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第7話:自分の幸福は蜜の蟻

【遭難二十五日――朝】




「――ギチ、ギチギチ、ギチギチ?」

「そう、なのかも」

「ギチ、ギチギチ」

「――うん? 独り言だよ。何言ってるのか分からないよ?」

「「ギチギチ」」

「耳元やめて? 乗っかるの止めて? あと、夢見が悪くなるって分かるかな。そんな鳴かれると、僕悪い夢見るよ絶対」



 囲まれてると凄く怖いんだよ。


 まるで、巣で蟻に囲まれ……。


 巣でアリに囲まれてるんだよ。

 文字通り引きずり込まれて、アリたちに囲まれているんだよ、今更だよ。



「――ねぇ。僕、二度寝するつもりなんだけど?」

「「ギチギチギチ」」

「分かっててやってるよね」



 瞳を閉じた途端に。

 悪ふざけするように顎牙を鳴らすヴァイとカミラ。

 これは、僕の睡眠時間を奪う事でより従順な餌になるようにという高度な策略かもしれない。


 ヴァイも大分慣れて来たよね。

 今じゃカミラも傍に置いてるくらいだし。


 で、先程から考えているのは。


 あのアブラムシさんの事だよ。



「あの子、今はアインと一緒にいるんだよね?」

「ギチギチギチ」

「偶にしか来ないから分からないけど、そうだよね」

「ギチギチギチ」

「――共生……で合ってるのかなぁ。あの子、嫌がってたけど」



 アリとアブラムシの共生。


 それは、有名な話だろう。


 アリが彼等を守ってあげて。

 代わりに、アブラムシは腹部……お尻? この辺は曖昧だけど、蓄えた蜜をあげるんだ。


 甘かったのは。


 多分ソレだろうけど。

 あの子「キュウキュウ」鳴いて嫌がってたんだよね。



 ―――最初は……だけど。



 あの後、何度も何度も。


 何度も顔の上に乗られ。


 もがもがされたんだよね。

 そう、丁度今カミラに乗っかられているみたいな感じで。


 失礼かも知れないけどさ。


 お嫁さん、凄く重いんだ。



「ソレ、やっぱりマウントなんだよね?」

「ギチギチギチ」

「旦那さんを物理的に尻に敷くの止めようよ。重いんだよ?」



 アインが一番やるけど。

 カミラも偶に乗っかって来るんだよね。


 そして、乗った後は。


 ヌルヌルした舌が。


 僕の首筋を撫でる。


 アインとヴァイはお肉食べてるのに。

 カミラは、本当に僕の血ばっかり飲んでるんだ。

 駆けつけとかじゃないけど、起きがけにまず僕の血を飲んで一日を始めるのは、凄くアレだよ。


 そう言えば、アブラムシさん。


 あの子は何を食べてるんだろ。


 一緒に居る時、大体顔の上だし。

 そんなに長い間じゃないから、よく分からないんだよね。



「――でも、アイン……遅いなぁ。いつもはもっと早く来るはずだけど――やっぱり二度寝しちゃう?」



 男子高校生らしく。

 

 二度寝したいけど。


 僕には一日のスケジュールがあるんだ。


 一、夜明けと共に起こされ。

 二、カミラに血を吸われて。

 三、アインがお迎えにきて、引き摺られて一階へ。

 四、出勤するアインかヴァイを送り出して。

 五、日向ぼっこを楽しみ。

 六、帰ってきたアインかヴァイに巣の中へ引きずり込まれて、真っ暗な地下で就寝。 



 これこそ、完璧な一日。


 それを迎えるためには。

 日の目を見るためには。

 お日様を拝むためには、不本意だけどアインに引きずられる必要があるんだよね。



「――キュウ………」

「ギチギチ、ギチ」



 ―――あ、来た。 


 アインの顎牙音。

 それと同時に、声だけ可愛いまん丸の鳴く音。



「おはよ。で――ねぇ、アイン」

「ギチギチ……?」

「その子、もうちょっと丁重に扱ってあげられないの? 完全に僕と同じ扱いじゃん」



 顎牙痛そうだよね。


 絶対痛い奴だよね。


 まあるい身体が無惨にも弾けて。

 色々と僕の顔に降り注ごうものなら、「あまっ」って言いながら気絶するよ僕。



「ところで、何時ものは?」

「ギチ……ギチ」

「話しにくいでしょ。離したら?」

「………ギチチ」



 一向にアブラムシさんを放さず。


 口に咥えたまま頷いてるアイン。


 コミュニケーションはバッチシだね。



「―――つまり? アインはその子を連れてくの?」

「……………」

「キュウ……」

「やった! じゃあ、二度寝出来るじゃん!」



 僕は、真面目な高校生だったから。

 一日たりとも遅刻とかはしなかったから、こういう時くらい怠けたい。


 完璧な一日とかどうでも良いよね。


 偶には一日中寝て過ごしたいんだ。



「まぁ、いつだって寝たきりなんだけどね。じゃあ、御休みなさ――イダダダ―――ッ!?」



 伏兵さんがいたよ。


 まさかのヴァイだ。


 不意に足を挟まれ。

 引き摺られていくけど、慣れていないから加減ががががががが―――ッ。

 


「………はは……光が――眩しい――ガクッ……」



「ギチギチギチッ!!」

「………ギチ」



 頭とか打って、結局気絶したけど。



 ―――ヴァイ、何か怒られてるみたいだったね。




   ◇




「まぁ、そういう訳だからさ?」

「――キュウ……」

「非常食同士、仲良くしようね」 

「キュウ、キュウ」

「畏まらなくていいよ。どうせ、その内一緒に食べられるんだから。男子高生のアブラムシソース掛けとか、絶対美味しくないだろうけど」

「――キュウ?」



 やっぱり扱いが雑だから分かる。


 この子も僕と同じ非常食なんだ。


 洞窟に差し込む光で一緒に日向ぼっこして。

 時折顔面に乗ってきては甘いおやつを提供してくれるアブラムシさん。


 その意図だとか。


 狙いだとか……。


 そういうのは全く分からないけど。

 人間と虫さんだし、当然だよね。

 ミツも変な害とかないみたいだし……それどころか、むしろ身体が痛くなくなるし。


 それに気付いた今では大歓迎、オールオッケーで。


 ほら、こうして…イタタ。


 腕だって動かせるように。


 痛いけど、リハビリってやつだよ。

 僕は空へ掲げた両腕を動かし、そのまま顔の上の球体を掴んで横へと転がす。



 ―――キュウ。



 また乗って来るので。


 再び、掴んで転がす。



 ―――キュウ。



「ボール遊びしてるみたいだよね?」

「キュウ、キュウ」

「キュウじゃないよ。毎日毎日、どうしてそんなに僕の顔が良いのさ。悪いけど、顔は良く(イケメンじゃ)ないよ?」

「キュウ、キュウ」

「……もしかして、食べる気? いくら面食いでも、物理は嫌だよ」



 言いながら、顔の上の球体を撫でる。


 後は、掴んだり産毛を引っ張ったり。


 とにかく、モチモチなんだよね。

 姿はともかくとして、スクイズみたいで癒されるし……この子の皮、すっごく頑丈みたいだ。


 

 ―――キュウ。



「キュウ、キュウ」

「いや、ゴメン。ちょっと放りたくなっちゃって……もう一回良い?」

「キュウ、キュウ」



 ……また乗ってくれるって事は。




「―――キュウ」




 ……………。



 ……………。



 アブラムシさんをモチモチしたり。


 放ったりしながら楽しんでいると。


 やがて日は高くなり。


 丁度真上に来ていた。



「――って事は、もうお昼時だし。そろそろアインが――あぁ、来たね」

「キュウ、キュウ?」

「顔に張り付かれてても、音で分かるんだよ」


「――ギチギチ」


「うん、分かるよ。取り敢えず僕の上に乗って、顔の上に木の皮落として、それで帰宅だよね? 今更扱いが悪いとか言わないよ」



 言わないだけで、思ってはいるけどね。

 不満はあっても、何度も何度も繰り返されれば慣れるってもんだよ。


 目は見えてないけど。


 その手順も丸暗記だ。



 ―――キュウ……と、突然開かれる視界。



 アインは僕の上までギチギチやって来て。

 アブラムシさんを剥がして。

 木の皮を僕の上へとポトリ。

 ついでに、隣のアブラムシさんにもポトリ………。



 ……………ん?



 ……………え?



「―――こらっ! アイン――ッ! 幾ら未来の餌だからって、アブラムシさんにも僕と同じモノは失礼だよ! 噛み切れないでしょ? そんな非常識な虐めっ子に育てた覚えはないよ!」

「……ギチ……?」

「キュウ、キュウ」



 ――ほら、この子も抗議してる。


 しきりにキュウキュウ鳴いてて。

 アインに何かを伝えるように……している最中にも、アインは去って行く。



 ……アインが……そんな……。



 もうグれちゃったんだ。


 僕とカミラの第一子が。



 ―――ポリ。



 ―――ポリ、ポリ。



 何処かにお悩み相談できないかな。

 アブラムシさんだって、こんな硬い木の皮は食べられないって……ポリ?



 ……隣から聞こえるのは。


 ポリポリという齧る音で。


 

「……………え? キミも木の皮食べるの?」

「キュウキュウ」

「もしかして、さっき喜んでたの? 歯とかあるの? ―――というか主食なの――ッ!?」

「キュウキュウ」




 ―――その日、僕に食事仲間が出来たのだった。

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