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第4話:かわいい(錯乱)

【遭難:十日目――昼過ぎ】




「――ねぇ、引き摺って行くのは流石に酷くない?」

「ギチギチ、ギチ」

「分からないよ?」



 つい先日まではぷにぷにだったのに。

 いつの間にかすーごく硬い外骨格に覆われていたアリさん。


 相変わらず何言ってるのか。


 全く分からないんだけどさ。


 何と、洞穴が洞穴をやめた。

 先日目出度く成人した第一子がせっせと穴を掘ってくれたおかげで、下に広くなったんだ。


 現在の部屋割りとしては。


 前までいた地上の洞穴と。


 地下一階の三部屋だけど。

 地下の方は当然、光が差し込まないから凄く暗い訳で……僕にとっては不便だった。


 だから、亭主(ひじょうしょく)の権限で。


 直談判したんだけどさ。




『ここ、暗いよね? 僕、明るい方が好きなんだけど』

『ギチギチ?』

『ギチギチ』

『――ギチギチ』

『二人で会話しないで――え? 何で足引っ張――いたたたッ!?』



 

 そしたら、一日の日中。


 暗くなるまでの間だけ。


 定期的に第一子が一階へ運んでくれるようになった。

 非常食の割には随分と好待遇なんだけど、移動の扱いが雑だから、やっぱり餌なんだよね。


 後、推定お嫁さん。


 明らかに僕のいう事を。

 分かってきているよね。

 あの会話で、彼女がギチギチいった途端、第一子が地上まで運んできてくれたんだし。



「ねぇねぇ、アイン」

「ギチギチ」

「君は流石に理解してないよね?」

「ギチギチ」


「……僕、お腹減っちゃったなぁ」

「ギチギチ。ギチギチ」



 あぁ、例の木の皮ありがとう。


 良く分かったね、言ってる事。


 ……………あのさ。

 何で二人共理解してるの? 流石に知能高すぎない? 


 もう、意味わかんない。

 これは現実逃避でお昼寝するに限るよね。



「じゃあ、僕此処で寝てるからさ」

「ギチギチ」

「うん、頑張ってね。彼女が呼んでたら引っ張って――裏っ返さないで?」


 

 何言っているのか分からないけど。


 大方、今まで通り巣の拡張だろう。


 顎を鳴らしたアインは。

 僕をうつ伏せに返すと。

 いそいそと、地下の方へ引っ込んでいってしまった。



 ところで、アインっていうのは。

 第一子に僕が付けた名前なんだ。


 正確にはアイントだけど。


 一という意味のアイン。


 そしてアリさんのant。

 二つを掛け合わせた、非常に安直な名前だったりする。



「――こうやって地上階には自由に来られるけど。……逃げられないんだよねぇ」



 今は、完全なフリータイム。


 逃げるのは簡単な筈なのに。


 此処が薄暗い森だって分かってるし。

 何より、動かそうにも身体が痛すぎて動けないから、逃亡は不可能。


 いや、そもそもの問題で。


 僕が居なくなっちゃうと。


 お嫁さんとアインが困るし。

 現在の二人の食事が僕の血だけなわけだから、実質養っているようなモノなんだよね。


 僕は、良い旦那さん。

 家族サービスもしてるんだね。


 

「……流石に誇張かな。僕だって木の皮貰ってるし」



 近い所が共生関係。

 アリとアブラムシさん…シジミチョウ…後は、人間と家畜の関係で。

 僕は、豚さんで―――ブヒブヒ?


 ともかく、逃げる事は出来ない。


 何だかんだで情が湧いてるから。



「じゃあ、おやすみなさーい」



 こうやって。

 何かが変化するまで、ただ日々を寝て過ごすしかないんだよね。




   ◇




「………ん。――んん? アイン?」

「ギチギチ、ギチ」



 不快な音で目を覚ます。


 いや、それは酷いかな。


 ……不快だよね?

 幾ら自分の子でも、休日に疲れて寝ているときに大騒ぎされたら、パパも不快だろうし。


 

「ギチギチ、ギチギチ――ギチギチ」



 ……………。


 ……………。


 うん、コレはアレだ。

 もしかして――ヤバい状況かもしれない。



「……ねぇ、アイン――」



「――じゃないよね。君、だれ?」

「ギチギチ」

「いや、分からないよ」

「ギチギチ、ギチ」

「アインじゃないよね、キミ。流石に、自分の子供くらい見分け付くよ」



 別に、見分けたい訳じゃないんだけど。


 感覚的に分かるんだから、仕方がない。


 瞼を開いて考えるけど。

 飛び込んでくるアリさんは、僕たちの子共そっくり。



 ―――ではあるけど。



 映る彼は若干痩せていて。

 体表の泥が乾いているし。

 アインが迎えに来るにしても、そんなに早く乾くわけもないから、アレは別アリだ。


 硬い灰色の外骨格とか。


 鋭い顎牙とかがあって。


 やっぱりアリさんだし。

 もしかして、他にも巣があったりするのかな?

 でも、今日までお嫁さんとアイン以外の生物を見る事は無かったわけで――何で此処に?



「――ね、何しに来たの?」

「ギチ…ギチ」

「……僕を食べたい、とか言わないよね?」

「ギチギチ」

「あぁ。言う顔だね、それ。血を舐める時の彼女みたいだよ」



 でも、よっぽど獰猛で。


 顎牙が剥き出しってさ。


 ペロペロペロリじゃなくて。

 バリバリむしゃぁ、って感じの表情だよね。



 表情分からないけどさ。



「――ほら。僕には…ほら? お嫁さんと子供が居るんだよ」

「ギチギチ、ギチ」

「養わなきゃいけないんだよ」

「ギチギチ……!」

「回れ右して、見逃してくれな―――ッ!!」



 何とか引き取って貰おうと。


 言葉を尽くすのも虚しく。


 僕へ向かって猛進してくるアリ。

 ガキャガキャと砂埃を巻き上げ。


 自転車のように素早く。


 真っ直ぐ、(エサ)(エサ)へと。


 覗く顎牙はとても鋭いけど、片方がやや欠けていて……あぁ。



 絶対痛いやつだ。



 ノコギリの奴だ。



 余りの恐怖に思考を放棄して。

 僕は、瞳を閉じて身を委ねる。



 ……………。



 ……………。



 ―――が、しかし。



 待てども待てども、鋭い痛みはやってこず。

 耳に届くのは激しく土の上を転がる巨体の振動と、威嚇するようなギチギチ音。



「ギチギチッ! ギチ!」

「ギチ…ギチギチ」

「――アイン?」



 何と、アインだ。


 僕の第一子だよ。


 まるで僕を守る様に。

 別アリの前にそびえ立ったアインが、次にとった行動は。


 相手に、まさかの。


 お尻を向ける暴挙。



「――コラっ! アイン! そんなはしたない真似はパパ許さないよ!」

「………ギチギチ」

「いう事聞きなさい!」

「ギチギチギチ!」



 お父さん(エサ)を完全に無視して。

 丁度、アインが激しく顎牙を鳴らした瞬間。

 


 擬音で言うなら「シュコン」と…。


 お尻から飛び出したものがあった。



「――ナニソレッ!? パパ聞いてないよ!?」



 腹部のはしっこ。


 お尻の部分から。


 蜂のように出てきた針。

 スケールが違うから、それこそ剣と形容できる程のソレは。

 余りにも鋭くて、外骨格と同様に鈍色に輝いていて。



 一瞬で間合いを詰めて。



 飛び掛かる大アリさん。



「―――ギチギチ」

「……………ッ!」

「ギチギチ、ッチ」

「ギ――ギッ――ッ!?」



 裂く、裂く、切り裂く。


 容赦なく、畳みかける。


 アリは蜂の仲間だから。

 中には、針を持つ種もいるっていうのは聞いているけど、良いとこ取り過ぎないかなぁ!



「ギチギチギチギチギチギチ」

「ギ……ギギギ…ッ」



 まるで殺戮機械。

 相手を切り殺さんばかりに、刺し殺さんばかりに激しく攻撃するアイン。


 というか、怒ってるよね?


 アイン凄く怒ってるよね?


 激昂してるよね?

 相手も堅牢な外皮があるわけだから、針の攻撃も通さない筈なんだけど、途轍もない速さで刺突し続け、外皮の隙間から突き入れる。


 相手は凄く弱ってるみたいで。



「………ギ……ギィ」



 もはや弱弱しく鳴いてて。


 小さく丸く、蹲り始める。


 完全防御態勢(だんごむし)なのか。

 或いは、抵抗する気力もない程に弱ってしまっているのか。


 転がされた別アリ。

 何はともあれ、趨勢は決定的と言えるだろう。

 


「ギチ、ギチギチ」

「……あぁ、うん。ありがと。――え? アイン……強くない?」



 蹲った別アリを放ったままこちらへやって来るアイン。


 何故か上に乗られるのは。


 もう気にもしないけどさ。 


 そもそも、アインって何アリ?

 働きアリ?

 兵隊アリ?

 オスアリ?


 ちょっと強すぎない?

 


「凄く、気にな―――いたたたたたッ!?」

「……………」

「待って、ちょっと待って」



 突然、アインの顎牙で制服を挟まれて。

 ずぞぞぞ…という感じで引っ張られる。

 それは、標的を僕に移したとか、お腹が減ったとか言う訳ではないようで。


 最早ここに用は無いと。


 巣に引き摺り込む気だ。


 もう夜になるもんね。

 パパを回収しに来たのは当然なんだろうけどさ。



「……ちょっと待って、アイン」 

「ギチギチ?」

「……うん。ゴメン」



 アインを制し、僕が視線をやる先。

 そこに存在する灰色ダンゴムシ……に擬態した別アリは。



 ―――闘争に敗れた敗者は、未だに。



 弱弱しく動いていて。


 あのままなら、多分。


 ―――此処は森の中。

 

 別アリが居たんだから。

 当然、他にも捕食者は沢山いるわけで……動けない存在は恰好の獲物だ。


 子供にそっくりなアリ。


 何だか、クルものがね。


 でも、コレは当然の(ことわり)

 僕が全く触れてこなかっただけで、何処にでも当然にあるモノ。




 ―――やっぱり。凄く残酷なんだよね、自然界の法則って。

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