表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

第1話:鳥肌立ったよ




 ―――深い、ふかい穴の中へ。



 ―――飲み込まれていく感覚。



 不思議であると同時に。

 不快でならない感覚だ。

 落ちているのに音は無く、目が開いているのに光が見えないなんて。



 夢の中でさえ恐怖する感覚。



 現実ともなれば、気が狂う。



「―――ッ――ッ――ッ!?」



 そう、夢なんかじゃない。


 これは、紛れもなく現実。


 数瞬前まで、自分は確か。

 ブレザーに袖を通し、寝ぼけ眼を擦りながらも道路を走っていた。


 何時もの朝で。


 何時もの日常。


 それが、どうだろうか。

 光など一点たりとも存在しない穴を何十、何百分と墜ちているとさえ錯覚させる程に長く。


 落ちて…墜ちて…おちて。

 その中の一瞬だけ光明が。

 青々とした空と、植物の広がる緑が見えて。


 そして、気が付けば。


 彼は土の上へ倒れて。



 ―――意識すると同時に。


 

 ―――何度も、何度も血反吐を撒き散らす事になった。




  ◇



 

「……ぁ……ッ……僕…なん…で――いたィィィッ!?」



 意味が分からないだろう。


 アレだけ墜ちたのに生き。


 痛みだけが残るなんて。

 皺だらけのブレザーは…青と灰色の一般的なソレは男の吐いた血で真っ赤に染まり。


 生きているのが不思議。


 むしろ何故生きている。



「――痛い…痛い。――此処、痛い……何処? ……僕は…マク…?」



 真久(まく) (いつき)は高校三年の学生だった。


 友人たちにはマークと呼ばれたが。

 別に欧米の血が入っている訳でもなんでもなく、ごく普通の日本人で。


 ごく普通の青年だった筈だ。


 こんな怪体験をするまでは。



「腕――動かない? 足……捻じれてない。首……いッ」



 先程身体が見えたから分かるけど。


 首だけが何とか自由。


 ゆっくりと動かせる。


 ゆっくりと動かせるから、実際に右、左。

 動かすたびに感じる痛みを煩わしく思いながらも、状況の確認を行うけど。



 ―――此処は……何?



 所謂、洞穴だろうか。

 一般的な教室くらいとは言わないけど、その半分程度はありそうな空間。


 天井も、壁も土製で。

 或いは、剥き出しか。


 丁度左の方角からは。

 確かな青空と乾いた土が見えて……外だね。


 上から墜ちたはずなのに。


 洞穴の中にいるって事は。


 多分、僕は何度か気絶しただろうから。

 小説的展開で誰か(できれば美人さん希望)が助けてくれたのかなとか思ったけど。



 竪穴式住居はちょっと。


 ロマンに掛けるかもし―――



「――ギチギチ」

「………へっ?」

「ギチギチ…ギチギチ――ギチギチギチ」

「――ヒッ!?」



 一瞬で頭が真っ白になって。


 次の一瞬で自らの口を塞ぐ。


 勿論、手など動かないから。

 欠けそうになるくらいに全力で歯をかち合わせ、軋り合わせ、唇で蓋をして止める。


 出掛かる悲鳴を抑えたのは。

 せめて、相手を少しでも刺激しないように……最低限とも言える防衛だった。


 今まで生きてきた半生の中で。


 これ程最低な記憶があったか。



 それは、巨大なアリだった。



 巨大一個では足りないかも。

 だって、明らかに僕と同じくらいか、更に一回りも大きいんだから。

 

 全体的に黒光りした体表。


 長い脚が八……いや、六。

 触角が大きすぎて脚に見えただけで。

 僕も年頃の学生だけど、これ程嬉しくないボン、キュ、ボンは無いだろう。


 顎の牙がとにかく鋭そうで。


 包丁を括りつけたみたいだ。


 アリなんて、昔はよく捕まえていたけど。

 小さくて見にくかった目は。

 あぁ、確かに理系の授業で習ったような複眼になっていて、全身に生えた薄い体毛は見ているだけで怖気が走って。


 およそ唯一のチャームポイントは。


 丸々とした腹部くらいだろうか。


 

「………ぁ……ぇ? ――君…その――」

「ギチギチギチギチ」

「~~~~~ッ!!」

「ギチ、ギチ」

「―――ぁ……ぁぁ」



 もう、悲鳴が声にならない。


 というか、滅茶苦茶に痛い。


 どうやら、顎牙が。

 僕の首の部分を切り裂いたようで――何故かまた生きている。


 頸動脈は?


 それしか知らないけど。

 首をあんなので切り裂かれたら、普通は死ぬものでしょ?


 運よく逸れたとか?


 いや……でもさぁ。

 痛みが走ってから、暖かい何かが首を伝っているのを感じて。



「タス……ヶテ。やめ……て」

「ギチギチ、ギチギチ」

「――ありがと……?」



 アリの頭部が首から離れたから。


 或いは、なんて思いもしたけど。


 それは大きな間違いで。

 僕にとっての本当の恐怖は、次の大アリの行動からだった。



「ギチギチ、ギチギチ」

「……ぇ……ナニソレ。それはダメだよ、はんそくだよ」



 横へ開かれた(アギト)の奥。


 そこから伸びる何か。


 多分、舌のような物。

 およそアリには存在しない筈の器官が、ゆっくりと。


 近づいてくる。


 吐息が掛かる。



「――や――めて? お願い、だから」

「ギチギチ、ギチ」



 懇願しても意味がなく。


 アリの顔が迫ってくる。


 不快な顎音を鳴らして。

 迫る、迫る、迫りくる。


 そして、遂に。

 血が流れ出ているであろう首筋の部分へ、生ぬるく柔らかな感触が走り―――ッ。




 ―――本当に鳥肌が立った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ