第8話:リハビリ・エブリデイ
【遭難十九日目】
「――そう、そうなんだよ。案外、歯ごたえが癖になるよね?」
「キュウ――キュ」
「動けないんだよ」
「キュウ、キュウ」
「いや、乗っかられても動けないんだよ? 押し付けられても困るんだよ?」
特定の話で盛り上がってると思ったら。
相手は、全く別の事をし始めたとか。
案外ある話だけど。
これは、違うよね。
だって、僕とアブラムシさんでは意思疎通無理だし、そもそも話噛み合わないし。
僕が木の皮の話を振っても。
この子は顔に張り付いてて。
「いや、甘いんだけどさ? 木の皮と合わないんだよ」
「キュウ、キュウ」
「というか、台無しって感じ?」
折角ケーキ食べてるのに。
木片詰め込まれたような。
如何に美味しいモノでも。
全然好きじゃないものと一緒に食べさせられたら、美味しくないし、むしろ怒るというモノ。
「だって、そこにあるんだからさ。山と同じだよ」
「キュウ、キュウ」
「ホラ、アレだよ。知らないと気にもならないけど、目先にぶら下げられて奪われたら、凄くイライラするってやつ」
「――ギチギチギチ」
「あ、カミラ?」
「ギチギチギチ……?」
「うん、やっぱり話通じないんだ――え? 身体がどうか――アバババババ」
アブラムシさんと話していたら。
おもむろにやってきたカミラに。
コロコロと転がされ。
二転三転させられる。
多分、僕の身体の心配をしてくれている――んだよね?
旦那さんで遊んでないよね?
「ギチギチ、ギチギチ」
「……うん。そうだね」
「キュウキュウ」
「分からないけど、君の蜜、変な作用があるのかな。痛みを和らげるとか、もしかしたら傷の治癒とか」
腕を動かせるようになって。
リハビリなんてしてるけど。
もしかしたら、僕は。
また、立ち上がれるようになるのかなぁ。
◇
「――フンッ――フンヌゥゥゥ―――ッ!!」
リハビリというのは大変で。
本当に、苦しいモノなんだ。
人間の身体っていうのは繊細で。
ほんの数週間、数か月寝たきりになっていただけで、立ち上がって歩く事も大変になる。
宇宙へ行ったらもっと大変って言うよね。
「何でも、カルシウムが血中に溶けだしたり、帰ってきたら筋力が異常に弱くなってたり……とか」
「キュウ、キュウ!」
「……あぁ、うん。やるよ? やるけどさ?」
何で、そんなに乗り気なのさ。
僕のスポーツトレーナーなの?
意志疎通無理なのに。
何で、喜んでるとか急かしてるとか分かっちゃうかなぁ。
「――――んん……ッ!」
「キュウ」
「――――ンン……ッ!」
「キュウ」
「……ねぇ、いま何回?」
「キュウ、キュウ」
「そっか。じゃあ――10……! 11……! ――いま何回?」
「キュウ、キュウ」
……………。
……………。
「―――んで、今何回だったりする?」
「キュウ、キュウ」
……………。
……………。
「ねぇ、時そばって知ってる?」
「キュウ……?」
「いや、キュウじゃなくてさ。何か、やってて凄く馬鹿馬鹿しくなってくるんだけど」
今迄突っ込まずに頑張ってたけどさ。
何か、凄く馬鹿馬鹿しいんだよ。
特段、ご褒美がある訳でもなし。
大きな目標が存在する訳でなし。
只、淡々と起き上がる為のリハビリを続けるのって、凄く不毛に思うんだよね。
―――うん、不毛。
「……というか、動けるから何だってのさ」
「キュウ、キュウ?」
「僕、只の高校生だよ?」
「キュウゥ……キュ」
「只の高校生が推定異世界で動けるからって、何が出来るの? 現代知識とか無双とか、出来るわけないじゃん。特典ちょうだいよ、美少女は? ご都合主義は? 僕の異能は何処なの?」
近くには落ちてなかったし。
絶対持ってもなかったよね。
ヒロインどころが、奥さんはアリだし。
毎日毎日引き摺られて。
そろそろ幻覚だって見ても良いのに、全然美人に見えてこないんだよ?
悪夢で良いから美少女にしてよ。
せめて、普通の女の子にしてよ。
「あーあ、馬鹿馬鹿しい」
「キュウ……?」
「やーめた、リハビリなんて」
「キュウ……」
「―――何でそんなに残念そうなの? 意志疎通できないのに、あからさまに落ち込んでんじゃん。何? 悪いの? 僕が悪いの? ソレ」
僕が運動を止めた途端。
これ見よがしに蹲るアブラムシさん。
若干の罪悪感を覚えつつも。
僕にはどうしようもなくて。
只、謝る事も出来ず。
友達と喧嘩したような気まずい沈黙の中で、無為に時間を過ごしていると。
「―――ギチ――ギチギチ」
「……アイン」
「……キュウ」
あぁ、丁度太陽が真上だね。
「ねぇ、アイン。僕、筋トレ辞めようと思うんだけどさ?」
「――ギチギチ?」
「ごろごろで中年太りのパパは嫌だよね?」
「――ギチ、ギチ」
「イヤなら、即刻家庭環境の改善と、パパの権限の拡張を――イタッ」
スコン、とぶつかる茶色い板。
それは、僕たちの万能食糧で。
「……………ギチ」
良く分かんないけど。
軽蔑するような目で僕を見たアインは、さっさと地下へ帰ってしまい。
再び訪れる静寂の中。
僕は乾いた笑い声を漏らす。
「―――はははッ。パパ、久しぶりにキレちゃったよ」
世の父親はこんな感じなのかな。
完全に序列が最下級……奴隷で。
まるで取り合ってもらえなくて。
「これでも喰っとけ」みたいな感じでご飯を投げつけられて。
僕の権限は何処にあるの?
と言うか、何で軽蔑なの?
普通のアリさんなら。
餌が勝手に歩き回らない方が、絶対に良い筈なのに。
「キュウ……キュウ」
アブラムシさんも食べないし。
本当に、消沈しているのかな。
「―――ねぇ、ご飯……食べたら?」
「キュウ……」
「ストライキなの? 僕が運動するまで食べない的な?」
何だか、もやもやするよね。
実際、アブラムシさんは悪くないし。
僕が勝手に騒いでるだけ。
「……コレで、気が長い方だと思ってたんだけどなぁ」
やっぱり精神がやられてるんだね。
碌に動けず、引き摺られ、木の皮。
そう、娯楽が無いんだよ。
人間にとって原初にして最高の娯楽、その一つである食事がソレだと……うん。
「……………キュウ……」
「――うん、有り難う」
小さな口で木の皮を咥え。
差し出してくれるまん丸。
とっても嬉しいし。
仲直りの印と受け取っても良いんだろうけど――はははッ。
―――やっぱり……なんだけどさ。
「僕のご飯――このままじゃ、ずっと木の皮?」
「キュウキュウ」
「……マジかー」
初めて実際に直面する事になった、究極の選択。
一生、木の皮を食べて暮らす。
それも良いかもしれない。
だって、僕はともかく、アブラムシさんは主食だし。
只、虫さんと同じ食生活になるというだけ。
でも、僕がもっと頑張るのならば。
いずれは歩けるようにもなって。
もう一度肉の喜びを思い出せる。
……ロース、カルビ、タン、サーロイン。
「レバーは嫌いだけど……………もうちょっと、頑張ってみようかな。今は、これで栄養を――マズッ」