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第3話:かわいい(錯覚)

遭難:七日目――朝




「――はい、はい。あんよが上手、あんよが……上のらないで?」

「……………」

「ギチギチッ」

「ね、血吸わないで?」

「ギチギチ?」

「もう一児の母なんだからさ? そろそろ落ち着こうよ」



 子供が楽しそうに馬乗りになって。


 お嫁さんが情熱的に迫ってくると。


 説明するだけなら。

 幸せな家族だよね。

 でも、現実は体全然動かせないし、赤ちゃん重いし、お嫁さん物理的に怖すぎるし。



「しかも、僕只の非常食だよね?」

「……………」

「ギチギチ」

「当然まだ生かすわけだし、餓死とかは――あ、どうも」

「ギチギチギチ」



 会話の途中で落ちてくる例の皮。


 どうやら察してくれたみたいだ。



 ―――お嫁さん、知能高くない?



 多分、僕の言っている事。

 少しずつ把握してきてる。


 そうとしか思えないんだよね。

 喉乾いたなー、とか言ってたら変な瑞々しい蔓みたいなの押し込んでくるし、止めてって言ったら顎で絞って垂らしてくるし。


 ……あぁ、今更ながら。


 それ、間接キスだよね。


 というか、一週間は経つはずなのに。

 どうしても体が動かせないし、指一本でも動かそうとすると、心臓の辺りがズキズキするんだよね。



「ねぇ、何で身体動かないか分かる? 唾液のせい? 血舐めてる時に麻痺薬とか送り込んでない?」

「ギチギチ、ギチギチ」

「分かんないよ」

「ギチギチ、ギチギチ」

「いや、分かんないよ」



 何言ってるのか分からないよ。


 本当に全く分からないんだよ。



「あとさ、何時まで乗ってるの?」

「……………」



 僕は認知したくないんだけど。


 一応僕の子供と思われる幼虫。


 彼…彼女? は気紛れで。

 洞穴をコロコロしているかと思ったら、偶に僕の上に乗ってくる。


 果たして親に甘えているのか。

 或いは餌だと思っているのか。

 丸々とした身体には相当な栄養が詰まっているみたいだから何も食べなくて良いと思うんだけど、顎は普通に発達しているから、いつ噛まれないかと恐怖しているんだ。



 というかいつまで乗ってるの?



「ねぇ、パパの言う事聞いて?」

「……………」

「せめてギチギチ言おうよ」

「ギチギチ」

「君じゃないよ。あと、何言ってるのか分からないよ」



 幼虫が持つ顎力は弱いのか。


 多分あの音が出せないんだ。


 もはや意思疎通も出来ないし。 

 僕自身も幼虫も本当に動かないわけだから、どうしようもない。



「分かったよ。別に居ても良いけど、そんな所で寝たら風邪――あれ?」

「……………」

「ギチギチ、ギチ」



 よくよく見てみれば、幼虫の体。


 真っ白でつるつるだった体表は。


 ややクリーム色になり。

 心なしか、艶がくすんできている気がして。




 ―――コレ、蛹になってない?




  ◇




【遭難:八日目――早朝】




 一睡もできなかったんだけどさ?


 動けないのにそれは酷過ぎない? 


 昨日の朝に乗っかられ。

 ずっと無言だった第一子は完全な蛹さんになっている。


 色は焦げ茶って感じで。


 まん丸の繭みたいな蛹。


 夜が明けた今となっては。

 内側がやや透けているんだけど……お嫁さんを二回りくらい小さくした感じで、全然可愛くない。



「――あ、動いた! 今動いたよ!」

「ギチギチ」

「子供の成長って早いんだね」

「ギチギチギチ」

「ところでさ。子供の成人祝いってどうする? 外食? 僕動けないんだけど、もしかして、贅沢にパパご飯とか言わないよね?」



 ご飯は嫌なんだよ。


 栄養はあるけどさ。


 本当に嫌なんだよ。

 抵抗なんて出来ないし、意識ハッキリしてるし、絶対痛いやつじゃん。


 本気で恐怖を覚えていると。



「――ッチ――キチ」



 ゆっくりと、蛹が動いて。

 這い出る、這い出る…這い出てくる透き通るような白い身体。


 まだ柔らかボディなんだ。


 赤ちゃん肌というべきか。


 何はともあれ。

 とうとう第一子が成人して、立派なアリさんに成長したらしい。



「キチ……キチ……キチキチ」

「ギチギチ、ギチ」

「キチ…キチキチ」

「ギチギチギチ」

「あぁ、おめでとう。何言ってるか分からないけど、目出度いよね。お祝いしたいから早く降りて? ドアップは怖いんだよ」



 というか、何で降りないの?


 本当に分からないんだけど。


 凄く重いんだよ?

 僕よりやや小さいかなーくらいの体長だから、本当に重いんだよ。



「キチ、キチキチ」

「うん、分からないよ」

「キチキチ」

「分からない、分からないよ。もしかして甘えてるの? それとも美味しそうなの?」



 説得も出来ないようで。


 どうするべきなのかな。


 ある意味ではいい機会だし。

 成虫になったばかりのこの子を、よく観察してみようかな……と。



「大きさはお嫁さんが圧倒的だよね?」

「ギチギチ!」

「あ、ゴメン。大きいはダメなんだ。じゃあ、この子の方が強そう?」

「ギチギチギチ!!」

「え? それもダメなの?」



 なんて気難しいんだろう。


 夫婦って楽じゃないんだ。


 大きいって言うと怒られ。

 自分の子供より弱そうって言ったら、もっと怒られたんだけど。


 でも、実際強そうなんだ。

 成長したばかりだけどさ。

 両者の間には幾つかの差異があって、

 お嫁さんは一目見て分かるアリさんボディで、大きな腹部がチャームポイント。


 第一子は未だ白い身体だけど。


 見た感じで、ゴツゴツしてて。

 

 多分、暫く時間が経てば。

 外骨格的なのが形成されて、戦闘向きの体になるんじゃないかな。


 アリに外骨格は無い筈だけど。


 そんな感じのゴツゴツだし。



「……まぁ、どちらにせよ。このぷにぷには今だけなんだよね?」

「キチキチ、キチ」

「今だけ楽しむよ」

「ギチギチ、ギチ」

「ねぇ。切るなら切るって言わないと痛いよ? 僕はドリンクサーバーじゃないよ?」



 上に乗った子供の感触を味わっていると。

 勝手知ったるとばかりに首筋へ舌を伸ばすお嫁さん。


 相も変わらず。


 顔が怖いけど。

 

 何だかんだで一週間は一緒に居て。


 何故か子供まで出来てしまって。



 ―――案外、可愛く見えてきたのかも。

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