囲を極限まで制限する――そうして極限まで時間を刻めば、未来視の効かない反射速度の勝負に持ち込める……と、ムジカは思っている。
バカバカしいと思うのは、それが弱点でもなんでもないことだ。
「やってられんよ。こいつらとやりあうと、いつもこうだ。しかもそれが、誰にでもできることだと思ってるらしい。そんなことができるやつが、この空にどれだけいると思っているのやら」
ムジカ――いや、ジークフリートの血族は、だから度し難いのだ。
ガキの夢想と断じられても仕方のない〝それ〟を求め続けた。全てはメタルを滅ぼすために。
ノーブルであれば誰もが求める力の、一つの方向性。その妄念の結露こそが、ジークフリートと呼ばれた一族だ。
「メタルは人間から学習し、形質を変化させて、状況に対応する。最盛期のメタルはそれを一瞬でやってのけた……その〝最適化〟に負けぬよう、こいつらは変化に即座に対応するための力を求め続けた。結果がこれだよ。管理者の未来視をほとんど無効化する存在となった」
「ですが、それは……」
レティシアは気づいたらしい。その恐ろしさに。
苦笑すると、ラウルは彼女の感じた恐怖を肯定した。
「そうだよ。彼らの力は、まるで管理者を倒すためにあるようだろう? ……まあ、メタルを倒すための力を求め続ければ、自然とそうなるのだがね」
――なにしろメタルに盛り込まれた機能は、管理者の未来視に限りなく近い。
それを、そしてその理由を口にはしなかったが。
ラウルは嘆息して、腕の中でぐったりしている〝バカガキ〟を見やった。
無茶な突撃をしたせいで、機体はズタボロだ。頭部のバイザーはラウルが撃ったせいだが、大きく焦げた跡がある。この分だと修理するまでまともに動かせないだろう。
無駄な負傷であり、無意味な損傷であった。あの無謀な突撃さえなければ、試合はラウル有利のまま膠着しただろう。近づかなければムジカは有効打を放てないが、それはこちらも同じだ。あの反応速度に攻撃を当てられない。まだラウルには及ばないが、ムジカの技量はその域にある。
だからこそ、ムジカはさっさと降参するべきだったのだ。どこかで敗北を認められたなら、ここまで傷を負う必要はなかった。降参を宣言されたら、ラウルはボロクソに罵りながらも銃を納める用意があった。
だがムジカは敵を倒す選択をした。こちらを倒す、それだけのために、自らを省みない選択をだ。
(自分が死んでも敵を倒すための戦術、か……随分とバカげた戦い方を覚えたものだ)
勝つことを諦められない……というのとは少し違う。というより勝利条件が違うのだ。ムジカの勝利に、自身の生存は含まれていない。明らかに間違った戦い方だ。
だが彼は、そんなものに馴染んでしまった。七年前のあの事件が――彼の復讐を望む心が、彼を〝それ〟に最適化させた。
苦みを感じたのは、誰のせいでそうなったかを考えたからだ。
彼が健やかに育っていたのなら、おそらくこうはならなかった。こんな場所にいることもなければ、傭兵になることもなかった。本来ムジカが覚えるべきだった〝ジークフリート〟の戦い方を、正しい形で学んでいたはずだ。
彼がこうなったのは、全て自分のせいなのだ。
(まったく……いったい、どのツラを下げて説教したものやら。お前が言えた義理ではないだろうに)
皮肉に頬を歪めたが、実際に感じていたのは羞恥だ。間違いなく、ラウルは恥を感じていた。
〝管理者〟の血族は未来がわかる? とんだ世迷い言だ。もし本当にその通りなら、自分はこんな場所にはいないし、唯一の友も死んでいない。メタルも暴走などしなかっただろうし……この空も人間も、こんなクソッタレではない。
その無情さを、しばらく無言で噛みしめたが。
ふと気づいて、ラウルは問いかけた。
「考え事かね?」
「…………」
彼女はしばらく、答えることを躊躇うように唇を引き結んでいたが――
やがてぽつりと、こぼすように呟いた。
「……結局、謝れていないなと思いまして」
「なんだ、そんなことか」
苦悩を抱えて複雑そうにムジカを見るレティシアに苦笑してから、ラウルは肩をすくめた。
「こいつはガキでバカだが愚かではないし、道理も弁えているよ。理由はさっき聞かせた。自分のせいだと知れば、キミへの怒りはなくなるだろうさ」
「……この島のために、利用したのに? 彼と向き合うのが怖くて、逃げ回っていたのに?」
「ああ。理由が正当ならこいつは飲み込むよ。先に言っておけとでも言うくらいはするかもしれんがね」
道理を弁えるとはそういうことだ。ムジカは管理者の苦悩を知っている――その全てを知るはずはなくとも。人が人の上に立つことの困難を、彼は自分の傍で見ていた。
何かのためには大切なものさえ犠牲にし、見捨て、切り捨てる必要があることを、彼は知っている。
それが自身にとっては大切でないものだとしても。
(つまるところ、あいつがあんな性格になったのも俺のせいってことなんだがな)
自嘲を含んだため息は、音にはしないし表情にも出さない。胸中でひっそりと殺した。
何故そうしたかといえば、ムジカを見つめるレティシアの邪魔をしたくはなかったからだ。この少女が管理者となってしまった以上、そうしていられる時間はそう多くない。
数えて、わずかに十秒。その最後に小さく息をつくと、レティシアは顔からその苦悩を消した。切り替わったと、こちらでもわかる程度の変化だ。
そして困り顔を浮かべると、こう訊いてきた。
「……話を戻しますけれど、ムジカさん、どうされますか? 元々、今回彼をお呼びしたのも仕事の話をするつもりだったからですけれども……」
「それなんだがね」
ふと思い出す。ムジカがバカなことを言ったから話がこじれたが、元はといえば仕事の相談のためにムジカを呼んだのだった。
だが今日の様子を見た限り、メンタル的に連れていくのには不安がある。というか、だからこそ最後にムジカが避けられない距離から、わざと頭を撃ったのだが。
ラウルは努めて気楽を装いながら、告げた。
「こいつは今回は置いていくよ。言った通り、人生について振り返ってもらう。この有様だとおそらくだが、連れてっても役に立たん……鉄砲玉としてならまあ、今のままでもいいんだろうが。使い捨てたいわけでもないんだろう?」
「それはまあ。ですけれど……戦力、足りますか?」
「さあて、どうかな……いざとなれば私が出るが、そもそも何が起こってるのかがわからんからな」
言いながら、ラウルが見やったのは遠くの空だ。
といって、空には青色が広がるだけ。本当に見たかったものはここからでは見えなかったが、その視線の方角にそれがあるはずだった。
そちらを見つめたまま、ぽつりとラウルは呟いた。
「何の連絡もなく航路を外れ、未だに何の弁明もない浮島スバルトアルヴの調査、か。暴走か、それとも単なる人災か……何事もなければいいんだがね」
だがそんなことはないんだろうと、暗鬱にラウルはため息をついた。
1章幕間更新です。
次回更新予定は不明です。書籍化作業等のため、しばらく間が開く見込みです。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけたなら、ブクマやいいね、★★★★★などで応援していただけると作者としても励みになります。





