狼族と戦った日
深夜。
ハグルト村の宿でグレイドは眠っている。
横にはナギがすぅーすぅー、と寝息を立てている。ナギの体温は高く、風呂で綺麗に洗ったお蔭か、肌がすべすべしているのでグレイドはナギにぎゅーと抱きつく。
カンカンカンカン!
「……わぁ! なんだ?」
急に鳴り響く轟音にグレイドは驚いて起き上がる。
これは警報音だ。鐘をハンマーで叩き、村に何かが起こったことを人々に知らせるために何者かが鳴らしている。
「……うー」
ナギは怪訝そうにうーうー、と嘆いているが起きようとしない。
――何が起こっているんだ?
グレイドはそう思っていると、窓からレディナが入ってきた。
「グレイド様! どうやら、狼族が暴れているようですよ!」
「……そうか」
宿を紹介してくれた男が言っていた。
――狼族が頻敗に襲いに来るんですよね。
と。
それを思い出し、グレイドは寝ぼけながらも、着替え、準備を始める。
「グレイド様、どこに行くのですか?」
「ん? 俺も一応、魔法使えるし、役に立てるだろう」
「もしかして、戦うのですか?」
「うん」
狼族は確かに他の獣族の中でもかなり強い部類には入るだろう。しかし、人間よりは劣る。身体能力で上回っていたとしても、魔法が使える人間にとって、それほど、強敵ではない。
「やめておいた方がいいですよ! 滅茶苦茶強そうでしたよ?」
「うーん。まぁ、大丈夫だろ」
「……で、でも! たまに、村で見る狼族とは違うんですよ」
「…………? どんな風に違うんだ?」
「兎に角、でかくて、強そうでした!」
「……あー、なるほど」
ここで、レディナが言っているのは、特殊個体のことだろう。
ナギも一応、その分類になるのだが、獣族や魚族に多く見られる傾向で、稀に身体が大きい、魔力を所持している、思考能力が高いなど、一般より優れた面があるものを特殊個体の有と呼ぶ。
きっと、レディナが見たのはそれなのだろう。
「レディナ、ナギを安全な場所に連れて言ってくれないか?」
「え、一緒に逃げましょうよ?」
「うーん。一応、俺は戦える部類だろうし、やるだけやってくるよ」
「正気ですか! 死にますよ?」
「まぁ、無理だったら、逃げるよ。それより、ナギやレディナが巻き込まれる方が心配だ。だから、レディナ、頼む」
「…………分かりました。ちゃんと、生きて会いましょう」
「勿論、そのつもり」
グレイドはそう言って、宿から飛び出した。
すると、西側の民家のいくつから火の手が上がっているのを目視出来た。
「あっちか」
グレイドは急いで、狼族がいるであろう、その場所に向かった。
★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「さっさと、避難しろ! こいつら、いつもとはちげーぞ!」
この鎧の男は、ハバス。
アングルランドルト王国から派遣され、ハグルト村の警備をしていた。
そして今夜、狼族が村を襲いに来た。
それ自体はそれほどまで脅威ではなかった。ここ最近、頻繁に村を襲いに来ていたからだ。その度にハグルト村に元々在中している冒険者と協力し、全て、殺処分していた。
しかし、今回はそれとは別物だった。
狼族の数も確かに多いが、大きな問題は、明らかに大きな個体がいることだ。
「くそ! こんな狼族なんて聞いたことないぞ!」
ハバスは剣に魔力を込めながら、それを切りつける。
「…………ちッ!」
しかし、ハバスの剣はその狼族の皮膚に通らない。
――万事休すか。
ハバスが諦めたその時、後方から、水流魔法が放たれた。
「グレイド様!」
「すまん、遅くなったな」
★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
――確かに、でかいな。
グレイドが目にした狼族は、他よりも、二回りほどでかかった。
水流魔法をもろに食らったそれは後方に大きく仰け反り、バランスを崩して、倒れた。
「グレイド様!」
「すまん、遅くなったな」
「いいえ! よくぞ、来てくれました!」
ハバスは飛び跳ねて喜んだ。
「ボスが一撃だと!」
「あの人間、只者じゃねーぞ」
周りで、うろちょろしていた狼族が狼狽えている。
「おい! お前ら、これ以上、村を荒らさないないなら、何もしない。だから、森に帰れ!」
グレイドとしても、戦いを望んでいるわけではない。相手がもう、手を出さないというのならば、これ以上の戦闘はしないつもりだ。
「ど、どうするよ?」
「いや、このままで帰る訳には…………」
狼族は大きな身体で、小さく集まり、会話を続けている。
その時。
「うぉぉぉぉおおお!」
先程、グレイドが水流魔法でぶっ飛ばした特殊個体の狼族が起き上がった。
「いてぇな! ちくしょー!」
それは腹を擦りながらグレイドを睨みつける。
「てめぇ、許さねぇ! ぶっ殺してやるぞ!」
それはグレイドに襲いかかる。爪を立て、一瞬で間合いを詰める。
「な、なんで、当たらないんだ!」
グレイドは連打される爪攻撃を簡単に避ける。
そして、こめかみに指を突き立てると、濃縮した雷霆魔法を放つ。
「ぐはぁ!」
それは遂に絶命した。
その姿を見た狼族は怯えて、森に逃げ返ったのだった――。