第3話
「早速だが、お前の実力を知りたい」
この森に来てたった1週間しか経っていないのにファリファ・フロスティー公爵は侍従も伴わず彼女を放り込んだ。
先月5歳の誕生日を迎えたばかりの彼女は丸み帯びた輪郭に艶のあるピンクの頰を携え、成長段階の四肢は頼りない。
「習うより慣れろってことでまずは実践だ。魔法なら使えるだろ。もし使えないなら陰獣の餌になり、公爵家の食い扶持が減る」
先ほどみなさんには王城の暮らしより悪くないと話ところだったが、どうやら悪くなりそうである。
彼女を引き取ったファリファ・フロスティー公爵は二十代後半の男盛で独身でひとなりは一言にまとめると自分に厳しく、他人にも厳しい。
均整のとれた身体の造りと涼やかな目元や美しい曲線を描く鼻筋で構成された顔面に騙される人が後を立たない。兎に角、幼子を森へ連れ出して教育をしようなどまともな人間ではないのは間違いない。
彼女は自らの周りを見回し、この森を様子を知ろうとした。歳の割には聡い子供あるには違いない。空間の光が少ないせいと栄養不足の小さな身体には寒さが堪える。唇が静かに震えている。
「ぼっーとしてるなよ。奴らがこんなにも美味しそうな子供の血を逃すわけがないからな」
公爵の声に彼女の瞳に怯えの色を滲ませた。両手をきゅっと握りしめると首を上に擡げた。
「…あの、私魔法は使ったことがありません。…使えるかも分かりません」
それは消えるか消えないかくらいの僅かな声だった。彼女の中で正直に話さないといけない局面であると判断したのだ。
「ふーん、だからといって中止にすると思ったら大間違いだ。お前にはここで魔法を使ってもらう」
「そんなの無理です‼︎使えません‼︎」
「大きな声を出すと奴らに場所を教えているようなもんだぞ」
その第三者的な言葉を聞いた途端、身の毛がよだち影が這う気配がした。音はないが、何かが来る!
公爵は腕を組んだ体勢でニヤリと口を歪めて笑った。
その顔を見つめて彼女は自分の顔が青ざめいくのを直に感じた。この人は決して助けなどしない。何がなんでも使わせる気だ、使えなければそれまで。生か死しかないと思考が頭を駆け巡った。
気配が近づき姿を黒い巨大な塊がいくつか現れた。2つまで数えてところで恐怖が増していき、数えるのを彼女はやめた。巨大な塊たちは獲物を捉えて姿勢を低くし、臨戦態勢に入った。
この国の子供たちはみな悪さをすると祖父母や両親に夜寝ている間に陰獣に食べられてしまうと教えられている。それを彼女は今、脅しでなく実際に体感していた。動こうにも脚は震え、身体は硬直している。涙で霞む視界はより一層黒ずむ。死を覚悟した。
「戦え、アウィス!」
びくっと公爵の声に聴覚が反応するのが早いか腕を上げるのが早いか、もはや反射頼りの動きだった。
腕を胸の高さに掲げ、掌を目一杯広げた。
彼女は目を閉じ念じた、私を護ってほしいと。
プラチナ色の防壁が展開していき、彼女を囲った。彼女に迫っていた無数の黒い影は防壁に触れると同時に霧散した。
これが彼女が生まれて初めて魔法を使った瞬間であった。
のちに父は語った、これは必然だったと。