兎族と出会った日
※少し説明が多目です。
ここはバニアス。地球とは全く異なる世界だ。
バニアスでは様々な種族が生きている。
人間。
魔族。
獣族。
魚族。
昆虫族。
妖精。
言いだしたらキリがないが、多くで共通しているのはそれら全ての生物が一定の言語レベルを要していることだ。
日本では犬も猫も、言葉を喋るほどの能力はない。
だが、この世界では一定の水準で、脳が発達している。
それはこの世界を作った神様がそうしたからだ。
進化の中で、人間という者が生まれた。そして他の生物は人間に淘汰される未来は目に見えていた。
神様はそれをよしとしなかった。
バニアスがより良いものになっていくには、全生物の意思疎通が不可欠だと思った。そして、人間と同じように他生物の脳が発達するように少しだけ改変した。
――きっと、これで、平和な世界になるだろう。
そう思いながら、神様はその後も、観察を続けた。
が、しかし、そうはならなかった。
人間は進化の過程で、魔法を覚え、街を築き、物凄い勢いで繁栄していった。
その中で、弱肉強食の面がかなり色濃く残り、弱い生物は人間の養分として生きていくしかなかった。
そんな世界を憂いていた神様が、最近、面白い玩具を発見した。
その男はどうやら、別の世界の人間だったようだが、バグでこの世界に迷い込んだらしく、旅をしているという。
――さてさて、これから面白くなるぞ。
神様は小さく、ほほ笑んだ。
★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
兎族。この世界で、古くから姿をあまり変わっていない生物だ。
ナギは猫族で、かなり人間に近しい見た目をしているが、兎族は獣の部分がかなり目立つ。
毛深いし、鼻も赤い。髭も長いし、耳も長い。喋れることと二足歩行であること以外、日本のウサギとほぼ変わらない。
「いくら人間様だろうと、一匹なら、俺たち束でかかれば勝てるぜ?」
その男はポーチからナイフを出して、グレイドにそれを向けた。
数としては二十前後。
だが、グレイドからしたら、百だろうと千だろうと、兎族には負けしない。
それを知っているグレイドは冷静に、この場をどう切り抜けようか考えていた。
「……てめぇ、なんでビビらねんだよ?」
「いや、ビビろうにも、ナイフじゃ、俺を殺せん」
「ほう? 言ってくれんじゃねーか?」
グレイドは一時考えたあと、口を開いた。
「あのさ? お前ってなんで俺を殺そうとしてんの?」
「はぁ? お前が人間だからだよ。それに一人だからな」
「あー、人間が憎いと?」
「当たり前だ! 俺たちの仲間が何億匹食われたと思ってんだ! 人間は化物だ、狂ってやがる!」
グレイドはそうか、と納得した。
人間はこの世界でどの生物より、強い。
それこそ、魔族よりもだ。
だが、仮に人間より強い生物がいて、今の獣族のように家畜として飼われることがあった時、自分の仲間が、親友が、家族が食べられたとしたら、どう思うだろうか。
恨むだろう、憎むだろう。きっと、頭が可笑しくなってしまうだろう。
負の感情を芽生えてしまうことは間違いない。
人間は今まで、それをしてきた。
だからこそ、他生物に憎まれることは当たり前なのだ。
だから、この状況も受け入れる必要がある。
そして、グレイドはこの状況で相手を殺してはならない。
グレイドはこの世界で、獣族を同じ種族だと、カテゴリーした。
ならば、彼を殺すことは『人殺し』だ。だから、殺さない。
「……うん。まず、お願いだ。ここで、お前たちが束で戦っても俺を殺すことは出来ない。これは傲りじゃなくて、事実だ。うざいと思うが認めてくれ」
「…………」
男は黙って聞いている。
と言うのも、人間が兎族とここまで、話しをすることはない。
基本、見下しているからだ。
とち狂った人間もいなくはないが、こんなしっかりとした会話を求めるものは珍しい。
「それで、提案だ。俺はこの世界は可笑しいと思い、旅をしている。獣族だろうと、人間だろうと、平等であるべきだと思っている、だから、見逃してくれないか?」
「ちょ、ちょっとまて? 今なんて?」
「いや、だから、見逃してくれないかと」
「…………!」
信じられない、男はそう思った。
この世界の人間はそんなことは言わない。
自分たちが少しばかり魔法の才があるからと、傲慢であり、獣族を食用としか見ない、それがこの男が知っている人間像だった。
だから、こんな風に見逃してくれ、なんて言わない。
仮に、数にビビっているか可能性もあるが、どうも、そうは見えない。
どこか余裕があり、多少上からだが、それでも、対等のような。
「……お前は人間の割にはまともなようだが、それでも、俺はお前を殺すぞ?」
だが、それでも、人間は殺す。
どれだけ、他とは違う雰囲気だとしても、憎き人間なのだ。
それに、仲間がこの人間を殺そうと、立ち上がったのだ。その気持ちを今更なかったことに出来ない。
「……まぁ、やるだけやろう。ただ、俺はお前たちを殺しはしない。それは約束する」
「……ふん」
男は素直に有難いと思った。
人数では圧倒していても、少なくとも数人は死ぬだろうと、思っていたからだ。
だが、それをしないと約束してくれた。
信用ならない、だが、その言葉で男も仲間たちも、少しだけ、気が楽になった。
「……いくぞ」
「こい」
こうして、グレイドと兎族との戦いの火ぶたが切って落とされた。
★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
結果から言おう。
グレイドの圧勝だ。
そもそも、兎族は獣族の中でも戦闘能力は皆無だ。。
唯一自慢を挙げるとすれば、ジャンプ力ぐらいだ。それと、聴力と嗅覚は人間よりもかなり良い。
だが、勿論、魔法は使えない。
だとすれば、グレイドが負けることなど、ほぼあり得ないのだ。
「……ケガした人はこっちこい」
グレイドが今のグレイドになってから、戦闘は初めてだった。記憶を取り戻し、魔法は使えるが、程度が分からない。
結果、メイの時と同じように加減を間違えて、多くの者にケガを負わせてしまった。
「……ありがとう」
「俺こそ、すまないな。ここまで、やるつもりはなかった」
「…………!」
兎の女は両目をかっぴらいて、驚いていた。
こんなことを人間からされたことはない。
ケガを治されたこともないし、お礼を言われたこともない。
他の兎族も同様な理由で驚いていた。
一方、そんなことは梅雨も知らないグレイドは、兎女の身体から目線を逸らす。
ナギは家畜ではあったが、ボロボロながら、服を着ていた。
しかし、兎族は服を着ていない。
そのため、恥部も胸もまる見えなのだ。
幾ら、兎っぽいとは言え、身体つきは人間だ。思春期真っ只中なグレイドにとっては余りにも刺激が強い。
「……お前、興奮しているのか?」
「はぁ! いて! え、何が、は?」
兎の女はくんくんと股間の匂いを嗅ぐ。
そんな行動をするもんだから、グレイドは勢いよく立ち上がり、頭上の木枝に頭をぶつけてしまう。
「いや? 男性ホルモンの匂いが強いからな、人間はそう言うものなのか?」
「……そ、そうだよ! 人間は万年発情期だからな……ははは…………」
「そうなのか? それは、その、大変だな?」
兎の女は大した意味もなく、そう言った。
グレイドはその後も兎族の治療をしていき、ある程度、終わった時だった。
「わぉおぉぉぉぉんん!」
どこからか、遠吠えが聞こえる。
「人間、お礼を言う。だが、俺たちはこのままだと、狼族に食われてしまう、だから、直ぐに巣に戻る」
「そうか、気をつけてな」
「人間こそ、旅は気を付けてくれ。あ、そうだ、これをくれてやろう」
「これは?」
「俺たちの匂いがついた毛玉だ。これを兎族に嗅がせれば仲間と認識してくれるだろうよ」
「あぁ。助かる」
「それじゃ、またな」
男はそう言って、森の中に帰っていた。
グレイドは、ナギの姿を確認しよと、布団の方を見ると、知らない人影があった。
「何してんだ!」
そこには、ナギに群がる小さな生き物がいた――。