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俺がグレイドになった日 前編

今回の作品はかなりグロい描写があるかも知れません。

そう言うのが苦手な方はお控え下さい。

 少年が目を覚ます。

 ベッドから身体を起こし、辺りをキョロキョロ見渡す。

 だが、少年にとってそこは縁もゆかりもない場所だった。


 ――俺、確か、猫を助けて…………。


 少年はどうにか記憶を呼び覚まそうとするがイマイチ記憶が戻らない。どうすればいいか分からず、ベッドに座る。

 自分が誰で、ここがどこなのか。それすら思い出せない。

少年が呆然としていると、扉がゆっくり開いた。そこにいたのは真っ黒なタキシードを着た、初老の男性。


「グレイド様!」


 少年の顔を見るや否や、男の目からは涙が流れた。

 そして、ゆっくり、少年に近づく。


「やっと、お目覚めになったのですね。グレイド様」


 少年の名はグレイド・ラインハルト。この国の王族だ。

 だが、グレイドはその名前に聞き覚えが全くない。


「……あの、ここってどこですか?」

「もしかして、記憶がなくなっておられるのですか?」

「……あー。もしかしたら、そうかも知れません」


 グレイドはははと頬を搔きながらそう言った。


「……大丈夫です! 我が国の医療は最先端です。記憶ぐらいすぐに呼び覚ましょう」

「……そう、ですか」


 グレイドはほっとして胸を撫でおろす。


「すみませんが、貴方のお名前は?」

「私は、セバスチャン、とご主人様から呼ばれています。グレイド様もそう、呼んでいましたよ」

「そうなんですね。セバスチャン、良ければ、僕のご両親に合わせてもらえないでしょうか?」

「はい、勿論でございます。直ぐに及び致します」


 セバスチャンは部屋から出ていく。

 グレイドはこの会話中で、実は記憶がある程度戻っている。

 混乱してはいるが、確実に言えることは、このグレイドと言う少年の身体に自分が乗り移ったということだ。

 今、少年が思い出した記憶は、ここのとは別世界。

 日本と言う国で生活していた至って普通の高校生で、どうやら交通事故で死んでしまい、この少年になってしまったようだ。

 そこまで、記憶が戻れば、今の状況も理解できる。

 これは俗に言う転生と言う奴なのだろう。

 グレイドは記憶を整理しつつ、両親を呼んだのは軽率な行動だったと思った。感覚的にそう言ってしまったが、実際のところ、どう、説明するか迷っている。

 正直に話しても、信じて貰えないだろうし、かといって、下手な噓はバレてしまう。

 ならば、曖昧なことを言って誤魔化すしかない。


「……グレイド」


 そこに姿を現したのは妖艶な女性だった。

 緑茶色したドレスを身に纏い、目元には涙を浮かべている。

 スカートをまくりあげ、グレイドに近づき、強く抱きしめる。


「良かった、本当に良かったわ!」


 グレイにとってはこの人は記憶にない女性だが、その反応から母親だろうと予想がつく。


「…………おかあ……さまですか?」

「……そうですよ? もしかして、覚えてないのですか?」


 グレイドの母親であるリーファは綺麗な顔で深刻な表情をする。

 それを見たグレイドは自分の発言が失敗だったのではないかと思った。

 もしかしたら、母親ではない可能性も考慮して疑問形で尋ねたことが仇となった。


「グレイド様は起きたばかりで、かなり混乱しています。ですが、いずれは記憶も戻り、体力も回復するでしょう」


 セバスチャンはリーファを宥めるようにそう言った。

 それはグレイドにとってはかなりのフォローになった。どうにかこの場は収まりそうだ。


「あぁ、グレイド!」


 リーファはそう言ってもう一度グレイドを抱きしめる。

 こんな綺麗な女性に抱きしめられたら、興奮しそうだが、不思議とそんな気分にならなかった。

 その代わり、グレイドは何とも言えない懐かしさを感じた。

 中身は変わっても身体覚えている。この人は自分の母親なのだと。


「それではリーファ様、わたくしめは祝いの席の準備をして参りますので」


 そう言って、セバスチャンはその場を離れた。


「……私、グレイドに謝らなくてはなりません」

「……何をですか?」

「実はグレイドが眠っている間に国王が決まってしまったのです」

「……そうなんですね」


 グレイドは何でもないような様子で返事をする。

 今のグレイドは自分がそもそも、どんな立場なのかも理解しておらず、リーファの発言でやっと自分が国王と何かしらの関係がある者だったことを知った。


「……すみません」


 しょうぼりしているリーファに何と言葉を掛けてやればいいか、迷ったが、こんな時はあまり、刺激してはならない。


「大丈夫ですよ、お母さま。私は国王になれなくとも、全く気にしません」


 グレイドはできる限り、言葉を選んでそう言った。


「貴方、本当に記憶がなくなっているのですね」


 またも、墓穴を掘ってしまったらしい。


「昔のグレイドはそれはそれは国王になるため、日々研鑽を積んでいましたのに」

「……すみません」

「謝ることはありませんよ」


 リーファはにこやかに笑った。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 


「グレイド兄さん、目を覚ましたんだな」

「……えーと、君は?」


 あれから、この世界について様々なことを知った。

 自分がこの国の国王候補であることはリーファの話を聞いていて、想像がついていた。それは予想通りだったのだが、どうやら、この国では、多くの功績を収めた者が次の国王になるという、掟みたいなものがあるらしい。

 そして、その最有力候補がグレイドだったのだ。

 しかし、ある時、急に眠りから目を覚まさなくなったのだという。


「……兄さん、馬鹿にしているのか?」

「いや、そうじゃなくて、俺、記憶がないみたいなんだ」


 目の前にいる何処か幼さが残る男はグレイドの義弟であるハイスである。


「それは真か?」

「あぁ」


 グレイドは、自分が違う人格になったことは言ないでおくことにした。

 それに、今日は国王が引退し、新国王が誕生する日。ただでさえ、今日と言う日を祝おうと城内は慌ただしく動いている。こんな時に面倒事を増やすわけにいかない。

 それと、記憶喪失ではなく、別人格だとわかれば、もしかしたら、この国を追放されるかも知れないのだ。そのリスクは避けたい。


「記憶を失っている兄さんにこんなこと言っても仕方ないことかも知れないが、僕だって、納得はしてないさ。こんな形で兄さんがなるはずだった国王になるなんてな。確かに兄さんが目を覚まさなければいいのにと、何度も思った。だが、実際そうなってしまうと、寂しいものだ。まるで、情けで僕が国王になったようで」

「…………」


 グレイドは何も言えなかった。

 ハイスがどれ程、憂いても、本当のグレイドはもう、いないのだから。


「それでも、僕が国王になったら、この国をより良くするために、尽力して見せるさ」

「……あぁ、頑張ってくれ」

「…………!」


 グレイドが素直に応援する姿にハイスはかなり驚いた表情をしていた。ハイスが知っているグレイドは決して人を応援するような人間ではないからだ。

 だが、グレイドにとってこれは都合が良かった。

 折角、転生したのだ。ならば、冒険でもしたところ。国を任されていたら、上手く動けない。

 それにハイスになら任せられるだろう、そう、何となく思っていた。

 この後、訪れる受け入れない世界の常識に打ちのめされることも知らずに――。


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