1-2 アルマ先輩、最近どうも行方不明みたいで……
ムジカとリム、サジの三人は連れ立って学園の外に出ると、定期バスに乗って目的地へと向かった。バスはセイリオス中央区を抜けて、閑散としたエリアへ向かう。
目的地は辺鄙な場所にあった。農業プラント区や自然公園区などが集まった浮島外縁部の近くにある、だだっ広いだけの広間――
人呼んで、第七演習場。セイリオスにいくつかある、ノブリスの戦闘訓練用の空間だった。
バスから降りて見上げた空では、二つの鋼鉄の〝鎧〟が踊る。末端肥大の全身甲冑めいた異形が、空を引き裂いて飛んでいた。ガン・ロッドと呼ばれる大型の〝魔杖〟を片手に、二機が激しく撃ち合っている。
ノブリス・フレーム。それがこの空で今戦っている、空戦機動兵器の名だった。
機体は共に、量産等級である<ナイト>級の同機体戦。異なるのはその機体色だけだ。赤と青の<ナイト>が、空に絵を描くかのように舞う。
練習試合ということもありガン・ロッドはリミッター付きのようだが、機動の激しさは実戦さながらだ。互いに敵だけでなく、時にはその機動先も狙い、直撃を狙うか優位位置を奪い合うか、攻めるか避けるかの選択を常に迫り迫られ続ける。
比較的優勢なのは、青色の<ナイト>のようだ。優位位置を取る選択を重視し、手堅く相手を狙っているが……
ムジカが注目していたのは、そちらではなく赤い<ナイト>のほうだった。
「……アーシャのやつ、メチャクチャ上達してねえか?」
押され気味ではあるが、青い<ナイト>――セシリア・フラウ・マグノリアに食らいついている。戦闘科一年、序列一位の相手に対し、対等とはいかずとも十分に渡り合っていた。
以前見た時には彼女はセシリアに指導される立場であり、勝負にすらなっていなかったのだが……注目すべきはその被弾率だろう。間一髪が多いが、ほとんど直撃をもらっていない。
と、サジが少しうれしそうに言ってくる。
「やっぱり、ムジカもそう思う? なんか最近、急に動きが変わったんだよね」
「みたいだな。まだお粗末だが、機動の取り方が随分と変わったな……」
「なんだか、視野が広がったような感じですね? 次を考えて飛ぶようになったというか……」
これはリムの言葉。サジに向けたものなので敬語だが、彼女も少し驚いているようだ。そしてそれはムジカも同意見だった。
これまでのアーシャは愚直かつ全力で飛び回るような機動が多かったが、今はいざという時の余力を残した上で、相手の意図を読んで先回りするように動こうとしている。先読みと牽制で相手を抑えつつ、相手の頭上を取ろうとする動きだ。
(この前まで、マジで初心者に毛が生えたレベルだったはずなんだけどな……?)
ノブリスの訓練を始めて、まだわずかばかりだったはずだが。この前までは本当に素人同然だったのが、まだ拙いところが多いが様にはなりつつある――
とはいえ、それがセシリアに通用するかというと、まだまだのようで。
『目論見は悪くない――でもまだ狙いが甘いっ!!』
『えっ!? あ――ウソっ!?』
妨害にもならない牽制は、単なる一手損だ。それを見切られた。
機先を制そうとアーシャはセシリアの機動先に魔弾を放つが、その瞬間にセシリアは機動を捻じ曲げる。どちらにかと言えば――アーシャのほうへとだ。
相手を起点として弧を描く軌道から一転、愚直なまでの突撃に転じる。
フライトグリーヴ、ブーストスタビライザー全力起動。同時に魔弾をセシリアは連射。機体の速度まで乗った魔弾は目視が困難なほどに速い。
殺到する魔弾を前に、対応できなければ直撃だが――
『間に、合わな――あぐぅっ!?』
今回は、アーシャの負けだった。
連射された何発かが直撃し、アーシャの身動きを完全に止める。被弾の衝撃をM・G・B・Sの手動遮断で抑えたようだが、この場合その選択は単純に悪手だ。距離を詰めてくる敵を前に、その場に留まる選択というのは。
そうしてアーシャが衝撃から回復する頃には。
『――これで、詰みね』
彼女の目の前には、ガン・ロッドを彼女の顔に突き付ける<ナイト>――セシリアの姿がある。
銃口を突き付けられて、アーシャは数秒ほど硬直していたが。
敗北を認めたらしく、がっくりと肩を落とした。
『あああ……あの牽制、完璧に失敗だったぁ……』
『どちらかというと牽制よりも、その後の返し札がなかったことのほうが致命的だったわ。あの場合、被弾の衝撃も利用して後ろへ逃げたほうがまだよかった。逃げないことは大事だけれど、それも時と場合を選ばないと死ぬわよ』
『……うぐぅ……』
容赦のない指摘だ。他にも戦闘途中の悪手をいくつか指摘している。感想戦というやつだ。
といって、まだアーシャに相手の悪手を指摘するような経験の量はない。結果としてセシリアの指摘に、アーシャがただひたすら撃ち抜かれるだけという時間がしばし続いたが。
『……あら?』
『あれ? サジじゃん。ムジカにリムちゃんも。やっほー?』
不意にそんな声を上げると、空の上の二機がこちらに気づいた。
二人揃って降下してくると、<ナイト>を待機モードにして外に出てくる。
そこそこ長く訓練をしていたのか、汗ばんで気持ち悪かったのだろう。自慢の長い髪をうなじからはがすように払ってから、セシリアがまずはサジに言う。
「珍しいわね、こんな時間に来るなんて。今って、まだ講義中じゃなかったかしら?」
「もう終わったよ。というかもしかして、今までずっと訓練してた?」
答えるサジの顔には苦笑が浮かんでいるが、二人の時間感覚のせいだろう。セシリアとアーシャはきょとんと顔を見合わせたが。
「あれま、ホントだ。もうこんな時間?」
「いつの間に……気づかなかったわ。集中しすぎたかしら」
「身の入った訓練はいいことだけど、ほどほどにね。体壊したら元も子もないし、そろそろお昼時だし」
休憩にはちょうどいいんじゃない? とサジが提案すると、アーシャが「えー?」と声を上げる。どうやらまだ物足りないらしいで、もっとやりたいと抗議している。
言い合う二人を何とはなしに見ていると、取り残されるようにしていたセシリアがふと声をかけてきた。
勝気な笑みを浮かべて、挑むように言ってくる。
「ムジカ・リマーセナリー……お久しぶりね。元気にしていたかしら?」
「久しぶりってほど期間が開いた気もしないが……一週間ぶりくらいか?」
あのドヴェルグ傭兵団による空賊騒ぎ以来だから、おそらくそれくらいになるだろう。そもそも彼女は戦闘科であり、自分は錬金科だ。アーシャはサジとの繋がりを始め色々あるのでたまに会うこともあるが、彼女とは全く会っていなかった。
あの事件に関して、ムジカは彼女に助けてもらった立場だ。それはアーシャに対してもだが、そういうこともありムジカがあまり強く出られない相手になってしまっているのだが……
思うところもなくはなく、頬をかいて困ったようにムジカは呟いた。
「……一応訊いておくが、ちとケンカ腰気味なのは理由があるか?」
返答は、これだった。
「あなたとのファーストコンタクトをふと思い出したの。あの恨み、まだ返してなかったわよね?」
「……勘弁してくれ」
としか言いようがない。苦虫を噛み潰したような顔で応じたが、彼女が降参を受け取ってくれたかどうかは不明だ。
そうしてフンっと鼻息を鳴らすと、今度はムジカの後ろに隠れるようにしていたリムにも――こちらには気を使ったのか穏やかな笑みで――声をかけてくる。
「リムさんも、お久しぶり。あなたも元気だったかしら?」
「あ、はい。その……お久しぶり、です」
答えるリムは答え方を迷ったらしく、微妙に挙動不審だったが。恩があるといえば、リムにとっても彼女は恩人の一人だ。そういうこともあって――ついでにこれまでの対人経験の少なさもあって――心配に対してどう反応すればいいのかわからなかったらしい。
救いがあるとすれば、セシリアがその辺りを理解してくれているのか、しゃっきりしない受け答えにも寛大なところだが。
(これで、過剰な〝ノーブル〟としての自負がなければいいやつなんだけどなあ……)
思うが、それは言わない。何かを感じ取ったのか、セシリアには微妙に睨まれたが。
「それで? サジさんはともかく、あなたたち二人が一緒なのは珍しいわね? 最近は訓練にも顔を出してこなかったのに」
「そこはまあ、な。襲撃の事情聴取だなんだでごたごたしてたし。ただ、ここ最近は暇ができちまってなあ……」
と、ムジカはリムと顔を見合わせた。リムも似たような表情だ。揃って眉根を寄せて、困惑顔を作っている。
考えていたのは、今言った〝暇〟の理由のほうだ。ムジカもリムも、状況がいまいち飲み込めていない。理由もわからないままほったらかしにされているような状態だ。だからこその困惑なのだが……
煮え切らなさがさすがに気になったのだろう。セシリアが不思議そうに訊いてくる。
「……? 何かあったの?」
「いえ、その……何かあったといいますか」
「うちの研究班、今機能停止中でな」
「え?」
きょとんとそんな声を上げたセシリアに、何とも言えない面持ちでリムが答えた。
「私たちの班長――アルマ先輩、最近どうも行方不明みたいで……」
3章1‐1更新です。
GWということで時間捻出できたので、1話書いてみました。
次回更新予定は未定です。
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