六話 明日も頑張ろう
リハビリが始まって十数日後、ようやく生活に慣れてきた。初日は頑張りすぎたせいで午後の座学に全くといっていいほど身が入っていなかったが、そんな私を見てマーガレットが予定を変更して軽めにしてくれていた。そのおかげで体力的にはちょっとだけ余裕がある。こんなに早く動ける様になるとは思わなかったけど、やはり魔女様の魔法が効いているんだと思う。
その一方でメンタルは落ち込んでいた。それを察したリーフェが何かと気にかけてくれるというか応援してくれるというか。とにかくよく話しかけてくるようになった。特に夕食後は寝るまでの間にたくさん話している。今日の話題は学校についてだった。
リーフェの世界では貴族と平民は別々の学校で学んでいた。だけど魔女戦争が始まってからは貴族たちは被害を恐れて学校に行かなくなり自宅で学習するようになったそうだ。最近になって再開されたけど、戦争は十年以上あったそうなのでリーフェは学校に通った事がなく、日本の事を話すと羨ましがられた。
(へぇ、日本の学校には凄い沢山の人が通ってるんだね。もしかしてアズの好きな人も学校にいたりするの?)
リーフェの不意打ちに思わず動揺してしまう。心なしか鋭い目つきになって追撃してきた。
(ま、まあ、そうかな……)
(それでどういう人なの?)
ちょっと食いつきすぎだよ……。あっ、リーフェは学校に行った事ないってことはこういう風に恋バナしたこともないんだよね。
リーフェのことを可哀想に思ったのか、自分が思い出に浸りたかったのかは分からない。だけどなんとなく話したいなって思ったんだ。
たかお君がどういう人なのか。そう、初めて会ったのは小学校の時、なんで好きになったのかはよく覚えていない。たわいもない事だったのかもしれない。でもあの時のことはよく覚えている。
たかお君はサッカー部のキャプテンで強豪高校への推薦も決まっていた。でもそれは突然無くなってしまった。中学三年の大会の直前に交通事故で大怪我を負ったからだ。私もショック受けたのだから、本人は相当なものだったと思う。だけどそんな素振りをまったく見せずに仲間たちをスタンドから応援する姿を見て好きなだけでなく尊敬するようになったんだ。
(へぇ、仲間想いなんだね)
(うん、それで結局同じ高校に行く事になって……)
それで毎日リハビリのために歩いて登下校してるんだ……。もう一年も経つのにずっと続けてるんだよね。それに引き換え、私はまだ少しなのにもうやりたくないとか思ったりしてる。
(どうしたの、アズ?)
(ううん、なんでもない。明日も頑張ろうって思っただけ)
(そっかぁ、それじゃ明日のためにもう寝ようか。おやすみ)
(うん、おやすみ)
私もまだ頑張れるよね……もうちょっとだけやってみよう。リーフェも頑張ってるみたいだし。
私が座学でうとうとしている間、マーガレットがリーフェに向けての勉強会をしていた。リーフェの姿は見えないのに、そこにいると信じてずっと話し続けているんだ。私の時よりも専門的な内容だったと思うけど、リーフェも真剣な眼差しで聞いていたし難しい顔になってた。
リーフェは私に対してすごいとか、頑張ってるなんてよく褒めてくれるけどリーフェだって身体に戻った時の為に必死に学んでいたんだと知った。それなのに……疲れているはずなのに私に気を使ってくれてる。とってもかわいくて、スタイルよくて……ちょっとずるい!
そうよ! さっきまでの流れだったら次はリーフェの恋バナの番。明日は逃がさないわよ。……ふふっ、こんな風に話せるようになるなんて思わなかったな。なんだかちょっと楽しくなって来たかも。そうと決めたら早く寝よっと。
翌朝、マーガレットの宣言を聞いて昨晩の思いは消え去っていった。
「リーフェリア様もお体の調子が良くなってきたご様子ですので、当初の予定通りの訓練を再開いたします」
思わず体が硬直する。またあのリハビリになるのか。というか今、訓練ってはっきり言ったよね? マーガレットってこういう人だったのね………
「特に!」
今まで聞いた事のないような大きな声を出しながらビシッと指さしてきた。
「その猫の様な背中は直していただきます」
そしてどこから持ってきたのか、ドサッと椅子の上に何かをのせた。
(あ~、コルセットだね)
そうだ、あれはコルセット。それもお尻から背中までのサイズ。おしゃれとかスポーツのためのものじゃない。素材も伸縮性なんて全くない感じない代物。あれは純粋に私を苦しめるための物に違いない。私の全身が拒否反応を起こしている。
「お願いします! それだけは勘弁して下さい! 心を入れ替えて一生懸命やりますから!」
思わず頭を下げて必死に懇願した。大人しい印象の私がこんなことをするとは思わなかったのか、マーガレットは私の勢いに引き気味のように見える。いける! あと一息だ。
「リーフェにもお願いして姿勢が崩れたら指摘してもらいます!」
左を向くと、リーフェは胸をトーンと叩いている。よし。
「ですから、なにとぞ、何卒!」
マーガレットがため息をついて答える。
「分かりました。そこまでおっしゃるのでしたらお任せします。それにしてもリーフェリア様……随分と猫を被っていらしたのですね。道理で背中が丸いわけです」
マーガレットの言葉が私の心に直撃すると、乾いた笑いが静かに響いた。