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2-3 その覚悟を胸に刻んでください

「――このよき日に新入生の皆さんをお迎えできること、大変喜ばしく思います」


 祝辞を述べるその女性――生徒会長、レティシア・セイリオスは、改めて見ると不思議な女性だった。

 上級生らしき落ち着いた雰囲気を纏った、金の髪を長く伸ばしたノーブルの女性。整った目鼻立ちにおっとりとした微笑みを浮かべ、語る声音は柔らかい。優しげな人、と誰もが感じるだろう、そんな女性だった。

 だが、同時にこうも確信する――あれは明らかに、支配者の立場にいる人間だと。

 そう感じるのは……


(彼女が、支配者の血族だからかね……?)


 立ち振る舞い、佇まい。声の調子、聞かせ方。そんなところにふと表れる――貴族らしさ、あるいはそれ以上の、この浮島の管理者の姿が。

 似た人を知っていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


(ああ、だからか。だから、ツテがあったのか)


 唐突に、ふと閃く。今更そんなことを考えても仕方ないのだが。

 だからというわけでもなかったが、危うく生徒会長の言葉を聞き逃しかけた。


「新入生の皆さんは、このセイリオスにたどり着くまでの旅をどう過ごされたでしょうか。フライトバスから見た空――そして大地の景色。頼りなく空を漂い、初めて故郷ではない浮島を見た方も多かったのではないでしょうか。それが私たちの生きる世界です。あなたたちが今生きている世界なのです」


 緊張か、あるいは空気感からか。新入生は誰もが私語の一つもなく、生徒会長の言葉に聞き入っている。中には固唾を飲む者や、表情を改めて聞き入る者も。


「親元を離れ、皆さんは今日から一人の学生として、この学び舎で七年間、たくさんのことを学ぶでしょう。そうして手に入れたたくさんの知識を持って、故郷へと帰っていくでしょう。どうか皆さん、大切なことをたくさん学んでください。そうしてこの世界に生きる皆のために、その知識を使ってください。そのための力を授けること、それが私たち“セイリオス”の使命です」


 そこでふと、生徒会長は言葉を止めた。

 

「――そして、戦闘科に入学された皆さん」


 瞳に浮かぶ感情の色が変わった――と思えたのは、語る声音にわずかに強さが滲んだからだ。

 柔らかいだけではない。覚悟を問い、突きつけるような。そんな瞳で生徒会長は語りかける。


「あなた方は今日この日から、“セイリオスのノーブル”になります。あなた方のその双肩に、この浮島に住むすべての人の命が預けられることになるのです。どうかそのことを、忘れないでください。あなたがみなを守るのだと、その覚悟を胸に刻んでください。“高貴なる使命”を胸に抱き、学んでくださることを切に願って、この祝辞を終わらせていただきたいと思います」


 拍手はない。ただ静謐だけがある。

 生徒会長はそこで一礼すると、その場から一歩退いた。

 代わりというように、控えていたノブリスの一機が外部スピーカーから音声を発する。


『入学式典はこれで終わりだ。この後は各学科でオリエンテーションを実施する。学科ごとに担当の上級生が君たちを案内するから、新入生は担当の指示に従うように。君たちは今日から“セイリオス”だ。どうかそのことを自覚して、行動するように』


 そのノブリスが「以上だ」と宣言することで、ようやく空気が弛緩した。

 生徒会長はまだノブリスに騎乗していない。先ほどのノブリスと何やら話をしている。おそらく戦闘科は彼女たちが案内するのだろうから、その打ち合わせか何かだろう。


「あれが、序列一位……レティシア・セイリオス……」


 と、どこか憧れと惧れを含んだ声で、サジ。

 きょとんとムジカは訊いた。


「序列一位ってことは、凄い人なのか?」

「凄いなんてもんじゃないよ! 三年前――入学直後に当時の生徒会長を負かして以来、ずっと序列一位をキープしてる! 浮島の管理者ってだけじゃない。お飾りじゃない、本当のこの島のナンバーワンだ!! 最高レベルのノーブルだよ!」


 なんでそんなこと知ってるんだ? と訊こうとして思いとどまった。藪蛇の匂いがしたからだ。

 だが訊こうが訊くまいが関係なかったかもしれない。サジは視線をムジカから離すと、独り言じみた呟きを発した。


「それに見たでしょ? 凄いなあ……会長のノブリス、あれ<マーカス>級だよ、<マーカス>級。こんな間近で見れるなんて……いじるのは無理でも、いつか触ってみたいなあ……」

「……大丈夫か、これ?」


 どこかうっとりした目をしているサジから目を逸らして、ムジカはアーシャとクロエに訊いた――アーシャはアーシャでやはり似たような目をしていたが、クロエは腕をクロスさせた。無言だったが、意味はこれだろう。“ダメです”。

 要するにこいつらそういう奴らか、と諦めていると。


「アニキ……あれ、すごいっす。あれが<マーカス>……ペイロードはどれくらいかな? 機動性能は? ガン・ロッドの出力も……もっと近くで見たいっす……」

「お前もかよ」


 半ば裏切られたような心地で、ムジカはため息をついた。

 ちなみにだが、<マーカス>級というのはノブリスの等級だ。

 再現に成功した量産等級の<ナイト>級と異なり、未だ再現不可能な高級機は“爵位持ち”という呼ばれ方で区分される。爵位持ちノブリスの中でもランクが分かれており、上から<公爵(デューク)>、<侯爵(マーカス)>、<伯爵(カウント)>、<子爵(ヴァイカウント)>、<男爵(バロン)>の順に呼び名が付けられている。

 等級の基準はコアとなる魔道機関のサイズと性能だ。どれだけの出力を発揮できるか。それがノブリスの全てを決めると言っても過言ではない。

 そしてそれを動かす原動力はノーブルの魔力なので、高等級の機体ほど使用者を選ぶ。ノーブルの評価指標の一つに“ノブリス適正”や“魔力適正”と呼ばれるものがあるが、これはその人がどの等級のノブリスまでなら使えるかを示す指標だ。


 視線を生徒会長とそのノブリスに戻す。<マーカス>級ということは、爵位持ちの中でも上から二番目。最上位等級である<デューク>級などは現存すら疑われるレベルの希少さなので、アレが人の目にできる最上位等級と呼んでも過言ではないだろう。

 その<マーカス>級を駆っていた生徒会長の顔に、疲弊の色は見えない。常人では動かすことすら許されない機体に乗っても平然としている。

 その様子を見れば、確かに最高レベルのノーブルというのも間違いなさそうに思えた。

 と。


「…………」

「…………?」


 不意に生徒会長と目が合った気がして、わずかに息をひそめた。

 視線が合ったとしても、時間にして一秒。それが過ぎれば彼女は隣に立つノブリスと話を始めたので、錯覚だったのではと思えるが。

 

「錬金科のしょくーん。オリエンテーションは講堂でやるんでついてくるようにー。中央校舎の第三講堂だぞー」

「はーい……アニキ? どしたっすか?」

「……いや、なんでも」


 としか答えようがない。きょとんとするリムの頭に手をぽんと置くと、リムは憮然とした顔を作ったが。


「それじゃ、ボクたちは行くよ。アーシャ、クロエ。また後で」

「はーい……あーあ、ライバルが戦闘科に来てくれなかったから、あたしひとりぼっちだよ……まったくもう」

「アーシャ、ワガママ言わないの」

「次ライバルって呼んだら本気でキレるからな」


 とにもかくにもそんな形で、入学式は終わりとなった。

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25/5/31
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