1-3 どうだって構やしないさ
「行方不明って……大事じゃない。どういうこと?」
「さあなあ……むしろ、俺たちがどういうことなのか聞きたいくらいなんだが」
正直なところ、そうとしか言いようがないのが今の状況だった。
唖然とするセシリアに、「なになに? 何事?」とアーシャが首を突っ込んでくる。どうやらサジとの話し合いが終わったようだ。
そのサジはといえば、アーシャたちが使っていた<ナイト>の片づけを始めてたようだが。アーシャの<ナイト>を纏うと、セシリアの<ナイト>を回収しながら演習場脇にあるノブリス用トレーラーに運搬している。
手伝ったほうがいいかと問う前にサジが大丈夫だとハンドサインを出したので、ムジカは頷いた後で難しい顔を作った。
どう説明したものかと腕を組んでから、結局素直に告げる。
「行方不明ってのもまあ、大げさだとは思うんだがな。ここ数日、研究室に顔出してもいないんだ、あの人」
「三日前は普通にお会いできてたんですが……二日前には連絡もなく、研究室に面会謝絶の張り紙が張ってあって……翌日もそのままだったので、研究室を覗いてみたら先輩の姿がなくて……」
連絡も書置きも何もなしだ。だからこそ、行方不明としか言いようがなかったのだが。
散らかしたままの研究資料に、起動したままほったらかしのマギコン。物音一つしない真っ暗な研究室は、異様な雰囲気だったのを覚えている。
何より、あのアルマだ。二日そこら研究室に顔を出さないのは、普通の人間であれば普通のことなのだろうが……
(付き合い長いわけじゃないが、それでもなあ……ノブリスのこと以外何も考えてなさそうな、あのマッドがだぞ? 流石に変だろ)
と、セシリアが表情を険しくして訊いてくる。
「ドヴェルグ傭兵団に誘拐された、とか?」
「いや、それはない。時期が合わねえし……そもそも通信要請は届いてるみたいだから、島内にはいるはずなんだよ。何かやってんのか、受理しねえけど」
「嫌われたとか?」
「三日前は普通だったって言ったろ。つーか顔も合わせたくないからって、研究室放棄するのはよっぽどだぞ?」
アーシャの茶々入れめいた発言には、さすがにないだろうと言い返すが。
当のアーシャはといえば疑わしげだ。からかいめいた笑みを浮かべているので本気で疑っているわけでもなさそうが、こう言ってくる。
「いやいや。わかんないでしょー、だってムジカだもん」
「……お前、それどういう意味で言ってやがんだ?」
「えー? だって。ねえ?」
苦笑しながら彼女が見たのはセシリアだ。そのセシリアだが、無言のままうんうんと頷いている。
釈然とせずにリムを見たが、彼女も微妙な表情を浮かべていた。
「一応、人を傷つけるような類の言葉は言ってなかったと思うっすけど……」
「……お前らが俺のことどう思ってるか、よーくわかったからな」
噛みつくように言い返してから、ムジカはぼやく。
「そもそもが謎なんだよなぁ、あの人の生活」
振り返ってみると、研究室以外でアルマの姿を見た記憶がほとんどなかった。誰かと一緒にいる姿もあまり見たことがなく、講義に出ている様子もない。おおよそ学生らしいことをさっぱりしていない印象すらあった。
というより、ムジカはもはやアルマは研究室に住んでいる人と認識していた。そのレベルのノブリスバカ、そのレベルの研究バカだ。
それが研究をほっぽり出して失踪? 何かが起きたとしか思えない。
「事情を知ってそうなやつに話聞ければよかったんだが、そいつらも捕まらねえしな……」
「? 誰のこと?」
「生徒会長と、ラウル」
アーシャのきょとんとした声に、ムジカはため息交じりに答えた。
ムジカが認識してる範囲で、アルマと付き合いのある相手と言えばそれくらいだ。というか、他の人と話している姿を本当に見たことがない。知り合いがそれだけということもないはずだが、不思議なほど彼女が人付き合いしているところを見たことがなかった。
きょとん顔はそのまま、アーシャが訊いてくる。
「生徒会長はともかくとして、ラウルさん? 話なら簡単に聞けそうな気もするけど。一緒に住んでるんでしょ?」
「……あの人、最近家に帰ってきてないです」
「え?」
「仕事だなんだと言い訳して、ここ一週間、一回も帰ってきてないです、あの人」
答えたのはリムだが。微妙に突き放した言い方で繰り返して、むっと怒ったような顔をする。
まあリムの場合、夕飯の準備をしていたら「悪い、今日は帰らねえから」と急に連絡されて準備を無駄にされることばかりだったので、その反応もむべなるかなといったところだが。
「……生徒会長たちも、アルマ先輩の失踪と同じタイミングで忙しくしているということ? やっぱり、何かあったのではないかしら……?」
そこまでを聞いて、流石におかしいと感じたのだろう。セシリアが訝しげに呟くが。
どこか気まずそうに否定を口にしたのも、ラウルの忙しさを証言したリムだった。
「あー……その。たぶんですけど、アニキが二人と会えてないのってそれとはたぶん関係なくて――」
と――
ちょうど、その時だった。
――ピーンポーンパーンポーン♪
「……あら? 島内放送?」
間の抜けたアナウンス音に、全員が首を傾げた――というのも、島内放送などそうあるものではないからだ。
周知すべき情報等は学科単位で通達されるか個人の携帯端末に連絡が届くことが多く、島内全域にわざわざ放送する必要がない。また緊急事態においては先にアラートが響くので、間の抜けたアナウンス音から始まる放送というのはほとんど聞いたことがなかった。
その放送は、女性の声でこう始まった。
『――錬金科一年、ムジカ・リマーセナリーさん。錬金科一年、ムジカ・リマーセナリーさん。戦闘科棟最上階、生徒会長室で、レティシア様がお呼びです。至急、生徒会長室までお越しください。繰り返します――』
「俺かよ」
「島内放送で呼び出されるって、ムジカ、なんかやったの?」
これはアーシャの呆れたような質問。心当たりがなかったため、ムジカは肩をすくめることを返答としたが。
気になったのかセシリアが訝しみながら呟く。
「妙ね……」
「何がだ?」
「個人あての連絡なら携帯端末でいいじゃない。それをわざわざ、島内放送を使っての呼び出しよ? それも、生徒会長室に来いだなんて……」
何かありそうだと思わない? と眉根を寄せてセシリアは言う。
確かに言われてみればそんな気もしなくはない。だがその辺りの事情は正直なところ、ムジカにとってはどうでもよかった。思うところはなくもないが、それよりも、これまで会おうとしても会えなかった相手にようやく会えることのほうが大事だった。
ここからでは遠くて見えないが。学園のほうを見やって、ムジカは小さく囁いた――
「どうだって構やしないさ。来いって言うなら行くだけだよ。訊かせてもらいたいこともあったしな……ちょうどいい」
「…………」
「……? どうかしたか?」
と、ふとアーシャが少し驚いたような顔をしてこちらを見ていることに気づいて、ムジカは怪訝に訊いた。
その返答は、彼女にしては珍しく歯切れの悪いものだったが……
「あ、ううん? ……気のせい、かな? 今ムジカ、すごい怖い顔してた、気がしたから――」
「――アーシャさん、ちょっといいですか?」
「え? あ、リムちゃん? あの、ちょっと?」
と、急にリムがアーシャを呼ぶと、その手を取って離れていった。あまりにも急なことだったので、アーシャは驚いたようだが。
そうしてそこそこムジカから離れた場所で、こそこそと内緒話を始める――
「……できれば、そこには踏み込まないでください。今兄さん、あの二人に本気で怒ってるみたいで……」
「怒ってる? なんで――」
(もう少し、声を抑えろっつーに)
耳を澄ませばかすかに聞こえるささやき声に苦笑すると、ムジカは気を使ってセシリアと一緒にサジのほうへと向かった。
その後はトレーラーで学園に戻ったが、ムジカは三人にリムを任せて、一人で戦闘科棟へ向かった。
3章1‐3更新です。
今回も時間捻出できたので、もう1話追加。
次回更新予定は未定です。
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