1-1 暇だし、見に行くか?
「――そもそもメタルが生み出された当時には、ノブリス・フレームと呼称される機動兵器は影も形も存在していなかったとされている――」
浮島、〝学生都市〟セイリオス。その中央部にある錬金科棟、第二講堂。教壇に立つ若い――といって成人済みのようだが――男が語るのは、この空を守護する〝貴族〟たちのための鎧、ノブリス・フレーム誕生の歴史だった。
講義名は〝ノブリス技術変遷概論・初級〟――要は、ノブリスの歴史の授業だ。
ノブリスに詳しくない初心者向けの講義で、主に受講しているのは錬金科の一年生だ。ちらほら戦闘科らしき生徒もいるが、そう多くはない。ムジカとリム、後ついでにサジの三人は、その講義を講堂の後ろ寄りの席から聞いていた。
メタルの襲撃騒動やらドヴェルグ傭兵団の起こした騒動がひと段落し、ようやく学生らしい生活が始まったわけだ。
(つまり……退屈だってことだけどな)
騒動を望んでいるわけではないが、座学の時間は単純に暇だ。じっとしているのはどうにも性に合わない。
欠伸を噛みしめていると、隣のリムに肘で軽く小突かれた。見やれば彼女はむすっとしている。真面目に話を聞けということらしい。
(……眠くなるんだよな。こういうの)
「メタルの暴走直後からしばらくの間、人類は有効な反撃手段を探し続けた。その中で最も早く注目されたのが、魔術師と呼ばれた兵科だ。だがメタルの学習・進化の機能を前に太刀打ちできなくなるのも早かった。対抗するために人類はもっと強い力を求めた――具体的には、魔術師の攻撃能力の強化だ。当時使用されていた、魔術の触媒としての杖。その使用用途の限定と先鋭化による高威力化。それが――」
概論の更に初級というだけあって、内容は誰もが知るような初歩の初歩だ。また滔々と語る男の声音は抑揚がなく平坦に続くので、どうしても眠気を感じてしまう。
ムジカは眠気と欠伸をひたすらに堪えて、時間が過ぎるのを待たねばならなかった。
「こうして魔杖の大型化が始まったが、同時にこれを扱える腕力と、魔術師という存在そのものの生存性能の確保も急務となった。ノブリス・フレームはその流れの中で、半ば必要に迫られる形で誕生した……が」
と、そこでふとムジカは視線に気づいた。
壇上で説明を続ける男が、不意にこちらを見たようだ。欠伸が出そうだったので慌てて我慢していると、こちらを見ながら先を続ける。
「誕生したノブリスは〝爵位持ち〟と呼ばれるように、等級差が存在する。これはノブリスを単純な兵器として考えた場合、ひどく不条理な不具合だ。機体の整備、実際の運用、使用者の適性問題。単一・同一規格の機体のみを用意できたなら。あるいはそこまで単純化できなくとも、ある程度規格化が行えていたのなら、これらの問題は極めてシンプルだったとされる――さて」
そこで言葉を一度区切ると、男は明確にこちらを名指しして言ってきた。
「ムジカ・リマーセナリー。素人でも考えればわかりそうなこの問題を、時の魔術師や錬金術師たちは何故考慮しなかったのか。わかるかね?」
(俺かよ)
講義らしく、回答を求められている。どうも眠そうにしていたのが悪かったらしい。目を付けられたようだ。
ため息をつくと、ムジカはその場で立ち上がって回答した。
「大小含めて理由は多々あるんだろうが、最大の理由はそもそも当時の魔術師――現代でいうところのノーブルの能力の不均一だ。個体差……現代的には魔力適正と言ったほうがいいか。何故ノブリスが単一規格で設計されなかったかといえば、規格を合わせた結果として、魔術師の能力を余しておくような余裕がなかったからだ」
魔力の多い人間に規格を合わせたら、魔力の少ない人間にはその兵器は使えないことになる。その一方で、魔力の少ない人間に規格を合わせてしまったら、魔力の多い人間は力を持て余すことになる――当時の人間が考えたのはそんなところだろう。
「当時の人類は、絶滅するかどうかの瀬戸際にいたはずだ。そんな状況下で、魔術師を一人でも遊ばせておくような余裕はなかった。魔術師の力を余さず使う。そのためにノブリスは個々人の個性に合わせて生み出されたわけだ」
「それは諸説の一つだな」
講師の男はそう言うと、ムジカの説明の先を継いだ。
「他の説では、当初は単一規格だったが、突出した個人のためのワンオフのカスタム機が用意され、それが後に上位等級機という形で残ったとも言われる。どちらにしても、人材を有効に活用するため、というところは一緒だな」
そこまでを語ると、彼はまた別の問いを口にした。
「ではムジカ・リマーセナリー。ノブリスの区分を示す等級を、挙げられる限り挙げてみろ」
「……特殊なものを除けば、ざっくりとは六つ。爵位持ちと呼ばれる公・侯・伯・子・男爵の五等級と、量産型の<ナイト>。ノブリスの等級を爵位で表すのは、当時の魔術師の多くは貴族だったからだ。一概にそうとは言い切れないところもあるが、一般的に高位貴族ほど高位の魔術師を輩出する家系だったとされている」
「ふむ。では特殊なノブリスの等級とは?」
「現代に存在するものの中では、ただの作業用エクゾスケルトン<サーヴァント>に、実験機用の等級である<ダンゼル>。また製作そのものが罪となる、人殺しのみを目的とした<マーダー>。伝説に話を移すなら、人類が空に逃れる中で失われた<王>・<救世主>・<勇者>の三銃士が代表的か。他にもいるが、共通するのはこれらは能力ではなく役割や機能・目的が名の由来になっていることだ。等級とは言うが、実質的にはあだ名みたいなもんだ」
「――よろしい。よく勉強している」
座ってよしの合図とともに、ムジカは素直に着席した。
回答させられたせいか、眠気が覚めてしまっている。講義なので寝る気はなかったが、これはこれで不思議と損した気分だ。
と。
「よく答えられたね」
リムとは逆隣に座っていたサジが、こっそり小声でささやいてくる。
「あの程度ならな、基本中の基本だし。お前だってあのくらいわかるだろ?」
「内容はそうだけど。そっちじゃなくて、人前で答えるの緊張しない? ボク、ああいうのダメでさぁ」
「慣れろ」
「うっわ、雑っ」
「……まあ、アニキっすから」
呆れたようにリムが言うが、まあ反論らしい反論も特にはない。後は黙って講義を聞いた。
そうして講義が終わると、三人連れ立って講堂を出た。昼下がりにはまだ少し早い、そんな時間だ。辺りには学生がわんさかといるが、皆それぞれ好き勝手やっている。
そんな中を特に目的地もなく歩きながら。
ムジカはふとサジに訊ねた。
「そういやアーシャのやつは? 今日の講義、戦闘科のやつも受けられたはずだろ? こういう話、あいつは好きそうなもんだが」
「ああ。アーシャならセシリアさんに捕まってるよ」
「捕まってる?」
きょとんと訊くと、サジは苦笑と共に、
「訓練するんだってさ。ほら、あの二人、周辺空域警護隊への参加が決まったでしょ? それで、恥かくことのないようにするんだって」
「恥かくことのないように、ねえ……?」
つまりはきっと、ドギツい訓練でもしているのだろう。想像する限り、セシリアはそういうタイプだ。目的のためなら努力を惜しまないタイプ。この分だとアーシャへの訓練は相当スパルタなものになるだろう。
なので、というわけでもなかったが、リムの顔を見やって訊いた。
「暇だし、見に行くか?」
「そうっすねえ……今帰っても、どうせやることもないっすし」
そんなわけで、そういうことになった。
3章1‐1更新です。
そういえば学生だったねってことで、学生っぽいことしてる話。いわゆる日常パート。
次回以降の更新ですが、書籍化作業などありしばらく更新できません。
間が開いてしまうこととなりますが、申し訳ありません。
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