妖精と話した日 前編
アングルランドルト王国から十キロほど離れた場所の森林。
そこには多くの野生生物が生きている。
凶暴性がある生物もいることにはいるが、圧倒的に気性が大人しめの生物が多い。そんな中で、グレイドは一悶着あったあと、休憩しようとしていたが、新たな問題に直面していた。
「何してんだ!」
共に旅をするナギの周辺に羽の生えた小さな生物が飛んでいた。
妖精だ。
「いえ、別に、ちょっと、気になって!」
妖精はグレイドに声を掛けられると、ぱーと散ってしまった。
ナギは未だにすやすや眠っている。特に外傷もない。
そもそも、妖精と言う生物には特別強靭な力はない。身体は弱く、小さい。他生物と比べて、利点があるとすれば、羽が生えていることぐらいだ。
そんな妖精がなんで、ナギの周りにいたのだろうか。
グレイドそんな疑問も抱きながらも、狼族の気配もしないので、やっと眠りについた。
★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アングルランドルト王国の朝は早い。
多くの国民が農業や酪農などの職に就いているので、国民が目覚める。
それに合わせて、城下内も動き出す。
新国王であるハイスも大忙しで、書類にサインをしている。仕事部屋はいつもの自室とは違って、別に用意してある。その部屋に焦った表情で姿を現したのはリーファだった。
「ハイス! グレイドがいなくなったのですよ! 何を呑気に仕事してるんですか!」
「……母上。先程も言った通り、グレイド兄さんは視野を広めるために、旅に出かけられたのです」
「そんなはずはないわ! グレイドは記憶を取り戻したのよ! ならば、この国の為に仕事をするに決まってます!」
リーファは興奮気味にそう言った。
それはハイスもそう、思う。
だが、グレイドと話して、そうじゃないことを知った。
害獣である、魔族に恋をしたグレイドはこの生まれ育った国を出ていってでも、会いたいと願った。
その瞳には確かな覚悟が見受けられた。
そして、ハイスはそれを止めることが出来なかった。
「母上、いずれ、グレイドは帰ってくるでしょう。それまで待っていて下さい」
「あの子に何かあったらと思うと、もう…………」
ただでさえ、半年間も眠りから目を覚まさなかった。
その間、王妃でありながら、グレイドの傍にいたのは、リーファだった。それほど、グレイドを愛していた。
だから、何も相談もなしに、国を出ていったグレイドの対応は見方によっては、裏切り行為ともとれる。
「安心してください。兄さんほどの人物ならばそうそう、死にません」
「そうですが、それでも…………」
リーファはどうも落ち着かない様子で、部屋の周りをうろうろ歩きまわる。
ハイスはその姿に多少、気が散りながらも、仕方ないと諦めた。
★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ねぇねぇ、グレイド、私お腹空いた」
「…………あー俺もだ」
森の空気は上手い。その影響かも知れないが、朝は気持ち良く目を覚ました。
身支度を簡単に済ませ、旅を続けていると、グレイドはあることに気が付く。
腹が減っている。
人間という生き物は何かを食べないと死んでしまう。それは至極当たり前のことで、グレイドはそんな当たり前のことを失念していた。
そして、グレイドにとって普通の人間よりピンチなのだ。
グレイドはこの世界では他生物を食べることが出来ない。
それは見た目が人間とほぼ同じで、しかも、喋るからだ。
尻尾が生えていても、耳が生えてもいても、人間を殺して食べるのは気が進まない。
そうなると、木の実や野草を探さないといけないが、そう簡単に見つからない。
「……グレイド、本当に、無理だったら、私を食べていいよ?」
「なぁ! そんなこと言わないでくれ…………」
「…………?」
ナギは大事な仲間だ。
食べるという選択肢はない。それにそんなことをする覚悟があれば、そもそも、こんな旅をする意味がなくなってしまう。
ナギがそんなことを言うから、心が悲しい気持ちなった。
こんな小さい子が自分の身を犠牲に、食べてもいいよ、なんて言ってしまうことがどうしても解せない。
「……うーん。どうしたもんか」
グレイドは考えていると、遠くの方で、飛び回る妖精が見えた。
どうやら、昨日の夜から、妖精が後をつけているようだ。
「よし、聞いてみるか」
グレイドは妖精に近づこうと、脚に移動強化魔法を付与して、妖精に近づく。
「きゃ! 人間が近づいてきた!!」
妖精は飛び回り逃げようとするので、グレイドはひょいと一匹を掴む。
「食べられる!!」
妖精は泣きじゃくって、グレイドの手から離れようとするが、グレイドは離さない。
「妖精、聞きたいことがある」
「……うぅ…………ぐすん…………うぁぁぁぁぁああぁぁ」
妖精は泣いて、話を聞いてくれない。
それもそのはずだ。
今から食べられるかもしれない時に、話を聞いている場合ではない。
だが、このままでは拉致が明かないので、グレイドは叫ぶ。
「おい! そこら辺にいる妖精たち! こいつの身が心配なら。姿を見せてくれ」
そう言うと、木の陰から妖精が数匹姿を見せた。
「…………そ、そそいつを! 仲間を離せ!」
その中の若い男の妖精がグレイドの顔面を殴る。
しかし、痛くもかゆくもない。
グレイドは妖精をもう一つの手で握る。
「くそ! 離せ! 人間!」
男も暴れたので、仕方なく離す。
「なぁ? 俺はお前たちを食べるつもりはないんだよ。話を聞いて欲しいだけなんだ」
グレイドはそう言って、説得すると、妖精は半信半疑のようだが、どうにか話を聞いてくれるような姿勢になった――。