第7話
父がどの方角へ進んだかさえも分からないこと状況をどう打開するか策はちっとも浮かばず、立ちん坊になっている彼女に銀灰の影が近づいてくる。
自分よりもひと回りほどしか大きさであってもそれは恐怖のせいで巨大な灰色の塊にしか見えなかった。
その塊は本でよく見たことのある狼の身体の形だ。
童話のごとく人間は狼の捕食対象であり、自身がその対象と察した彼女は本能的に身構えた瞬間狼の瞳と目を合わせてしまった。
それは世にも美しい黒曜石の瞳だった。
見つめた者の目を離さない美しさがあり、深淵を覗き込む黒さだ。彼女は目を逸らさなければいけないはずなのにその瞳に囚われ離せなかった。
「…あっ……」
小さく漏れた声に反応して狼がこちらへ歩いてくるではないか。慌てて口を押さえても後の祭り。狼はまっすぐ彼女に向かう。
魔法で陰獣を倒したばかりなのに危機ばかりが迫りくるこの理不尽な状況下に彼女は嫌気が差してきた。恐怖で微動だに出来なかった身体は怒りでボルテージを上げていき、唇を震わせていた。
やけっぱちになり、あろう事か草の生い茂る地面に大胆にも大の字に寝転んだ。
勢いよく横になった割には草がマット代わりになり、身体を支えてくれた。
「もうどうとでもなれっ!私は肉付きが良くないからさして美味しくないです!それでも食べるなら食べなさい‼︎」
地面から真っ直ぐに放たれた渾身の声は深緑の空間に散った。
食べられる瞬間の痛みに備えるために目だけは硬く瞑っていたが、今か今かと待ってどもその痛みはおとずれることはなかった。
生暖かい鼻息が彼女の顔に当たり、擽ったい。
右目から慎重に瞼を開けると、銀色の狼は鼻を彼女の顔に擦りつけていた。
その仕草は料理前の食材チェックに近いものがある。両目とも開けた彼女は業を煮やして問いかけた。
「私を食べますか?食べないですか?」
狼には彼女の言葉が通じていないのか匂いを嗅ぐのをやめない。
くすぐったそうに首をすくめた。