俺がグレイドになった日 後編
※ちょっとだけグロい表現があります。ご注意ください。
グレイドを心配そうに見ている巨乳のお姉さんはグレイドの実姉であるサフィだった。
「実はこの後、グレイドに会いに行こうと思っていたところだったのですよ?」
「……そうなんですね」
グレイドにとって、姉だろうと、今は知らない綺麗なお姉さんだ。
恥ずかしいにも程がある。
女性と風呂に入りたいとは何度も思っていたグレイドであったが、実際にこうなってしまうと、恥ずかしさや焦りが勝ってしまうのだと知った。
「……じゃ、メイのことも、忘れちゃったの?」
「……ごめんね。今、記憶失ってて」
この小さな金髪の女の子はメイ・ランドルト。
グレイドの義妹に当たる人物だ。
メイの声色には落胆した気持ちが分かりやすく出ていて、グレイドはどうにかしようとしたが、嘘をつくことはしなかった。
いや、嘘はついているのが、最低限にしておくことにした。
「メイはグレイドのこと大好きですからね。伝令式の際も、何度も抜け出して、グレイドに会いに行こうとしていましたから」
サフィはにこやかに笑いながらそう言った。
メイは未だにむすっとしている。
グレイドという人物は、優秀でありながら、慕われていたのだと思うと、自分がそんな風になれるか、不安もあるが、悩んだところで解決はしないので、その思考は一旦保留することにした。
「だが、残念でなりません。我が弟が国王になるとばかり思っていたのですが」
サフィは残念そうにぼやいた。
「あー、そのことなんですけど、俺、記憶もないし、こんな状態では国王どころから、この世界で生き抜くことすら叶わないと思うんです。良ければこの世界について教えて頂けませんか?」
「えぇ、勿論! 折角ですから、グレイドについて、そして、この国について色々お教えしましょう」
そして、サフィは話始めた。
「この国では国王を決める際に、候補者がどれ程この国に貢献してきたかなど、様々な視点から総合評価して決めますわ。今回はザキ、グレイド、ハイス、マドレナヌの四人が候補者だったのですけど、その中でも、圧倒的にグレイドが優れているというのが、国の総評でしたわ。でも、グレイドは目を覚まさないまま、月日が流れましたの」
「えーと、月日ってどのくらいですか?」
「半年ほどですわね」
それは知らなかった。
半年も目を覚ますことなく、良くこんな健康状態を保てているもんだと、グレイドは疑問に思ったが、質問する前にサフィが話始めた。
「その結果、国王に選ばれたのはハイスでしたの。まぁ、仕方ないことではありますわ。どれほど、有望な戦士だろうと、寝ていては戦いになりません」
「すみません」
「あ、いえ。せめている訳ではないのですよ? それに、記憶はなくともこうやって目を覚ましてくれて、私も物凄く嬉しく思いますわ」
サフィはそう言って笑う。その微笑みはまるで天使のようだった。
これが、姉でなければ恋に落ちていたであろう。
「そう思えば、お母様」
「何ですか?」
「ハイスはお母様の子供ではないのですか?」
グレイドは自分の姿を見てからずっと気になっていた。
ハイスと姿があまりにも似ていないことを。
「えぇ、ハイスも、メイも、母親は違います」
「……そう、なんですね」
やはり、ハイスとグレイドは血の繋がりは父親だけのようだ。
「お母様はやはり、俺が国王になれないと、嫌ですか?」
「いいえ、そんなことはありません。それにハイスの母親はメイを生んで直ぐに亡くなってしまいました。それ故、メイもハイスも、私にとっては大事な子供です」
リーファはそう言ってメイの頭を撫でた。
メイは気持ちよさそうにほほ笑んだ。
「そう思えばグレイド、どのくらい記憶を無くしているのですか? もしかして、魔法も剣も忘れてしまっているのですか?」
「魔法とかあるんですか?」
その言葉に三人とも目をまんまるにしている。
「お兄ちゃんは、魔法の天才だったんだよ? 忘れちゃったの?」
正直、この世界に魔法と言うものが存在していることすら知らなかった。
――いいな、魔法。
男の子なら一度は憧れるだろう、魔法やそれらに通ずるもの。
グレイドだって、そんな非現実的な何かに憧れていた。
「それじゃ、練習すれば、俺でも魔法使えます?」
「えぇ。勿論! 素質は充分にありますから」
リーファの言葉に胸が躍った。
魔法が使える、それはどれほどの人類が憧れたシチュエーションだろうか。
「その前に、国王様に会いましょうか? 実はもう既にグレイドが目を覚ましたことは伝えてありますの」
「あ、はい! 是非!」
グレイドは風呂から上がり、着替えを済ませ、国王がいる王属部屋に向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
部屋は思ったほど大きくはなかった。
と言っても、人ひとりが住むには十分の広さが確保してある。この世界に来てからありとあらゆるもが大きいので、感覚がマヒしてしまったのだろう。
「……グレイドか?」
「……はい、お父様」
ベッドの上で上半身を起こして、読書をしている老人。彼が、前国王であり、グレイドの父――マッカー・ランドルトである。
「記憶を失っている今では私の事も覚えてなかろう」
「……はい、すみません」
「謝ることはない。我が国の医療魔法ならば、きっと、記憶も取り戻せることだろう。しかし、時期を焦ってすまなかった。本来グレイドが我が跡継ぎとしてこの国を背負うはずだったのだが」
「いいえ。俺は……私はハイスが立派に務めるだろうと、本当に思います」
「ははは。本当に記憶を失っているのだな?」
マッカーは大きな声で笑った。
蓄えた髭が大きく揺れる。
「何か失礼なことでも言いましたか?」
「グレイドはそんなことは言わない。我にもいつも無礼じゃったわ」
「……そう、なんですね?」
グレイドと言う人物像を未だに掴めない。
とても強くて、魔法の天才であり、ハイスやメイに慕われている。だが、国王に無礼な口調だったらしい。
今のグレイドとは似ても似つかない性格だ。
日本にいた頃のグレイドといえば、特質した才能もなければ、努力もしない。それ故自信もなく、誰に対しても無駄に壁を作ってしまっていた。
基本先輩や年上との会話は苦手で、ついつい、固くなってしまっていたりもした。
「この後の祝杯会は行くのだろう?」
「はい、ハイスから誘ってもらったので」
「私はこの通り、歩くことすらままならぬ。なので、参加することは叶わぬが、是非、ハイスを祝ってやってくれ」
「はい。そのつもりです」
グレイドは部屋を後にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
時刻は夕暮れ。
会場は多くのヒトで溢れかえっていた。
地方の貴族や商人なども招き、グラスを片手に皆が、談話を楽しんでいる。
ハイスは主役なので、舞台の上で座って、食事をしている。
ハイスからグレイドも横にどうだ、と誘われたが、断った。
理由としては、人前に立つことが嫌なのと、色んな人と話したいからだ。
グレイドに足りないのは、この世界の知識だ。
魔法が存在しているがどんな魔法があるのかは知らない。唯一知っているのは医療魔法のみである。
「お母様、この会場内で、魔法に詳しい人はいますか?」
「……そうですね、あの方は魔法に詳しいですよ?」
「そうなのですね、ちょっと、行ってきます」
グレイドは席を外し、リーファに教えてもらった老人に話しかけた。
「魔法のことについて、教えて下さい」
「グ、グレイド様に教えることなど、滅相もない」
「いえ。貴方は優秀な魔法の使い手だと聞きました。良ければ、話を聞かせて下さい」
「……グレイド様がそこまで言うのであれば」
老人は少し、困ったような表情をしながらも、快く魔法について教えてくれた。
「これは人それぞれなのですが、魔法は理想の具現化だと私は思います。魔力を使い、イメージすることで魔法を繰り出すことが出来ますから」
「ほう」
「魔法と言っても、一人一人、魔力の違いがありますので、全ての魔法が使えるわけではありません。私は鉱物魔法と火炎魔法が得意ですね」
「それはどんな魔法ですか?」
「そうですね、火炎魔法だと、このように……」
老人は手から火の球を作り出した。
「……すごい!」
「な、何を言いますか! グレイド様はこんなレベル優に超えてらっしゃるではないですか?」
「え、そうなんですか?」
「えぇ。貴方はどんな属性の魔法でも三日三晩で習得してしまうほど、魔法に関しては天才なので」
「へぇー」
グレイドは他人事に相槌を打つ。
「あのー、魔法ってどんな風に出せばいいですか?」
「…………? 何をいってらっしゃるのですか?」
――あ、これは確かに不自然だな。
グレイドは魔法の天才らしい。なので、魔法の使い方を教わろうとするのは一種の煽り発言になってしまうのだろう。
使い方は自分でどうにかしよう。
「貴重な話ありがとうございました」
「そう言って頂けるなら幸いです」
グレイドがそう言ってリーファの元に戻った。
そのタイミングで、様々な料理が運ばれてきた。
そう思えば、お腹なんて、もうペコペコだ。
グレイドは異世界の料理がどんなものか、期待に胸を膨らませていると、目の前に肉の塊が運ばれてきた。
丁度、人間の太ももほどのその肉を、シェフが切り分ける。
「こちら、兎族のステーキであります」
そう呼ばれた肉は日本ではあまり見ない肉だった。
皆が美味しいに食べているので、グレイドも食べる。
「…………」
正直、あまりおいしくない。
ぱさぱさの鶏肉のような味だ。それに、何処か血生臭い。
「グレイド、どうしました?」
サフィがグレイドに話しかける。よっぽど、嫌そうな顔をしていたのだろう。日本の食のレベルはこの世界より遥か上であることが証明された。
その後も料理は次々と運ばれてくる。
果実系はギリギリ美味しいが、魚っぽい何かや、何かの肉などは軒並みまずかった。
この国は酪農や畜産に特化していると言われているのに、これだということはこの国には牛とか豚のような生物はいないのだろう。
そして最後に来た料理はスープだった。
「こちら妖精スープでございます」
グレイドはそれが目の前に置かれると、絶句した。
スープの中に小さな女の子の死体が浮かんでいるのだ。
「ちょっと! これはどういうこと何ですか?」
「…………?」
大きな声でシェフを止めるも、シェフはピンときていない様子だ。
クライドはこの後、もっと衝撃な風景を見てしまう。
「……なんで、食べているんですか?」
皆、何食わぬ顔でその女の子をパクリと食べている。
それが至極当たり前かのように。
「ちょっと、お母様! 食べてはいけないですよ!」
グレイドは今にも女の子を丸吞みしようとしているリーファを止める。
「どうしたのですか? そんなに焦って?」
ここは異世界だ。
日本とは違う。
魔法もあるし、生きている生物も違うだろう。なので、食文化も違う。
だが、この状況は受け入れられない。
まるで、人間が小さな人間を食べているようなこの状況が認められるわけがない。
グレイドはいてもたってもいられなくなり、走り出した。
どこに行くわけでもなく、ただ、会場を抜け出した。
「…………狂ってる!」
そう叫ばずにはいられなかった――。