1-6 お前、ラウル傭兵団謹慎決定
「なあ、ラウル……本当にやるのか?」
「うるせえ」
「…………」
とんぼ返りの形になった、セイリオス郊外の第七演習場。人気のない広場には、二機のノブリスと一人の女性の姿がある――つまりは自分にラウルと、レティシアだ。
既にムジカもラウルもノブリス――こちらは〝クイックステップ〟、あちらは<ナイト>――を纏っているので、相手の表情などわかるはずもない。が、ムジカは取り付く島もないラウルの様子に苦い顔をした。
そんな二人の間から、ちらちらとレティシアがこちらを気にしている。その顔にあるのは同情というか、こちらを案じるような気配だが……
(勝てるわけねえだろ……?)
いかにもやる気満々なラウルとは対照的に、ムジカの気力はとことん萎えていた。
そもそもの話、ラウルとレティシアに怒りを向ける原因の発端が自分にあったのだ。リムを巻き込んで欲しくなかったというのは変わらないが、それが自分のせいとなれば怒りなど続きようがない。もっとやりようがなかったのかという問いは自分にも刺さる。
加えて、対戦相手が対戦相手だ。ムジカの知る限りにおいて、ラウル・リマーセナリーは最強のノブリス乗りである。グレンデルにいた頃、何度か訓練をつけてもらったことがあるが、彼との戦闘で勝てたことなどただの一度もない。
この二つが組み合わさった今、ムジカのモチベーションは最悪もいいところなのだが。
「今更やめようって言ったらキレるからな」
「…………」
「手を抜いたらもっとキレるからな」
「……………………」
救いがどこかに落ちてないかとレティシアを見やったが、彼女の反応は困ったような苦笑だった。
「え、ええと……がんばってくださいね?」
「…………」
つまり救いはないらしい。
どうしようもない気持ちを噛みしめると、ムジカは観念して空へ上がった。ラウルも追いかけてくる。
戦闘のルールは決闘に準ずる。つまりは実戦形式だ。ガン・ロッドにはリミッターもなく、正真正銘の本気。
ただし今回は審判役がいない。レティシアは生身なので地上からこちらを見上げている。彼女はただの観客でしかないのだが、その彼女にラウルが叫ぶ。
「レティシア嬢。合図だけ頼む」
言いながら、視線はわずかにもムジカから離れない。ラウルは気をたぎらせている――
ガントレットの中で、握り締めていた手のひらがじわりと汗ばんだ。
普段の戦闘で感じるのとは別種の緊張に、ムジカの体が強張る――
ちょうど、そのタイミングだった。
「では――始めっ!!」
何の余韻も溜めもない、レティシアの宣告。
そして魔弾が目の前にあった。
「……っ!?」
フライング――では、ない。完璧なタイミングで放たれた一撃に、反応が遅れた。
右側のブラストバーニアを全点火。姿勢制御を放り投げ、体を吹き飛ばしてかろうじて避ける――
その機動先に、全力で飛び込んでくる――ラウル!
「――はぁっ!?」
「おぉらあっ!!」
咆哮が一発。同時に放たれた右回し蹴りが脇腹に突き刺さり、ムジカは無様に吹き飛んだ。
油断した。いい年こいたオッサンが、よりにもよって格闘戦を挑んでくるとは思ってもみなかった。完全に虚を突かれた形だ。
ただでさえ薄い〝クイックステップ〟の装甲板がひしゃげ、機体がアラートを上げてくる。だがそれに付き合っている暇もない。
魔弾をばらまいて追撃してくるラウルに対し、ムジカは体勢を立て直すことを諦めていた。きりもみ回転する体はそのままに、適宜ブラストバーニアを噴かして機体を吹き飛ばし、魔弾の軌道から体を遠ざける。
直撃こそ避けているが、ブラストバーニアの生み出す衝撃は殴打のそれに限りなく近い。強引な機動で回避を続け、ラウル相手に弧を描く機動を取りながら、ムジカは舌打ちした。
ラウル・リマーセナリー――ラウル・グレンデルはムジカの知る限りにおいて、最強のノーブルだ。
捨てられたかつての名が示す通り、〝管理者〟の血統は特殊な力を持つとされる。世間一般には秘匿されているが、それが異様な勘の良さや先読みの力だ。また彼らは現存するノブリスの中では最高等級機である<デューク>級を扱える唯一の存在であり、魔力量が異様なほどに多い。それ故浮島の最高戦力とされているが……
そんなこととは関係なく、ただ単純にラウルは強い。
まだグレンデルにいた頃、数度訓練を付けてもらったことがあるが。ムジカはただの一度も彼に有効打を与えることができなかったのだ。
純粋に、技量だけでムジカの一段も二段も上。それがラウルという男だった。
(勝てるわけねえだろうが……!!)
心臓狙いの魔弾は共振器で切る。次弾の顔面狙いは首の動きだけでギリギリを見切り、追撃から逃れるために横へ飛ぶ。
移動先に置かれていた魔弾の下を機動を捻じ曲げて潜るが、更にその先に撃たれていた魔弾を前に急停止。
速度を完全に殺さぬよう自由落下でその場から逃れるが、それも読まれている。どうにか共振器を盾に凌いで撃ち返すが――既にそこにラウルはいない。
どこに行ったかは探さなかった。それより先に逃げる必要があったからだ。
あてずっぽうで前へ出た、その背中すれすれに――魔弾が落ちてくる。
ここまでの回避、その全てが一瞬――いや、わずか一刹那でも遅れていたら直撃していた。それほどの極限を迫られながら、ムジカは射線を見切って頭上を見上げた。
そこには太陽を背に後光を背負って、君臨するようにラウルがいる――
完全に頭上を取られ、明らかな不利状況。更なる追撃から逃げ回りながら、ムジカは胸中で再度悲鳴を上げた。
(勝てるわけ――ねえだろうがっ!!)
全ての行動を完全に読まれ、全ての攻撃が普通であれば直撃コース。どうしようもないほどの力量差、どうしようもないほどの子供扱いだ。が、それをどうすることもできない。
紙一重のギリギリで回避が間に合っているのは、これまでの数度のラウルとの抗戦で、ムジカが学んだ唯一のコツのおかげだ――ほんのわずかでも、相手の行動に反応できる余地を残すこと。一瞬、一刹那しかない猶予を全力で回避に集中する。〝クイックステップ〟の機体構成が、かろうじてそれを可能にしている。
これがただの<ナイト>であったなら、ものの数秒でムジカはハチの巣にされていたことだろう。なりふり構わずブラストバーニアで機体を振り回すことで、どうにか回避を間に合わせている。
だがこれは、敗北を先延ばしにしているだけだ。逃げ回っていても勝ち目などない。
「どうしたムジカ? その程度か!?」
それがわかっているからだろう。声こそ強いがつまらなそうに、ラウルが叫び声をあげた。
「そうやって逃げ回るのがお前の戦い方か!? リムのやつに尻を叩かれなければ、ろくに戦えもしねえのか!? そんな戦い方じゃ〝あいつ〟が泣くぜ――俺はお前をそんな風に育てた覚えは――」
だがムジカは聞いていなかった。
というより、そこにしか勝機がなかった。
機動を切り替える。ラウルが叫んでいる隙に体軸を合わせ、正面突撃。ブーストスタビライザー、フライトグリーヴ全力励起。更に背部ブラストバーニア全点火。
全ての推力を突撃のための推進力に――
「――バレバレなんだよ」
ガォンっ!!
ラウルのささやきを聞き取れたのは、おそらく何かの奇跡だった。
衝撃と、装甲が悲鳴を上げる轟音。右肩部。突撃姿勢が崩れ、体が吹き飛ぶ。魔弾が直撃したのだ。
だがムジカは構わなかった――そこまで織り込み済みだったのだ。
衝撃より一刹那早く、ムジカは共振器を捨てた。
同時にブースターを起動。吹き飛ぶ体を押し潰すように、機体をその場に押し留め――相反する二つの衝撃力に潰されながら、ムジカは共振器の底部を蹴り上げた。
どこへ? ――ラウルのほうへだ。全てを最小結合単位にまで分解する、魔の光を湛えた刃がラウルへ迫る。
当然、これもラウルは読んでいるだろう。撃ち落とそうにも魔弾はイレイスレイに掻き消される。だから彼は、これを余裕をもって回避するはずだ。
だからここから先は、ムジカの反応速度の問題だった。
ラウルが回避機動を取る。方向は、右後方――それを見切った一刹那後に。
ムジカは追いかけるように、共振器の底部を魔弾で撃った。
直撃はさせない。ほんのわずかだが、右側へ押し飛ばすように。魔弾をかすらせて共振器の機動を捻じ曲げた。
「あ、お前っ!?」
共振器は回避を始めたラウルを追いかけるように進路を変える。想定しきれなかった行動に、ラウルが悲鳴を上げた。
相手の意表を突いた。管理者の未来視は確かに強力な力だが、一方で完璧でもない。未来が決まっているのなら、未来視はそもそも無用の力だ。彼らの力はそうではない。
そしてそうではないがゆえに、弱点があるとムジカは知っている――
だが今は、そんなことはどうでもいい。
ラウルが見せたその一瞬の隙に、ムジカは再度突撃した。
(――仕掛ける!!)
〝クイックステップ〟の全ての推力が全身を前に押し出す。体勢を立て直したラウルが即応。迎撃の魔弾を、だがムジカは避けない。共振器を投げ捨てて空いた左ガントレットを盾に、突撃を敢行した。
捨て身だ。だが捨て鉢になったわけではない。ラウルはムジカを墜とすべく魔弾を放つが、その全てが直撃コースだ。真芯にあたれば完全に足が止まる――だからこそムジカはブラストバーニアを適宜噴かせて、被弾しても速度の死なないギリギリを見切った。
魔弾が装甲を砕く衝撃を味わいながら、それでも突撃をやめない。
そうしてズタボロになりながらの――ゼロ距離。
お互いの頭部へガン・ロッドを突き付けながら。そこで二人は制止した。
ムジカが距離を詰めたのは、この距離でなければラウルには当たらないからだ。元より〝クイックステップ〟のガン・ロッドは近距離戦仕様だが、そうでなくとも遠間でラウルと射撃戦など無謀の極みだ。
近距離戦だからこそ、先読み力の高すぎるラウルに攻撃を当てることができる――だがその代償として、〝クイックステップ〟はボロボロだ。強引な突撃に機体は悲鳴を上げ、ムジカもまた肩で息をしている。
対するラウルは無傷のまま。超然と、余裕をもってこちらを見返しているが……
「死中に活ありなんてのは、寝言の類だと思うんだがなあ……」
呆れた様子で、ラウルは言ってきた。
「お前、あんな突撃してたらそのうちマジで死ぬぞ? 何発わざと外してやったと思ってる?」
「…………」
ムジカはその問いかけに、何も答えなかった。
言われずとも、わかっていたことだ。そもそも彼が本気でやっていたなら、ここまで持たなかっただろうということも。
ラウルが言ったのは最後の突撃のことだ。一直線に相手に飛び込む機動は、単純な的と変わらない。いくらブラストバーニアによって避けようとしていても、ラウルなら当てることなど造作もなかっただろう。
つまりは遊ばれていたわけだ。遠く及ばない力量差に唇を噛みしめる。
そんな様子に、ラウルはため息をついたようだった。
「……お前、欠片も反省してないだろ」
「反省?」
いきなりそんなことを言われて、ムジカは眼をしばたかせた。
何の話かときょとんとした先で、ラウルが不機嫌そうに言う。
「俺がなんで怒ってたのか、忘れてねえかって訊いてんだよ」
「それは……」
「あーいい。今は本気で何も聞きたくない。どーせろくな答えは返ってこねえだろうからな……アホみたいな戦い方ばっか覚えやがって、このクソ死にたがりが」
ラウルは銃口を下げないまま、片手で頭を抱えながら首を振った。
そうして顔を上げると、銃口と同じ程度には鋭く突きつけてくる。言葉を。
「お前、ラウル傭兵団謹慎決定」
「……え?」
「生き急ぐのは結構だがな。予想以上に安く見積もってる命の価値に腹が立つ。あと誰も望んでない贖罪とか、その辺関係の無意味なマイナス思考とか。お前よ、マジで本当に、一篇しっかり考えろ。人生見つめ直せ。何のために生きてるのかとか、今後何を目的として生きるのかとかよ」
そうして言い切ると、ラウルは改めて銃口を突き付けて、言った。
「しばらく一人で、しっかり考えろ――それまでラウル傭兵団謹慎な」
「な――!? おい、待てラウル――」
だがラウルは待たなかった。
容赦なくガン・ロッドの引き金を引くと、〝クイックステップ〟の頭部を魔弾でぶち抜いた。
突然の衝撃と激痛に意識が飲まれていく中、最後に思ったのがこれだった。
(――あんの野郎、本当に、撃ちやがった――)
そうしてそのまま、ムジカは気絶した。
3章1-6更新です。
これで1章終了、次章でラウル側の事情を幕間でやって、3章の騒動が始まっていく予定です。
次回更新予定は書籍化作業などもあるので未定です。
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