旅立つ時 前編
「グレイド! 記憶が戻ったのですね!」
グレイドが自室で休んでいると、リーファがノックもせず、入ってきた。
「あぁ。思い出したぞ」
記憶は戻った。
自分がどんな人間だったか、これまでどんな生活を送っていたのか。
全て知った。
「あぁ。愛しのグレイド! 良かったわ!」
リーファに抱きつかれ、グレイドも抱きしめる。
その姿にセバスチャンは目に涙を浮かべて、ハンケチで拭う。
「お兄ちゃん!」
リーファを抱きしめていると、現れたのは、メイとサフィだった。
「メイ、サフィ。心配かけたな」
「お兄ちゃん! おかえり!」
「……おかえりなさい」
メイもグレイドに抱きつく。
サフィも穏やかに記憶が戻ったことを歓迎した。
「あのね、あのね! グレイドが記憶なくてね、私ね、凄く悲しかったの。色んな思い出もなくなったみたいで、本当に、本当に悲しかったの!」
「……そうか、あ、お礼にいつもの場所で遊ぶか?」
「うん! 遊ぼう!」
グレイドはメイとよく遊んでいた。
そして、この何気ない言葉で、グレイドが本当の記憶を取り戻したのだと、あの頃のグレイドが帰ってきたのだと、ここに居る皆が、錯覚した。
真実は違う。
確かにほとんどの記憶は戻った。
しかし、中身は違う。
グレイドは未だ、日本の高校生の人格を保っている。
なので、皆が知っているグレイドと言うわけではない。根本的に違うのだ。
だが、そんなことを知る由もない皆は、心から喜んだ。
グレイドにとってこれは予想通りの反応だった。
記憶が戻った時、グレイドは自分自身を過去のグレイドと偽ることにした。治療前は記憶喪失として、生きていくつもりだったかが、記憶が戻ってしまえば、その方が何かと、都合がいいし、皆が期待している。
「グレイド、記憶が戻って、早々で申し訳ないのですが、国王様が呼んでいましたわよ?」
「そうか。直ぐにむかう」
――ハイスには言わないとだな。
グレイドはそう言って、ベッドの上から立ち上がる。
「お兄ちゃん! いつ頃、遊べるの?」
「ハイスとの話が終わったら遊ぼう」
「うん! 待ってるね」
メイの純粋な笑顔にグレイドの手は自然と頭を撫でる。
メイは嬉しそうにすり寄ってくる。
――可愛いな。
グレイドも自然と笑みが零れる。
グレイドは皆と別れ、ハイスの部屋に向かった。
部屋に行くと、ハイスは疲れた表情で、出迎えてくれた。
「大変そうだな」
「あぁ。予想以上だ」
ハイスはそう言いながら、深く椅子に座る。
「それで、兄さん。記憶を取り戻したって言うのは本当か?」
「あぁ」
「……そうか」
ハイスは深く考え込む。
グレイドが記憶を取り戻したと言うことは、きっと国王になりたがっているはずだ。
ハイスが新国王になってから、時間は経っていない。
だとすれば、ハイスはこのまま、国王を続けていられなくなる。
「ハイス、お前の言いたいことは分かっている。俺が国王になるべきだ、そう思っているんだろう?」
「……あぁ。兄さんの方が国王の地位に相応しいことぐらい、僕にだって理解できる、だが…………」
ハイスはそう言って、言葉を詰まらせる。
ハイスは国王になって、かなり疲弊している。だが、それは心地よいものだ。国を背負い、国の為に、身を削る。それは自分の生きがいだと思った。
だから、この座を譲る訳にはいかない。
例え、それがグレイドであったとしても。
「一つ、お前に言わなくてはならないことがある」
「……なんだい?」
「俺は国王になるつもりはさらさらない」
「……なんだと?」
これは過去のグレイドの本心だ。
グレイドは国王になりたいなど、微塵も思っていなかった。
それでは何故、周りがそう思っていたのか。
それにはいくつかの理由がある。
★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
グレイドは幼い時から、魔法の才を見出していた。更に、戦闘において、かなりに頭が切れる男だった。
その結果、幼いころから、多くの使用人、はたまた、国王からも跡継ぎとしてはやし立てられて育った。
そんな環境だと、自然と夢は国王になることだと、思い込み、鍛錬をしていた。
しかし、一人の少女と出会う。
それは王国に魔族が襲い込んで来た時の話だった。
魔族との戦いの中、グレイドは圧倒的な力で魔族を次々と倒していく。
「……お前が、最後だ」
最後の一人に剣を突き立てようとした、その時だった。
「…………さっさと殺せ」
一目惚れしたのだ、その魔族の少女に。
「……お前、俺の嫁にならないか?」
「はい!?」
その魔族の名前はリリィ・クライスト。
魔族軍を率いる隊長だ。
その後、リリィとは文通を送り合う関係になった。
だが、人間と魔族で恋をするなど、この世界では認めらない。
人間にとって魔族とは食用にもならない害獣なのだから。
そして、クライドは人間である自分を酷く憎んでいた。
そのころには勿論、国王になりたい気持ちなど微塵もない。
クライドは願っていた。
種族関係なく、恋が出来るような世界になって欲しい。
それが叶わないのなら、魔族になりたい、と。
「と言うわけで、俺は、この国を去ろうと思う」
そう言う思いを知ったグレイドはリリィに会おうと思った。
だが、本当の理由はそれだけじゃない。
人間の多くは獣族を食べる。そのことは記憶が戻ろうとも、グレイドにとっては受け入れがたい事実だ。
そして、魔族はそう言う生物を食べない。
魔族にとって、獣族は仲間と言う意識があるらしい。
それは今のグレイドが目指している世界に通じるものだ。
「……そんな、ダメだよ兄さん! 魔族なんて、可笑しいよ…………本当は記憶が戻ってないんじゃないか? もしかして、悪魔付きになってしまったのかい?」
「これは全部本心だ。俺はリリィに会うため、魔国を目指す」
この世界に大きな大陸が四つで成り立っている。
その中の西にある一番小さな大陸は魔族が統治しているのだ。そこを魔国と言う。
「……認めない。そんなこと、国王として、全力で止めるよ」
「それじゃ、俺と戦うか?」
「…………」
グレイドとハイスでは戦闘ならない。
そのことをハイスはイヤというほど、理解している。
でも、それでも、魔国なんかに、グレイドを向かわせるわけにいかない。
「…………兄さんが本気なのは理解したよ。許そう。ただ、その変わり、兄さんは訓練の為に異国に渡ったということにしておく。いいかい?」
「あぁ。助かる」
それでも、グレイドを止めることは事実として止めることは出来ない。ならば、気が済むまで、自由にさせておこう。
それがハイスの結論だった。
★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
グレイドは一応、ハイスから許可を貰い、旅の準備を始めることにした。
直ぐに出ていこうと思っていたが、あることを思い出す。
それはメイと遊ぶ約束をしていたことだ。
「……流石にな」
一瞬、そんなことはほっとこうとも思ったが、それはメイが悲しむだろう。
なので、メイと遊んで早朝にでも、こっそり抜だすことにした。
グレイドの記憶を知ったので城のことは把握している。
なので、メイがこの時間どこで何をしているのかも理解している。
「やっぱり、ここにいたか」
ここは敷地内の南側にある林。
ここでメイとは遊んでいた。
なので、今日もそこにいるだろうと思い、来てみれば、案の定、一人で遊んでいた。
「お兄ちゃん! もう、ハイス……じゃなかった、国王様との話は終わったの?」
「あぁ、終わったよ」
メイは目を輝かせて喜んだ。
その姿を見たら、ここに来たことが正解だったように思える。
「それじゃ、お兄ちゃん! 魔法で遊ぼう」
「あぁ」
メイには魔法の素質がある。
なので、良く、魔法を教えていた。
「記憶を取り戻したばかりだから、ちょっと不安だな」
「お兄ちゃんなら大丈夫だよ」
メイに励まされ、魔法を使う。
この世界の魔法はイメージが大事だ。詠唱もあるがそれは大規模な魔法を使う時のみで、日常生活で使用するのは、無詠唱が基本だ。
グレイドは手を伸ばし、水をイメージする。
「よし! できた!」
手の平から勢いよく水が噴き出る。
その水は木を抉り取るほどで、メイに向かって撃たなくて正解だった。
「お兄ちゃん、強すぎだよ」
メイはビックリして尻餅をついてしまった。
「はは、すまないなメイ」
「いいけど、私、そんなに強いの、無理だよ」
「ゆっくりでいいから、やってごらん」
「うん!」
その後もメイは直ぐ水流魔法を取得した。
一日中遊び、夕暮れには城に帰った。
――明日にはここを出ていこう。
グレイは今日一日、いや、ここで過ごしてきて、この場を離れることを寂しく思った。
城内の家族は皆、良い人だし、ここで国の為に生きていく人生も悪くないなんて、思ってしまうのだ。
だが、そんなわけには行かない。
グレイドのためにも、そして、この世界の常識を変えるためにも、グレイドは魔国に向かう意味がある。
グレイドは寂しい想いを押し込み、準備を進め、早いうちに眠りについた――。