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旅立つ時 後編

 外が徐々に明るくなる頃、グレイドは旅に出た。

 城内では使用人が既に起きており、おはようございます! と元気な声で挨拶された。自分がまさか、城を離れようとしていることなど、知らないであろうから、こう、元気に挨拶されては何処か悪いことをしているような気分になった。


 城の下には城下町があり、ここを通ると多くの人間の目についてしまう。

 なので、グレイドは屋根の上をひょいひょいと飛び乗って壁門を超えることした。


「……気持ちいな」


 城下町を超えると、そこは田畑が広がっている。用水路が綺麗に整備されており、流石、農業で国を支えているだけのことはある。

 夜中では見えなかった景色も今だと、かなり見やすくなった。なので、グレイドはあの小屋を簡単に見つけることができた。


「……起きているか?」


 この小屋はあの獣族の少女と出会った場所だ。

 そこで、声を掛けると、足を引きずりながら、少女が現れた。


「朝早いですね」

「あぁ、実は旅に出ようかなと思ってな」

「そうなのですね」


 今思えば、こうやって、話を交えることは、獣族としてはどう思っているのだろうか。グレイドはそんなことを尋ねようかと思ったが、今は時間がない。

 いずれ、ここの管理者も目を覚ます。そうなれば、面倒なことになるだろう。


「俺は今から、魔国を目指す。それで、一人旅のお供をつけたいと思っていてな? どうだ、一緒に来ないか?」

「……私ですか?」


 少女は驚いたように目をかっぴらいている。

 ここに来たのは、この少女を旅に誘うためだ。

 この世界で旅をするときは、玩具獣族(ペット)を連れていくことも珍しくない。ただ、食用の獣族を連れていることは、普通はあり得ない。

 

「……折角のお誘いですが、無理です。前にも話した通り、歩くことも出来ない私では足手纏いでしかありません」

「そのことは心配するな。直ぐに治してやろう」


 グレイドは少女の脚をぎゅっと掴む。

 少女は少し痛そうな表情をしたが、直ぐに収まった。


「どうだ? 歩けるだろう?」

「……えぇ。凄い、これが魔法なのですね」

「あぁ、これでいけるか?」


 グレイドはどうしても、この少女と共に旅がしたいと思っていた。

 あの時励ましてくれたのは、名もないこの獣族の少女。

 自分が人間に食われると知っていながらも、優しく微笑むその優しさに、グレイドの心は安らいだ。


「……いえ。それでも、無理です」

「なんでだ?」

「私には子供たちがいます。母親として、この子たちを置いてはいけません」


 ――そうだった。この子は母親だった。


 グレイドは過去の記憶を思い出す。

 この少女の後ろで震えていた、小さな獣族。

 それが家族であろう。


「……あ、それなら、この子を連れて言ってはくれませんか?」


 少女がそう言うとひょっこり顔を出す、一人の女の子。

 猫耳をはやし、顔には長いひげを拵えている。目もまんまるだが、猫目というよりかはぱっちりした目という印象だ。


「この子は多少ながら魔力があると思います」

「……魔力がか?」


 獣族には基本魔力がない。

 たまに筋肉質な種族はいるが、それも稀だ。

 魔力を持った獣族となれば、それより、遥かに珍しい。


「えぇ。それに、度胸があります。きっと、非常食ぐらいには役に立つでしょう」


 さらりと残酷なことを言って退ける少女に、苦笑いしつつ、グレイドはその少女の頭を撫でる。


「君、外の世界に行ってみる気はあるかい?」

「うん! 行きたい!」

「そうか、じゃ、俺と共に魔国を目指そう」

「うん! 魔国目指す!」


 素直で可愛い女の子。グレイドはそう認識した。

グレイドは女の子の脚を治すと、手を取りゆっくり立ち上がる。


「それじゃ、この子、連れていきます」

「はい、是非!」


 少女の顔は何処か母親のような顔でほほ笑んだ。


「……ママは行かないの?」

「えぇ。貴方はこれからこの方と一緒に旅をするのです。迷惑を掛けること許しません。立派に努めを果たしなさい」


 先程までの表情とは打って変わって、きりっとした目つきでそう言った。

――こんな言い方されたら泣くだろう。

 グレイドはそう思ったが、女の子は意外にけろっとしていた。

 そして、女の子は母親を一度だけ抱きしめると、グレイドの後をついて行くのだった。



★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「らんらんらん♪」


 獣族の女の子と草原を歩く。

 女の子はあんなことがあったのに、物凄くご機嫌だ。


「そう思えば名前を決めないとだな」

「名前? 何それー?」


――そうか。獣族には名前と言う概念がないんだった。


「名前はその人に与えられた所謂、呼び名のことだよ? 君はどんな風に呼ばれていたの?」

「お前とか、貴様とか? 番号は:13425:だよ?」

「…………そうか」


 グレイドは聞かなきゃ良かったと後悔した。

 家畜とはそう言うものだと知っていたのに。

 流石にそんな呼び方はしたくない。折角なら可愛い名前を付けたい。


「……そうだな。君の名前は今日からナギ、なんてどうだ?」

「うん! 私今日からナギ!」


 ナギは好きなアニメの女の子の名前だ。

 そして、この世界でも、不自然ではないであろう、バランスの良い名前でもある。

 ナギとグレイドはこれから共に旅をすることになる。

 魔国まで、記憶している限りだと、徒歩で五年はかかる道のりだが、まぁ、おいおい考えることにしよう。


「今日からよろしくな、ナギ」

「うん! よろしくお願いします!」


★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ナギとの旅路は一時も飽きないものだった。

 そこら辺に生えているような花に反応しては匂いを嗅ぎ、水たまりだろうと、川だろうと、躊躇なく、舐める。

 グレイドはその度に注意をするが、嬉しそうに笑って、はーい、と元気よく返事をするだけで、一向に成長が見えない。

 こんな風に寄り道していては、ただでさえ、五年の歳月がかかるというのに、より一層の時間がかかってしまう。


「ナギ、そんなにはしゃいでいると、疲れてしまうぞ?」

「だってだって、初めてがいっぱいなんだもん!」


 ナギはあの小屋とその周辺しか知らない、その上、歩けないように足の腱は切られていた。

 だからなのだろう、初めて見る景色に向かって、自分の足で歩いて行けることにこんなに喜び勇んでいるのだ。

 グレイドもそんなナギを見ていると、今のうちは厳しくするのは辞めようと思ってしまう。

 すっかり、ナギのお父さん気分だ。


「もうそろそろ、ここら辺で休もう。この時間になると、狼族(ウルホルルト)が盛んに動き始めるだろうからな」

「はいです!」


 この世界の獣族(アニマノイド)には多種多様な種類が存在している。なので、現在では大きな組分け程度に収まっている。

 それは人間の身勝手ではあるが、要は食べることが可能か、そうでないかだ。

 ナギやナギの母親は食べることが可能な獣族で、分類は猫族だろう。

 そして、ここら辺の野生で生きている獣族の多くは人間が食べると害があるものたちだ。その中でも狼族は質が悪く、終いにゃ人を襲ってしまうらしい。

 だが、ナギと一緒にいれば、真っ先に食べられるのはナギの方だろう。

 クライドとしては、そうなっては、余りにも辛い。


「ナギ、この布団の中でくるまっておけ」

「…………いいの?」

「あぁ。その布団には密閉魔法施してある。その中では匂いや気配を遮断できるから、いざって時に、ナギは逃げることが出来る」


 クライドとて、知っているでは、狼族に負けることはないとは思うが、念には念を入れておこう。それで、ナギを庇っていては戦闘の際、ハッキリ言って足手纏いになり兼ねない。これは決して、ナギがいらないという訳ではない。ナギは子供で、魔法はまだ、一つたりとも教えていない。母親曰く、魔力を保有しているそうなので、どうにか簡易の攻撃魔法を使えるようにしておきたいところだが、なんせ、今日は一日目。

 ナギにそこまでのことを求めるのは酷だろうし、そもそも、ナギが可愛いので、魔法を教えること忘れていた。


「……ありがとう、クライド様」

「さまなんて、辞めてくれ。クライドでいいよ」


「クライド、ありがとう…………大好き………………」


 それを最後にあっという間に眠りに就いてしまった。

 あれだけはしゃいでいたのだ、疲れて当然だろう。


 ――大好きか。


 こんな可愛い女の子から大好きと言われてしまうと、ドキドキしてしまう。

 ただ、幸運だったのは、ロリコンではなかったことぐらいだ。もし、これが巨乳のお姉さんとかだったら、イチコロだろう。


「…………はぁわー」


 大きな欠伸が出る。

 クライドは身体だけでも休めようと、横になる。

 布団はナギにやった一枚しか持ってきていない。

 リュックサックに入るのはこれが限界だったのだ。


「………………すぅ………………すぅ………………うぅ………………」


 ナギの寝息が一定のリズムを刻むので、心地よく眠気が襲う。


――いかん、寝てしまう!


 クライドは閉じそうな瞳を無理矢理開く。

 クライドは何故、ここまで寝ないようにしているのかというと、既に周囲に複数の獣族がいることに気が付いているからだ。

 このまま、寝たら即ゲームオーバー。そんな緊張感の中でも、眠気と言うのものは恐ろしいほど、やってくる。


「おい! てめぇ、俺たちの縄張りで何してやがんだ? あぁあん?」


 なかなか眠りにつかないグレイドに白を切らした、獣族がグレイドの目の前に姿を現した。


「…………は?」


 グレイドはその姿を見て、困惑してしまった。

 何故なら、その獣族は狼族ではなく、可愛らしい兎族(ワーラビット)だったのだ――。


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