第5話:かわいい?(確認)
【遭難:十日目――夜】
「ギチギチ、ギチギチ、ギチギチ」
「いや、お願いだよ」
「ギチ! ギチッ!」
「……うぅ。でも、ちゃんと面倒見るからさ? もうしないよねって言って聞かせるからさ?」
それは、非常に厳しい交渉だ。
「それに、ホラ。アイン強いし?」
「ギチギチ?」
「……ギチ?」
「抵抗しようなんて気も起きない位叩きのめされてたし?」
「「……………」」
「だから、大丈夫だと思うんだよ。だって、一人で生きていくより、ずっと楽な筈だし、裏切る理由がないでしょ?」
僕が行っている交渉。
それは、別アリの事。
身体はボロボロで。
落ち延びてきたサムライのようなアリさんは、きっと住所不定。
帰る場所がないから。
あそこまで必死に僕へ突撃してきたと思うんだ。
根拠はないけど、もうそれしかないと思うんだ。
だから、お嫁さん達に交渉して。
此処に置いて貰えないかなって。
「ホラ、君たちアリさん――」
「ギチギチ」
「……アイン達って知能高いでしょ? 僕のいう事分かってるなら、同種の別アリ君も同じだよ」
何故かアインが怒るけど。
纏められたのが不服だったんだろうと、名前を言い直して話を続ける。
言っている事が分かる。
それなら、大丈夫だと。
当の別アリ君だって。
心を入れ替えて、お嫁さんの元で働いてくれるかもしれないんだ。
「……………ギチ」
「ギチギチ?」
「……………」
「――良いの? やった! じゃあ、此処からは僕に任せてよ」
よく分かんないけど。
お嫁さんとアインは眼を怒らせていなくて。
多分、納得はしていないけど、様子を見てやるって感じじゃないかな。
二人の様子を伺いつつも。
お許しが出たという事で。
僕は、別アリ君へと。
これからは仲間という事になる外骨格アリに向き直――首を動かす。
「で。君は雇われという事になるね」
「ギチギチ?」
「バイトだよ」
「ギチギチ…」
「大丈夫だよ。暫くは経過観察だけど、働き次第では昇級もあるから」
不満だってあるだろうけど。
命があるだけマシだからね。
あと、どんな餌にせよ。
木の皮よりマシだから。
どう転んだとしても。
僕より待遇が下になる…なんて事にはならないから、心配しなくて良いんだ。
「――という訳で、キミはバイト。――ツバイトだ」
「……ギチギチ」
「じゃあ、ツヴァイト」
「ギチギチ?」
「二って意味のツヴァイと、アントを繋げたんだ。何言ってるのか分からないけど、コレで決まりで良いよね?」
「ギチギチギチギチ」
それで良いみたいだ。
顎牙を鳴らしたツヴァイト…ヴァイは。
僕へと向かって歩んでくる。
――けど、アインが塞がる。
仲良くないのは当然か。
ついさっき決闘したし。
そのままアインは顎を鳴らし。
ヴァイを何処かへ連れて行くようで、先導するようにお尻を向けて見えなくなる。
ヴァイもちゃんと。
付いて行くみたい。
取り敢えずは、コレで解決って事で大丈夫なのかなぁ。
◇
【遭難十五日目――夜】
「――でさ? 何故か急かされてたから、最近夜のうちに色々と考えてたんだよ」
「ギチギチ?」
「確か、カミラって言葉が蟻って意味だったかな」
「ギチギチ」
「女性っぽくて良くない?」
カーミラって言えば。
女性吸血鬼が浮かぶ。
16.7世紀のハンガリー貴族。
血の伯爵夫人として多くの女性を贄にして、その生き血を得ようとした悪女。
……多分癇癪持ちで。
お嫁さんにピッタリ。
なんて言ったら殺されるから。
その辺は話さずに、名前や由来などだけ話してあげるんだ。
僕自身もゲームとかの知識だけど。
彼女も血を吸うのがお仕事だから。
もう凄くピッタリだよね。
お嫁さんが吸血鬼なんて。
ファンタジー小説とかだったら絶対羨ましがられるんだろうけど、悲しい事に現実とは乖離があるんだよね。
怖いよ、このお嫁さん。
「――ところで、次の子は何時頃の予定なの?」
「ギチギチ」
「……今首振った?」
「ギチギチ」
「頷いたよね? 今」
多分、僕の反応を見てきたことで。
それがどういう意味なのかを理解してきているのだろうけど……。
本格的に意思疎通が出来る。
もう、勝ちみたいなものだ。
でも、横に振るって。
暫くは子供は作らない――又は、作れないって事だよね?
「何で作らないの? もしかして、マンネリ――ングッ!?」
「ギチギチギチギチ」
「木の…皮……餌?」
「ギチギチ」
「――そっか。つまり――ングッ。食糧が不足しちゃうから――ングッ……先に、そっちを如何にかするんだね?」
いきなり詰め込まれたのは。
流石に窒息するかと思って焦ったんだけど。
なんて出来たお嫁さんだ。
無計画無尽蔵じゃなくて。
将来を見据えているんだ。
となると、暫くは僕とカミラ、アインとヴァイの四人でやりくりすると。
「――ングッ。うん、もうそれは良いよ。ところでさ」
「ギチギチ?」
「何時になったら僕を食べるの?」
「ギチギチ」
「いや、分からないよ? 頷かれても分からないよ?」
どういう意味の肯定?
はいかいいえだから。
流石に複雑な話ともなると、まだ難しいみたいだね。
食べられないのは有り難いから。
別に、これ以上話す事無いけど。
「そろそろ地下二階が整備されてきてるよね。食糧どうする?」
「ギチギチ、ギチ」
「皆で僕の血舐めるのも限界だよね?」
「……ギチ、ギチ」
「じゃあ、お揃いで木の皮は――あ、嫌ね。じゃあ、地下で何か栽培するとか、外で獲物を狩って来るとか?」
首を振るお嫁さん――カミラに。
僕は、新しい提案を出してみる。
多分、お肉行けるよね。
というか、雑食だよね。
今の所、カミラたちは僕の血を舐めてるけど。
流石にヴァイも追加となると、先に僕の方が干からびちゃうと思うんだよ。
「だから、次のステップ…狩猟民だ。カミラは、お肉とかも食べるよね?」
「ギチギチ?」
「そう、ソレ」
「ギチギチ、ギチ」
「うん。肉の例が僕の腕なのはどうかと思うけど、ならアインに狩りをしてもらおうよ」
「……ギチ?」
「心配しなくて大丈夫だよ。五日間ずっと頑張ってくれてるヴァイは良い子だし。というか、襲われてもカミラのが強いでしょ?」
それは間違いないだろう。
一番強いのはカミラだよ。
「ギチギチ――ギチギチ」
僕の言葉に気を良くしたのか。
彼女が、大きく顎を鳴らすと。
すぐにカサカサという音と共に、二人が僕たちの部屋へやって来る。
「――ギチギチ」
「あぁ、来た来た。進捗どう? アイン、ヴァイ」
「「ギチギチ」」
「うん、分からないよ。何も分からない」
「ギチギチ、ギチギチ」
「ギチチ?」
「ギチギチ」
「……うん、話すのは別に良いよ? でも、僕の腕をお肉の例にしないで?」
お肉を狩ってこいって。
話しているのは分かる。
分かるんだけどさ。
例がおかしいよね。
一々僕の腕を前足でツンツンするの止めない? それもう、ブラックジョークじゃん。
「ギチギチ、ギチ」
「……………ギチ」
カミラの話が終わると。
次はアインとヴァイだ。
二人は何を話してるのか。
何故か、アインがギチギチ言いながら何度も「シュコン、シュコン」と腹部の針を出し入れして。
ヴァイ、凄いタジタジ。
多分怯えてるよねコレ。
「ギチギチ、ギチギチ」
「うん、狩りはアインに任せるけど、無理はしないでね? ――乗らないでね?」
「ギチギチギチ――」
「「ギチギチギチ」」
「いってらっしゃーい。気を付けてね―――っ!」
いつも通りの事ではあるけど。
何故か、僕の身体へと乗って。
やがて、出て行くアイン。
これから、巣の外で狩りに行ってくるんだ。
アインなら大丈夫だと思うんだけど、無事に戻って来てくれなきゃパパ怒るからね。
……………。
……………。
多分、数時間が経過して。
僕がウトウトしていると。
こちらへ近づく振動とか。
慣れ親しんだギチギチ音とかが聞こえてきて、僕は現実に引き戻される。
どうやら、アインが。
巣へと戻って来たみたいで。
高らかに胸を反らして。
お腹をフリフリしつつ。
如何にも手柄を主張するように歩んでくるその影は、顎に何かを挟んでいて。
こちらにお尻を向け。
ズルズル引き摺って。
やがて、見えるのは。
ザラザラしたような薄茶色の肌をした――人型。
背丈はやや低くて。
耳は、何処か尖り。
簡単な腰ミノのようなモノを下半身に巻いている姿は、まるで……えぇ?
「………アレって、もしかしてゴブリン?」