第10話
窓の外から見える雪は少なくなり、春を迎える予感を感じさせていた。
彼女は雪を見るといつもこの記憶に思いを馳せている。
それは忘れないために記憶の箱を取り出すような作業だった。
彼女の一番鮮明な記憶は時の止まった無音の銀世界。
色彩も指先の感覚もなく、睫毛にも氷が落ちていてもこの冷たさが彼女を生きていると自覚させてくれた。
彼女は自分から離れていく小さな銀色の生き物が視界から見えなくなってもその場から動けなかった。
やっと心を通わせられたと思っていたのは自分だけだったのかもしれない。
「行かないでぇ…。またひとりぼっちになっちゃう…」
一人取り残されていく寂しさから睫毛にたまっていた氷が温かい露となり解けてゆく。
突如吹雪が強くなり、視界はおろか声さえ届かない。
ホワイトアウトだ。
完全に彼女の視界は雪色のみとなった。
ひどく懐かし温まる記憶も蘇ると同時に深い哀しみもある記憶だった。
目を瞑って意識を記憶に飛ばしているとドアをノックする音が耳に届いた。
「アウィス様、失礼致します。ニカが参りました」
「どうぞ開いてますよ」
彼女、アウィスは今年で18歳になる。
肩書きは公爵令嬢である。
幼少期から今まで過ごした公爵領の森は鬱蒼としており、陽も刺さず人を一切寄せ付けない。
そのため彼女の肌は透き通る白に色素の薄い青銀の髪を持っていた。
恐らく陽に当たると美しく反射するであろう髪はここでは無意味だ。
鈍色の輝きを保ち、彼女の動きに合わせて舞った。
「4年間ご苦労様でした。これは心ばかりですが、退職金です」
彼女は向かいに立つ今日付けで退職するメイドのニカに袋を手渡した。
「本当にありがとうございました。嫁ぎ先から何から何までまでお世話になりました」
目を瞑り、恭しく袋を丁寧に受け取るとニカは主人である彼女を見つめた。
給金や高待遇な職場だったので、森の領地外であるにも関わらず応募してみたものの初めての仕事先は噂に溢れていた。
あれは嘘の広告で、とても環境の良いところではないと不安だったが寧ろこれはニカにとって幸運だった。
誰が流した分からない噂なんてやっぱりあてにならないと思った。




