第9話
地面に生えている草を握りしめて彼女は立ち上がった。
行く当てはなくとも足を動かしていればどこかには出るはずだ。
この暗い森の中で一筋でも光を見つければ、彼女の勝ちだ。
足は重く、持ち上がっているのか引き摺っているのかも判別がつかない。
ふと狼は自分に付いてきているのか振り返るとぴたりと彼女の後ろを護っていた。
「…ねぇ。こちらで合っていると思う?」
応えてはくれないので、もう独り言なのかそれとも狼に問いかけているのか不明だ。
一歩一歩が重く、どこまでも続く暗闇に飲み込まれそうだ。
本当にこの先が外に繋がる道かも分からない中で歩むのは絶望そのものだ。彼女の脳裏の奥深く沈んでいた王城での苦しい生活がむくりと思い起こされてくる。
思い出すだけでも、もうあんな苦しいのは嫌だ。
帰りたい。
でもどこに帰るの?
帰る場所はどこ?
彼女は自問自答を繰り返しながら足だけを前へ前へと進めていく。
暗闇は怖い、光の方へ。
少しでも光を見付けないと。
彼女が幻と認識していた光は現実のものでそれは外界への光だった。
しかしあと少しで外界で彼女は膝を折り曲げ、倒れ込んだ。
狼は彼女の後ろの首元の服を咥えると引き摺り始めた。先に胴体を動かしほぼ出たところで、勢いをつけて咥えていた首元を離して彼女を完全に森の外へと出したのだ。
狼の行動からしてまるで森の外へ自らが出られないにも読み取れる。
そうして狼は彼女一人出すと深い森へ帰っていく。
彼女が森の外で無事に発見されたのは次の日の早朝だった。
森の淵からほんの少し出たところで彼女は身体を丸めて眠っていたのを厩舎へ向かっていた騎士が発見した。
外傷はなかったが発見した騎士や彼女の専属メイドからの反対にあい、父はそれ以降一人で森に取り残すことはしなくなった。
父といるせいか狼とも会わなくなり、再会したのは彼女が一人で森を自由に行き来出来るようになってからだった。
狼はけして父の前では姿を現さなかった。