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第2話:鳥肌消えたよ




 生暖かい舌のような何かが撫でる。

 でも、もう鳥肌が立つこともない。


 アリには見えるけど。


 やはり別種なのかな。


 だって、アリには舌がない。

 虫好きの友人に昔聞いた話だけど、彼等は毛や筋繊維のようなモノから味を感じるとか。



「……そんなベロベロしないで?」

「ギチギチ、ギチ」



 これで何百回目の体験だろうか。

 

 何せ、数日もだ。

 実に数日もの間。

 僕は、この明らかにヤバい化け物に血を舐められている。



「……ねぇ、それ美味しいの?」

「ギチギチ…ギチ」

「それともマズい?」

「ギチギチ、ギチ」

「……多分、旨いって言っているのかなぁ?」



 普通に理解はできないし。


 そもそもの問題としてだ。



 ―――このアリ、ヤバい。



 およそ、情けを掛けたわけでもなく。

 気に入ったという訳でもないだろう。


 ただ単に腐らせない為。


 継続して栄養を摂る為。


 生きたままが良いかと。

 死なない程度の栄養を与えられて、そこに転がされているだけの状態。そうであることは、まず間違いないのだろう。


 あと、時々何故かひっくり返すけど。

 もしかして、床ずれとかを理解してたりしないよね。



「――必要なくなれば、僕は食べるの?」

「ギチギチ」



 怖くないのかって?


 怖いに決まってる。


 ただ、数日の間に叫び疲れただけ。

 首筋に包丁を突き付けられれば悲鳴を上げるけど、それが数十分続くともなれば、いずれは慣れる。


 それと同様に。


 慣れただけだ。


 だって、既に五日は経った。

 簡素な洞穴だから、普通に太陽と月の変化は見えるし。


 でも……夜でなくとも見える六つの星。

 あの大きな星は明らかに地球から見えるようなモノじゃないんだよね。


 

「――これ、全然美味しくないんけどさ?」

「ギチギチ」

「もっとマシなのない?」

「ギチギチッ!」



 茶色く、薄いソレについて尋ねると。


 ようやく、アリは怒ったように鳴く。


 一つ分かった事として。

 度が過ぎるとアリ怒る。

 「ダメ絶対」だとか、キャッチフレーズのように覚えたけど、実際その通りで。余り短いスパンで話し掛け続けると、顎を鳴らして怒るのだ。

 

 つまり、怒りは分かると。


 

「ギチギチ…ギチギチ」



 怒られてからは、暫く話しかけない。

 だって、殺されるのだけは嫌だもん。



「……それで、コレか」



 最低限の栄養――生命線。


 僕が生きる糧なのだけど。


 茶色く薄いソレ。

 筋繊維のような筋が幾重にも連なっているそれの正体は?


 ビーフジャーキー?

 或いは動物性の皮?

 否、否…これはそんな上等なものでは無く……木の皮だよコレ。



 ―――マジ何なの? 



 ―――僕も虫なの?



 ―――食い物じゃないよね? コレ。

 


「無味だし、硬いし、無味だし、口の中刺さるし、無味だし」

「ギチギチ…ギチギチ」

「ムーミー」

「ギチギチ」

「味のしないガムを道路に吐き捨てて、足で踏んで伸ばしたみたいな味と食感だよね」



 よく目にはしたけど。


 勿論食べた事は無い。


 

「――ねぇ、そろそろ良い?」

「ギチギチ」

「あ、そう。じゃあ……何で僕の血なんて吸ってるの?」

「ギチギチ」

「木の皮喰えば良いじゃん」

「ギチギチッ!」



 頃合いをみて話しかけるも。


 ………また怒られちゃった。


 でも、する事もないし。

 凄く暇なんだから、唯一の話し相手に返答を求めたくなるのも、当然じゃない?


 

「本当に気になるよなぁ」



 尋ねた事は、実際の疑問点だ。


 何故、僕の血を飲み続けるか。


 全くわからない。

 栄養が必要なら僕をムシャムシャすれば良い。

 

 いや、僕的には。

 良くないけどさ。

 その後で新たな獲物を狙う方が効率も良くない?



「――ギチギチ……ギチギチ……ギチギチ」

「え? なに?」



 大人しくしていると、突然。


 アリが、傍から離れていく。



 此方へその巨大な頭部 (こわい)を見せ。

 巨大な腹部 (まるい)が見えなくなる。


 唯一のチャームポイント。


 まるい腹が見えなくなる。


 頭だけ見えるせいで、怖さ五割り増し。

 何をしているのかと内心恐狂している僕の目の前でアリの身体が大きく震え始め。



 やがてどいた先。



 洞穴の最奥には。



 白い、大きな卵。

 バスケットボール大にもなろうかという、巨大な卵が存在していた。




  ◇




【遭難:五日目――昼】




「――これは……どう見てもタマゴだよね?」



 僕が見守る目の前で。


 アリが卵を産んだと。


 ハッキリ言って誰得。

 祝えば良いのか、生まれてくるだろう存在に恐怖すれば良いのか分からない。



「まぁ、でも。おめでとう?」

「ギチギチ」

「あ、また舐めるのね」



 祝っている傍から、また。


 僕の血を舐めるアリさん。


 何で死なないのかな、僕。

 もしかしてあの皮、結構栄養豊富だったりするのかな。

 こんな場所では身体の匂いなんて分かったモノじゃないけど、お風呂入ってないし、絶対臭いよね僕。

 


「――というか、何で卵産んだのさ」

「ギチギチ」

「君、メスって事だよね?」

「ギチギチ」

「お婿さんは何処なのさ。僕指差したら怒るよ? 指ないけどさ。男子高校生の純情を弄んだ挙句に托卵とか、許される事じゃないからね?」



 保健体育で習った事と違うじゃん。


 役得なんて只の一回も無かったよ?


 圧倒的に托卵だよ?


 裁判所に訴えるよ?


 だって、僕にはワンナイトの覚えなんて……あ。



「……………ねぇ、もしかして」

「ギチギチ」

「僕の血の遺伝子情報を取り込んで卵産んだとか…言わないよね?」

「ギチギチ」

「言う顔だ! それ言う顔だよ!」



 何時の間にかパパになっちゃった!


 しかも、お嫁さんまんまアリだし!


 単為生殖の可能性。

 それは潰えたんだ。

 僕としてはそうであって欲しかったのに。



「ねぇ、似てるとか止めてね?」

「ギチギチ」

「人間の身体にアリの顔とか、絶対やめてね?」

「ギチギチ」

「だって、凄くホラーじゃん。下手に人間寄りな方が、ずっと怖いんだよ!」



 動かない体で喚き散らすけど。


 完全に無視して血を舐められ。


 それでも喚くと、あまり煩かったのか、何度か顎牙を刺されて痛かった。



 ……………。



 ……………。



【遭難六日目――昼】



「ねぇ、タマゴしわしわしてきてるんだけど、そろそろじゃない?」

「ギチギチ、ギチ」

「というか、早くない?」



 だってまだ一日なんだよ?


 そんなに早いモノなの?

 僕は虫とかの成長ペースを知らないけど、本当にこんなに早いのかなぁ。


 なんて考えていると。


 卵が揺れ始めていて。



「さぁ、可愛い赤ちゃんが……」

「ギチギチ……」

「可愛くないかも」

「ギチギチ」

「いや、嘘。軽い冗談だから! 旦那さんジョークだから!」



 何でか全然分からないけど。

 長い前脚で仰向けうつ伏せにコロコロされ、何度も激痛体験をさせられる。


 身体が回ってるだけなのに。


 何でこんなに痛いんだろう。



「ほ、ほら。赤ちゃん生まれるよ?」

「ギチギチ、ギチ」

「可愛い子だと良いね。パパにもママにも似て欲しくないんだけど、贅沢かな?」



 僕たち二人が見守る中で。

 とうとう、タマゴがゆっくりと割れ……布のように裂けていく。

 カルシウムとかじゃなくて、別の素材らしい。


 

 そこから、生まれたのは。



 真っ白で、珠のような肌。


 つるつるすべすべの身体。


 丸みがあって柔からな…うん。

 

 

 ―――また、鳥肌たった。



 ―――どう見ても、巨大化させた芋虫なんだけど。

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