俺がグレイドになった日 中編
王国――アングルランドルト。
敷地面積はかなり広く、そのほとんどが農業地帯である。
畜産、酪農にも力を入れており、国として発展出来たのは、それのおかげだろう。
今日はアングルランドルトに新たな王が生まれた。
名はハイス・ランドルト。この国の第三王子として生誕し、国王になるために、努力してきた男だ。年は十五で、国王になるには若干若い分類だが、現国王が流行病にかかってしまい、引継ぎを急いだ形になった。
本来なら、この国に多くの利益を齎した者が国王になるルールだったが、グレイスが目を覚まさないという、緊急事態に陥ったため、その代わりとしてハイスが、国王となったのだ。
ハイスはそのことをよく理解している。
冷酷だか情が深い。更に、国民を引っ張っていこうとする力、そして、国を良い方向に導こうとする意識。国王にふさわしいのは誰がどう見ても、グレイドだ。
「それでは新国王であるハイス・ランドルト様のご登場です! 盛大な拍手で迎えて下さい!」
セバスチャンが大きな声でそう言った。
それに従い、王族衣装を身に纏ったハイスは城の中から姿を現す。
この位置からだと、広場にいる国民を一望できる。ハイスは一通り見たあと、手を上がる。すると、国民の歓声と拍手が止まる。
「皆の者! 今日は、私の為に、集まってくれてこと、心から感謝する。ありがとう」
ハイスは頭を下げた。
その姿に国民がもう一度拍手を送る。
他国では王族が国民に頭を下げることは珍しい。
だが、アングルランドルト国では、国民が真面目に働いていることで成り立っている面が大きく、それを国王も実感している。
なので、ランドルト家では国民に対して、対等であり、その上で、リスペクトを送るという心が根付いている。
「皆が私を祝福しているこの景色を私は一生忘れないだろう。しかし、皆に今一度問う。本当に私で良かったのかと」
その言葉に広場はどよめいた。
だが、言いたいことは分かる。
この地に魔族が攻め込んだ時も、家畜が謎病で、死んでいった時も、この国を救ってきたのはいつだってグレイドだった。
この国の未来を任せられるのはグレイドしかいない。
だが、そのグレイドは眠りについているのだ。
国民はそう思っている。
つまり、ハイスは妥協案。
「先ほど、私の義兄であるグレイドが目を覚ました!」
そう言うと、城からグレイドが遅る遅る歩いてきた。
グレイドは勿論、こんな場所に立つつもりは微塵もなかった。
こんな大勢の前など考えられない。
だが、ハイスに頼まれ、呼んだら出てきてくれ、と言われた。詳しく内容も聞かず、二つ返事で承諾してしまったのだ。
それが運の尽きだ。
あれよあれよとしないうちに服を用意され、舞台袖に立たされた。
そして、今は国民の前に姿を見せた。
湧き上がる歓声に、グレイドは眩暈すら感じた。
「……えーと」
グレイドは自分の声が思ったより小さいことに気が付き、一度咳払いして、大声で叫ぶように言った。
「ひゃの! 私、グレイドは、先程目を覚ましたが、まだ、本調子ではなく、国王にはなれません! なので、ハイスをサポートする形でこの国に貢献しようと思います!」
噛んでしまった割には案外、ちゃんと言えたとグレイドは自己評価した。
だが、国民はしーんとしている。
――もしかし、やってしまったか!
グレイドはオドオドしていると、誰かが拍手をする。
それにつられて、徐々に拍手は増えていき、大きな音になっていく。
どうやら、認められたようだ。
その後はハイスが国民に何かを言っていたが、グレイドはほっとしたせいで、あまり聞こえなかった。
ハイスは舞台から離れ、袖に帰る。
それについていく形で、グレイドもその場から離れた。
「記憶を失っている兄さんにこんなことを頼むのは酷だったかも知れないが、それでも、やっぱり、兄さんは立派にやってくれたよ」
ハイスは安心したようにグレイドにほほ笑みかける。
「……正直、今の俺はグレイドと言う人物をまるで知らない。国民を安心させるためかもしれないが、あんなこと言って良かったのか? 俺は本当にこの国の役に立てるような人物なのか?」
グレイドは当初、冒険しながら、この世界のことを知ろうと思ったが、自分は思ったよりこの国にとって重要人物であるらしく、この国を離れるわけにいかないらしい。
なので、一時にはこの国に滞在することにした。
それは良いだろう。時間には余裕がある。しかし、問題はグレイドと言う存在が優秀だったと言うことだ。
「あぁ。グレイド兄さんはこの国を発展させた中心人物と言っても、間違いないだろう。父様がああなってから、実質この国を回していたのは兄さんだっただろうね」
「そんなにか…………?」
自分は飛んだ大物に、転生してしまったらしい。
グレイドはプレッシャーを感じずにはいられなかった。
「今から、周辺国の王族が集まって、パーティーを開くんだ。兄さんも参加できるかい?」
「あぁ、断る理由はないだろう」
「良かった! それじゃ、一度、ゆっくり、お風呂に入るといいさ。時刻は夕暮れだから、その日にセバスチャンが迎えにくるだろう」
「わかった」
グレイドはハイスにかなりの信頼を置いている。
ここまで、ハイスに言われるがまま、行動しているが、不満はない。
もしかしたら、国王になりたかったハイスと、国王になりたくないグレイドと言うお互いの目的が合致したことがこのような結果に繋がった可能性はあるだろう。
しかし、ハイスからは異常なほど、リスペクトを感じる。
日本と言う、全く別の世界からこの世界にやってきたグレイドは自分がグレイドで良かったと思えるのは、間違いなくハイスが慕ってくれているからだ。
取り敢えず、ハイスに言われた通り、風呂に入ろうと、早速浴室に向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
当たり前だが、城、と言うものはかなり大きい。
風呂場までの距離も尋常ではない。
それに廊下の幅も広い。人が十人並べるほど幅がある。それは、ちょっと言い過ぎかも知れないが、そうグレイドが思うほどには広い。
そして、浴室も当たり前に広い。
白石造りで、壁も床も真っ白だ。それに謎の生物の口からお湯が噴き出ている。
その姿は人魚のように、足が魚の尾っぽのようになっており、上半身は人間のそれだ。この世界にこんな生物もいるのかも知れないと多少ドキドキしながらグレイドは浴槽に浸かる。
「……はぁー」
あまりに気持ち良さに高校生とは思えないおっさんのような声を出してしまったグレイド。
そして、ふと、横を見ると、鏡があった。
そこには当たり前だが、自分の姿が映しだされている。
「……俺、イケメンだな」
まるで、ナルシストのような発言に聞こえるが、グレイドは素直にそう思った。
日本人でなかなか似合うことが難しいであろう、真っ青な髪色に、大きな瞳。すーと通った鼻筋はまさに日本人離れ。
自分の容姿がここまで、優れているとは思わなかった。
ただ、よくよく思えば、ハイスもかなり、綺麗な顔をしていた。前国王の息子である以上血筋はあるのだから、グレイドの容姿が優れても、なんら、不思議はない。
「……どうすっかね」
国民の前で堂々、としていたかは疑問だが、この国に貢献する、なんて大それたことを言ってしまった。
王子である以上、身の安全は確保されているが、折角の異世界、このまま、この国で死んでいくのは勿体ないと思わずにはいられない。
そんなことを漠然と考えていると、浴室の扉がガラガラと開いた。
「お母様とお風呂なんて、久方ぶりですわ。メイも喜んでますよ」
「メイ、嬉しい!」
そこに入ってきたのは三人の女性。
一人は目覚めた時いち早く姿を見せてくれた母親であるリーファだ。
残りの二人は見ず知らずの女性。
一人はグレイドより幾分か年上だろうか。大きな胸を左右上下に揺らしていて、グレイドの目は釘付けになる。髪色はリーファに似て青緑で、これまた、日本では見かけない色をしている。
もう一人はかなり小さい女の子だ。二人とは違って、髪色が金髪であり、少しハイスに似ている。
「あら? グレイド?」
隠れようとあたふたしたグレイドであったが、隠れることができるような場所はなく、挙動不審になってしまっただけだった。
その結果簡単にリーファに見つかってしまった。
「あ! グレイド! 何で、ここにいるの?」
その女の子が後ろから抱きついてくる。
グレイドは勢い余って、顔を湯に突っ込んでしまう。
苦しくなって、顔を上げると、先程の巨乳のお姉さんが目の前に座っていた。
「お母様から聞いてはいたのですが、本当に目覚めたのですね!」
お姉さんはグレイドを抱きしめる。
大きな胸に顔が埋もれたグレイドは恥ずかしさとその柔らかさでもう、訳が分からなくなってしまって、全身の力が抜ける。
「グレイド! 大丈夫ですか!」
お姉さんがグレイドをひょいと持ち上げる。
そして、段差に座らせる。
「……あの、二人は、その、誰ですか?」
グレイドは混乱する頭で、そう尋ねる。
「やはり、忘れてしまっているのですね、グレイド。私は貴方の姉ですわ」
巨乳のお姉さんはグレイド・ランドルトの実姉――サフィ・ランドルトだった。
中途半端で終わってしまいましたが、明日、後編を仕上げます!