八話 私がやらなきゃ
リーフェに婚約者がいる。その事実に一瞬硬直していたけど今は考えないことにした。マーガレットを助けるのが優先だ。だけど階段を駆けおりて玄関に向かうともう中に入ってきていた。リーフェは先程まで呆けていたけど、傷ついたマーガレットを見てさらに急ぐように促してくる。
「ご心配をおかけしたようですね」
マーガレットは私達に心配かけまいと平静を装っている。だけど苦痛で顔が歪んだ瞬間を見逃さなかった。マーガレットは自分の右腕にそっと触れるだけで表情を硬くしてるし。
「骨が折れてるかも……」
私は何か添え木になるものと手ごろな生地を探し始めた。その時ドアノッカーの音が響いた。心がざわつく。きっとさっきの人だ。出迎えようとするマーガレットに声をかける。
「マーガレット! 私っ、人に見られたかもしれないです……。リーフェはクライス君だって。その人かもしれません」
マーガレットは一瞬考え込む。
「左様でございますか。ではリーフェリア様は部屋にお戻りください」
それだけ言って玄関に向かっていった。手当をせずにだ。だけど私は気圧されてしまった。階段を上ると踊り場を越えたあたりで座り込んだ。次の瞬間、扉が開いた音がして風が流れ込んできた。
(クライス君、大きくなってる……)
リーフェがこっそりと覗くように玄関を見つめる。見えるはずはないんだから堂々とすればいいのに、やっぱり恥ずかしいのかな。
聴き耳を立てたけど会話はほとんど聞こえてこなかった。そのせいか不安が増してくる。マーガレットに任せれば悪いようにはならないと思ってはいるんだけど。仮に私の姿が見られたとしても婚約者であれば魔女様のことがばれても大丈夫かも知れないって期待もある。だけどそれを裏切るかのように三人目の声が聞こえてきた。
(他にも誰かいた!? リーフェ、誰か分かる?)
リーフェが首を横に振る。クライス君の身内であれば良かったのに。だが私の不安をよそに来訪者たちは去っていった。誰もいなくなったことをリーフェに確認するとマーガレットの元に急いだ。話を聞きたいのは山々だけどまずは手当だ。
「これでよしっ、と」
右腕に添え木を付けて、切り傷にはアロエの様な植物で応急措置をした。効果があるのかは分からないけど、これが伝統的な治療法らしい。治療を終えるとマーガレットが頭を下げてきた。
「リーフェリア様、ありがとうございました。そして申し訳ございませんでした」
感謝はわかるけど謝罪については理由が分からなかった。
「リーフェリア様のことを知られてしまったのは、私の不注意によるものです」
やはりクライス君に私のことを見られてしまったらしい。私はそれを自分のせいだと思っていたけど、マーガレットも自らに責任があると感じていた。お互いに自分の責任だと主張したけど、立場もあるのだろう。マーガレットは一切引かなかった。このままでは話が進まないので謝罪を受け入れた。
「それでさっきは何を話していたの?」
やはり先程の人物はクライス君だったそうで私の姿を見たことを告げられたらしい。それでも淡々と、最近起きたばかりだ、まだお会いする事はできません、と繰り返していたそうだ。当然魔女様の話はしていない。それにはもう一人の存在が影響したことは間違いない。いや私ひとりだったらクライス君に話したかもしれないけど、マーガレットはないかな。
最終的にはクライス君の同年代の友人らしき人物が取りなしてくれたという。目覚めたばかりだから会いたくないんだろうとか、乙女心を察してやれよなんて言ったそうだ。私とは関わることはないと思っていたプレイボーイ的な男性の印象を受ける。
そしてこの事はどうか内密にと繰り返して別れた、ということだ。
「今後のことにつきましては奥様が帰宅してからが宜しいでしょう」
マーガレットに医者に行くという選択肢はないみたいだ。私が言っても聞くはずがない。彼女の負担を減らすために料理の主導権は絶対に握ろうと誓った。マーガレットには沢山お世話になったんだ。だから今度は私がやらなきゃ。