五話 私は文科系だ!
「ふぁぁ~」
目が覚めれば自分の部屋にいた……なんてことはなく昨日きたばかりのリーフェの部屋で大きなあくびをして朝を迎えた。傍らには眠っているリーフェの姿がある。幽霊も同じように眠るのだろうか。そんなことを考えている内にリーフェの目が開いた。
(う~ん……、アズ、おはよう……)
(おはようござ……おはよう)
丁寧な言葉を言い直して挨拶するとリーフェがなんだか嬉しそうにしていた。そんなに嬉しいものだろうか。
(あれ? アズ、ベルを鳴らさないの?)
リーフェが枕元にあるベルを指さした。そう、このベルは昨晩マーガレットさんが置いたものだ。朝起きたら鳴らすようにって。鳴らしたら色々とお世話してくれるみたいだけど使いたくなかった。
(うん、できるだけ自分でやってみようと思って)
(そっかぁ、アズはやっぱりがんばり屋さんだね)
……そうじゃないんだよね。見ず知らずの人にお世話させるのが恥ずかしいだけだし。勘違いさせてしまったみたいだけど、まあいいや。
(昨日、魔女様に杖で叩かれたでしょ? その後からなんだか体の調子が少しだけ良くなっている気がするんだよね。だからできることはやろうかなって)
(それってライガス様が直してくれたってこと? 怖い魔女様だと思っていたけど実はやさしい人だったとか?)
思わずリーフェと顔を見合わせると、二人同時に噴き出した。
(( それはないよね ))
私は笑いをこらえながら、いつのまにか用意されていた服に悪戦苦闘しながら着替えて一階に下りて行った。苦労した階段も昨日よりも楽に降りられる。相変わらず一段づつ座りながら下りているんだけど。
(アズ! すごいわ。昨日よりもずっと早いよ)
リーフェの応援にのせられて順調に下りる。いよいよ最後の階段というところまで来た。誰かの足が見えたので顔をあげるとマーガレットさんに見下ろされていた。
「起きたらベルを鳴らすように言ったはずですが、お忘れでしたか?」
これが年の功というやつだろうか。ものすごい圧力を感じて思わず後ずさる。
(マーガレットさんってもしかして今怒ってる?)
(んん? いつもこんな感じだよ)
リーフェの言葉に勇気をもらって返答した。
「あのっ! 私、昨日より調子が良くて。それで頑張ってみようかと思ったんです……けど……」
できるだけ前向きな言い訳をすると隣でリーフェが盛大に拍手していた。適当に言い繕っただけだから照れくさい。
「左様でございましたか。それは失礼いたしました。私、奥様からアズ様の全てを世話するようにと言いつかっております。昨日からアズ様のことを拝見しましたが大変な努力家であるとお見受けしました」
なんか嫌な流れになってるし。いえいえ、そんなんじゃないんです。ホントに違うんです。
「そのお姿、大変感動致しました。アズ様もリーフェリア様同様に嫁入り前とのことですので、花嫁修業の一環として厳しく指導することにいたします。よろしいですね?」
これ、質問じゃなくて決定事項だよ……。何だかんだいって初めからこうする予定だったやつだよ、きっと。私は力なく了承した。
「それと……今後はアズ様のことはリーフェリア様とお呼びいたします。昨日話したようにこの事は知られてはいけません。いつ、どこで、誰が聞いているかもしれませんからリーフェリア様もそのように過ごして下さいませ」
「はい、分かりました。マーガレットさん」
「私に丁寧な言葉使いは不要です」
マーガレットがこちらに視線を向けてくる。やり直せってことかな? あ~、えっと、それじゃあ……
「ええ、分かったわ。マーガレット」
「はい、それで結構です」
どことなく居心地の悪さを感じるけど慣れるしかないんだろうな。それから朝食を取り始めると早速指導が始まった。
「リーフェリア様、姿勢にお気をつけ下さい。そんなに丸まっては美しく見えません」
「は、はい」
「まだ体が痛むでしょうから無理はせずに今は正しい姿勢を意識しておいてください」
そう言われてなんだか悔しい気持ちもあったけど、マーガレットを見ると反論する気も無くなった。作法なんてしらないけど、伸ばした背筋のせいか体が大きく見えるし、静かでゆったりとした動きも上品な感じがする。見惚れていたら隣でリーフェが微笑んでいるのに気づいた。
(なんで笑ってるの?)
(うん、なんだか懐かしいなって思って……私もああやって習ったんだよ)
(そうなんだ、いつ頃の話?)
(う~ん、五歳くらいかな)
五歳……私は幼稚園児レベルだった。悲しい。
やや緊張した食事を終えると今後についてのミーティングが始まった。つまり私がこれからやるべきこと、学ばなくちゃいけないことについてだ。まずは午前中に体のリハビリをやることになった。体が少し良くなったとはいえまだまだ動かないし、一人で生活できる様になりたい。少しずつ強度をあげていくらしい。
そして午後からは座学だ。この世界の歴史や常識、貴族としての仕事、ルール、マナーに語学などを学んでいく。語学についてはリーフェがいるから大丈夫だと思ったけど、私自身は全く文字が読めず当然ながら書くこともできなかった。それを考えるとなんで私はリーフェたちと普通に会話ができるんだろうと思ったけど、きっとあの魔女様のおかげなので素直に感謝することにしよう。そして夕食までの時間に再びリハビリだ。
メディレスさんは仕事で朝からずっと外出しているそうだ。旦那さんが王都に単身赴任して大事な仕事に就いているらしく、土地の管理は全て任されているんだって。だからマーガレットがマンツーマンで厳しく指導してくれるそうで、大変ありがたいことです……
ミーティングが終わるとすぐにリハビリが始まった。
「ほらほら、まだ二時間しかたってませんよ。はぁ、仕方がありませんね、五分だけ休憩にしましょう」
(アズ、よくやったわ。お昼まであと少しだけ頑張りましょ)
正直言ってかなり苦しい。限界寸前。私の感覚ではリハビリとは思えないんだけど。その……もっと効率性とかを重視して欲しい。それに二人との意識の差を感じる。なんというか根性論的な、昭和の匂いを。こんなの絶対私向きじゃない……
だって私は文科系なんだ!
体育会系じゃない!
こんなリハビリやってられない、ストライキだ!
決意を新たにしているとドアをノックする音が聞こえた。
「リーフェリア様、休憩は終わっていますよ?」
「はぁい、すぐ行きまぁす」